三章二話 『死闘の果てに』
特別補修四日目。
秋人と真弓は今日も今日とて学校へ登校し、各々に与えられた課題を進めていた。
勝負に勝つという目的が出来たからなのか、何時も真面目な真弓はともかく、やる気ゼロだった秋人まで真剣に取り組んでいる。
どうしても言う事を聞かせたいというよりも、秋人は勝負に負けるのが嫌なのだろう。
それは真弓も同じなのか、ノートにビッシリと文字を書き込んでいる。何も知らない人間が見れば、呪いの呪文なのではと勘違いするレベルだ。
「ねぇ、アンタってそこまでして勝ちたいの?」
「あぁ? 当たり前だろ」
「……変態」
真弓が自分の体を抱き、軽蔑の眼差しを秋人に向ける。
何をしているのか数秒考えたが、あらぬ事を要求するのでは、と不安になっている事を察知し慌てて手を振った。
「いやちげーよ? 変な事お願いしたいからじゃねぇかんな?」
「どうだか。男なんてそんなもんでしょ」
「バカタレ。世の男性がエロい事ばっか考えてると思ったら大間違いだぞ」
「じゃあ考えてないの?」
「……考えてない……と思う」
「ハァ……やっぱり変態じゃない」
ここでハッキリと違うと言えないあたり、秋人は変な所で素直なのだろう。
勿論、女子と学校で二人きりなんてシチュエーションは男として心が踊るのだが、創秋人には心に決めた人が居る。
ただ、かと言って、思春期真っ盛りの男子の心は簡単に揺れ動くものなのだ。
しかし、今重要なのはそこではない。
秋人が目指すのはただ一つ、勝利のみだ。
言い出しっぺであれだけ挑発したのに負けたとなれば、夏休み以降も引きこもる事になるだろう。
己の邪念を振り払い、課題をやる事だけに脳みそを切り替える。
どうやら、その様子を見て真弓は物凄い事を頼まれると勘違いしたのか、こちらも気持ちを入れ替えて課題を進める。
まだ戦いは始まったばかりなのである。
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そして、それから二日ほど立ち、特別補修は五日目を迎えていた。
スタートダッシュは上手く決めたものの、秋人はとある壁にぶち当たっていた。
「なぁ、テストの範囲ってどこ?」
「本当に何も聞いてなかったのね。このプリントの全部よ」
心底呆れた様子で真弓は机の上に並べられたプリントを指でつまみ上げた。
大きく分けて課題は二つあり、一つはテストをノートに写す事だ。
そして、二つ目は補習用に新たに作られた何枚かのプリントだ。
こちらは前回のテストとは全く関係なく、一学期の勉強がある程度まとめられた物となっている。
つまり、最終日に行われるテストというのは、一学期の授業全てが範囲という事だ。
「……もしかして、怖じ気づいたの?」
絶望にうちひしがれながら震える手でプリントを握りしめていると、真弓が口角を上げてバカにしたようにそう言った。
震える腕を無理矢理抑え込み、ギギギとゼンマイ仕掛けの人形のように首を動かし、
「ばーか。こんなのチョロいっての。チョロチョロ過ぎて余裕だし」
「へぇ、なら私が教える必要はないわね」
「え? 教えてくれんの?」
「教えないわよ。余裕なんでしょ? だったら私が施しを与えて上げる必要もないでしょ」
プリントを机の上に置き、得意気に鼻を鳴らす真弓。ふと、机に置かれたプリントに目をやると、やはり大量の文字で埋められていた。
課題は選択肢を選ぶ物なのだが、どうやったらあそこまで文字で埋められるのだろうと秋人は考え、
「そうだね、施しはいらないね」
「それはそれでムカつく」
「良いんだ。やり方なんて人それぞれだもんな。俺は何も言わないよ」
「何よ! 言いたい事があるならちゃんと言いなさいよ。ねぇ、ちょっと! 話聞いてるのッ」
あまりにも潔く引き下がった事が勘に触ったのか、真弓は不満そうに声を漏らした。
上之薗真弓という女子が、何故勉強が出来ないかを秋人はこの時悟った。
先生の話をちゃんと聞き、毎時時ノートもちゃんと記入している。なのに彼女は勉強が出来ない。
つまり、勉強の仕方が絶望的に下手くそなのだろう。
心から哀れみながら、秋人は自分の課題へと戻るのだった。
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特別補修も六日目となり、テストを明日に備えていた。
佳境に入った事で二人の勉強速度も上がり、無駄な減らず口を叩く事も減っている。
だが、周りには何時もうるさい赤鬼の少女が居るので、秋人はあまり静寂に慣れていないようで、
「ねぇねぇ上之薗ちゃん」
「止めて、気持ち悪いからちゃんを付けないで」
「だったら上之薗?」
「呼び捨てもムカつく」
「めんどくせー奴」
「アンタに言われたくないわよ!」
と、結局は二人揃って無駄口を叩いている。
ちなみに、秋人がこうして人をからかうのはかなり珍しい事だ。
何時もは赤鬼の少女にアイスを要求され、吸血鬼の少女には説教を受けている。
白衣の変態には解剖を迫られ、友人の男には常にエロを求められている。
以上の事から泣く泣く突っ込み役に回る事が多いのだが、真弓に対しては何故か秋人がその立ち位置に立っていた。
これは一重に、真弓の人柄があっての事だろう。
こうして二人きりになるまでは無愛想な奴だと思っていたが、意外と感情が表に出やすいタイプだ。
そして、秋人の下らない発言に一々反応してやる辺り、彼女はお人好しなのだろう。
「んじゃ……真弓」
「へ?」
不意に、秋人は彼女の下の名前を呼んでみた。
奏や理恵を下の名前で呼んでいる事もあり、秋人的にはそちらの方がシックリくるのだ。
だが、何の気なしに呼んだ秋人とは対処的に、真弓は顔を紅潮させていた。
そして、秋人はとある仮説を組み立てる。
「あれ、もしかして照れてる?」
「バッ、そんな訳ないでしょ! たかが名前呼ばれただけで照れるとか! そんなのあり得ないわよ!」
「いやいや、そんなあからさまに動揺してたらバレバレだぞ」
何故かほんわかした気持ちになる秋人。
秋人の周りには、こんな素直な反応を示してくれる人はいない。
赤鬼しかり変態科学者しかり、不意に名前を呼んだとしてもそれぞれ奇抜な対応をされるだけだ。
「バレバレって何がよ! 照れてないんだからバレる事なんてないわよ!」
「はいはい、そうでちゅねぇ」
だらしなく表情が砕け、赤ちゃんをあやすような口調に変化。
こちらも何時ものメンバーにやれば『気持ち悪い』で済まされるのだが、どこまでも真弓は素直だった。
「な、何よ! 文句あるのッ」
「いえいえ、上之薗さんは素直で僕は嬉しいですよー」
「こんのッ! ……でも上之薗さんってのは良いわね。何か上に立ってる気分になれるし」
変な所へと話はレールが逸れ、真弓は怒りの表情から満足気にうんうんと頷いている。
ここまで素直だと変な奴に連れて行かれないかと不安にもなるが、容姿はともかく彼女の威圧的な雰囲気に不用意に近付く人間も少ないと秋人は勝手に納得。
「そうね……アンタは」
課題に勤しもうとした時、真弓が考え込むように人差し指を額に当てた。それから少しの間唸り声を上げ、
「変態ダラダラゴミ虫って呼んであげる」
「なげーよ。せめて人として扱って」
秋人の突っ込みに、真弓が少しだけ頬を緩めた。が、それを悟られないよう直ぐに顔を強張らせ、自分の課題へと戻って行った。
秋人はそれを確かに見ていたのだが、それについては何も言わず、こちらも明日に備えて課題を進めるのであった。
当初はギスギスして息苦しい雰囲気になると思っていたが、意外とこの空気も悪くない。
秋人はそんな事を考えながら、六日目目を終えた。
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ついに決戦当日。
どうしても負けられない戦いにつき、秋人は日傘をさしての通学だ。
脳がだらけるのを防ぐ意味合いもり、同時に彼のやる気を表している。
真弓の方も同じようで、今日は髪の毛を後ろで一つに束ねている。何時もミディアムカットとは違い、少しだけ知的さが増した印象だ。
お互いに準備万端。やれる事はやりつくした(?)ので、闘志は煮えたぎっている。
ちなみに、テストの写しは全て終えている。
秋人は言葉の通り限界まで集中力を高めて終わらせ、真弓は写すだけという事もあり、無事にやり遂げたようだ。
「約束、忘れてないでしょうね」
「たりめーだろ。そっちこそ、後でやっぱ無しとか言って逃げんなよ」
「冗談言わないで。私は何からも逃げないわよ」
「おう、正々堂々カンニングは無しな」
二人のやる気スイッチはオン。体から溢れるオーラは互いに混ざり合い、熱気で蒸し返している教室の温度を更に高めていた。
各々の席につき、シャーペンと消しゴムを取り出す。
「す、凄いやる気だな」
事情を把握していない担任はその空気に気圧されているが、二人は闘気を緩める気配はない。
遂に、
「じゃ、じゃあ初めてくれ」
スタートの合図と共に、決戦の火蓋は切って落とされた。
そして五十分後、担任の言葉と共にテストは終わりを告げた。
前日から針積めていた糸をほどき、両者とも疲れきった様子で背もたれに体を預ける。
秋人は真弓の顔を見ると、やりきった表情にで、どうやら出来は上々らしい。
ただ、今回の創秋人はちょいと違う。
全ての問題を埋めたし、あまった時間で見直しもした。その結果、これまでにない仕上がりとなっている。
出来上がったテストを先生へと提出し、後は結果を待つだけだ。
「……やりにくい」
採点をつける教室には、非常に重苦しい空気と丸をつけるペンの音だけが響いている。
担任もこれほど殺伐としたテストは初めてだったらしく、流れる冷や汗を拭いた。
更に時間が過ぎること十分。ようやく採点を終えた担任が立ち上がり、大きく首を上下に動かし、
「よくやったな。二人とも合格だ」
「「点数は!?」」
二人にとって合格かどうかはさほど問題ではない。
同時に机を叩き、鬼気迫る表情で担任を睨み付けた。
「点数か? え、えーっと、創が六五点で……上之薗が六十点だ」
「うぉぉぉぉぉッシャァァァ!」
「あり得ない……負けた……」
勝利が決まった瞬間、秋人の雄叫びが教室の空気を激しく揺らした。拳を天高く突き上げ、自分が勝者だと体現する。
一方、敗者となった真弓だが、真っ白に燃え尽きたように肩を落とし、いまだに現実を受け入れられていないようだ。
並々ならぬ因縁を感じ取った担任はそそくさと退室。
しばらく勝利の余韻に浸った後、秋人は敗者へと歩み寄る。
「俺の勝ちだな。でも、互いに死力を尽くした良い勝負だったぜ」
歯を光らせ親指を突き立てる。
お互いに認め合い、正々堂々と勝負をしたのだ。そんな相手を蔑むような事はあってはならない。
そんな秋人を見上げ、真弓はやりきったように目を閉じ、
「アンタの勝ちよ。これだけ頑張っても勝てなかったんだから、潔く負けを認めるわ」
「ばーか、勝ち負けもあるかよ 。二人で困難を乗り越えた、重要なのはそこだろ?」
「変態ダラダラゴミ虫……!」
「今かっこつけてるからその呼び方止めてね」
立ち上がった真弓と硬い握手を交わし、互いの努力を称えあった。
最初はいがみ合ってた二人だが、熱い戦いというのはそんな二人の溝を意図も簡単に埋めて見せた。
もう、どちらも互いをバカにはしないだろう。
何故なら、二人はライバルなのだから。
「あきひとー!」
と、そんな二人の雰囲気をぶち壊すように、間の抜けた声が教室を吹き抜ける。
一斉に教室の扉へと目をやると、浴衣に身を包んだ顔見知りの四人が立っていた。
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