二章十二話 『喧嘩』
次の日、秋人は学校をサボって病院の前に居た。
近くの木陰に体を隠し、怪しい人物がやって来るのを待っているのだ。
秋人が待っているのは、勿論、理恵の兄だ。
大見得切って必ずどうにかすると言ったものの、通り魔の時と同じく相手の場所が分からない。
しかし、今回の秋人にはちゃんとした考えがあり、その考えを元に現在の行動を選んだのだ。
秋人が理恵の兄と遭遇したのは二回。
一回目はプールの帰りにバスの中で。
そして二回目は昨日の帰り道でだ。
そのどちらも偶然にしては出来すぎていた。
昨日の遭遇ならまだしも、一回目のプールは秋人が気絶していたからあの時間になってしまった。
本来ならばもっと早くに帰るつもりだったので、初めから待ち伏せしていたとは考え難い。
となると、何か他の方法で理恵の場所を把握していた事になる。
しかし、秋人はその方法については見当すらついてなかった。
なので、こんな時こそ彼女の出番なのである。
「鬼は大きく別けて赤鬼と青鬼の二つがあります。青に比べて赤は圧倒的に数が少ないのですが、身体能力でなら人外種の中でもかなり上位のものです」
「赤鬼と青鬼ねぇ。角の数が違うとかなのか?」
「いえいえ、赤も青も角の数は一本です。ただ、明確な赤と青の違いを上げるとすれば、特殊な関知能力がある事です」
「関知?」
「はい。赤鬼は同じ赤鬼の居場所をある程度関知する事が出来るのですよ。個人差はありますが、私の研究によれば角が長い程その関知能力が鋭いです。そしてもう一つ。血縁者ならば更に」
秋人の後ろで朝っぱらからおしるこを胃に流し込みながら、金髪白衣の少女が説明する。
そう、こんな時に頼りになるのは人外種オタクである三ヶ島花子だ。
昨日の晩、病院を後にした秋人は直ぐに花子に連絡を取り情報だけを聞くつもりだっのだが、何故かこうして着いてきている。
そこら辺を追及したとしても、ろくな答えは帰ってこないのであまり深くは聞かなかった。
ともあれ、花子の余りある知識のおかけで相手の行動をある程度予想する事が出来たのは事実なので、秋人の行動は正解なのだろう。
理恵の兄はある程度理恵の場所を関知出来る。
ならば、この場所もいずれバレてしまう。
だから、それを逆手に取って待ち伏せするというのが今回の作戦だ。
理恵を囮にするようで多少気が引けたが、自分が必ず守れば大丈夫という結論で決着を着け、現在に至るのだ。
「相良さんのお兄さんも、その方法で居場所を把握しているのでしょうね」
「……でも、だったら何で理恵は兄貴の場所が分からねぇんだ?」
「それは私にも分かりませんよ。恐らくですが、相良さんはその力の使い方を分かっていないんでしょう」
花子の言葉を聞いて、秋人はようやく聞いての『力の使い方を知らない』という発言の意図を理解した。
鬼の事に関する知識が一つ増えたところで、秋人は直射日光から逃げるように体をねじり、
「今回はマジでどうなっても知らねぇかんな。着いてくるってんなら止めねぇけどよ」
「そこら辺はモーマンタイです。創さんが何時も通り、どうにかこうにかしてくれるので」
「どうにかこうにかするつもりだけど、今回は他人を庇ってられる暇はねぇと思うぜ」
「危ないと思ったら全力で逃げるのでお構い無く」
花子からの信頼なのか、ただ物事を客観的に見ているだけなのか分からないが、秋人が失敗するとは微塵も思っていないようだ。
しかし、今回は本当に自信がなかった。
負ける気などは毛頭ないけれど、根性や気合いで埋めれる程現実は甘くない。
「大丈夫ですよ。創さんは死にませんから」
「だな。最悪の場合はゾンビパワーでどうにかしてやるよ」
背後から肩を叩かれ、振り返ると眼鏡をクイッと上げて決め顔を作る花子が居た。
危機感という言葉が存在しないのではと思わせるその雰囲気に、秋人は多少気持ちが解れる。
花子程のオタクならば、赤鬼がどれだけ危険かなんて事は分かっているだろう。
それでも、これだけ余裕綽々なのは決まって興味が恐怖を上回っている時だ。
(このまま来ないなんて許さねぇかんな)
待ち伏せを開始してから三十分ほどたった頃、人の量が増えて来た。
この病院に勤務している職員や、体調が悪そうに背中を丸めている者が秋人達の前を横切る。
その中で、理恵の兄を見過ごさないように目を凝らす。
そして、その時はやって来た。
秋人の視界の端に、理恵の兄の姿が侵入した。
花子は顔も知らないので秋人の行動を待っているが、僅かに反応したのを見逃さず、その視線の先に目を向けた。
「行くぞ」
「がってんです」
気持ちを最大限まで高め、花子に合図を送る。
気合いが入っているのか判断し難い返事をする花子だったが、木陰から飛び出した秋人に続く。
そのまま目的の人物の進行を塞ぐように立ち塞がると、
「理恵は絶対に守るって言っただろ」
「またお前か。俺も言った筈だ、必ず連れ戻すと」
お互いが口を開き、一瞬にして二人の間に険悪な空気が漂う。一発触発とはまさにこの事で、次の瞬間にでも殴り合いが始まってもおかしくはなかった。
しかし、その寒中に立たされながら、やはり花子は呑気におしるこを口にしている。
「お前をここから一歩も先に進ませねぇ。俺が止める」
「止める? お前がか? 昨日ので分かった筈だ。俺とお前には埋まる事のない圧倒的な差がある事に」
秋人の強気な発言に怯む事もなく、理恵の兄は嘲笑。
秋人とてここは一番の決め所であり、口調と表情を崩さずに続ける。
「んな事は分かってんだよ。それでもだ、理恵には近づけさせない。だから……」
そう言って、秋人は一旦言葉を区切る。
今から秋人がやろうとしている事は、彼自身の人生の中でも初めての行いだった。
適切な言葉なんて分からないし、正解だって知らない。
それでも、今言わずして何時言うのかと自分を鼓舞し、
「俺と喧嘩しろ」
シンプルに一言だけ口にした。
男はその言葉を聞き、僅かに目を細めた。
恐らく、あれだけ打ちのめしても折れる事はなく、尚も自分に向かって来る秋人に対して、苛立ちと疑問を覚えたのだろう。
だが、数秒を思考に使い、
「良いだろう。お前が勝ったら俺は二度と理恵に近付かない。だが、お前が負ける時は死ぬ時だ」
「あぁ、それで構わねぇよ」
「ではでは、私が立会人となりましょう」
ようやくここで、珍しく黙って二人を見守っていた花子が口を開いた。
空き缶を近くのゴミ箱へと放り、一発で入った事に対してガッツポーズ。
それから二人に体を向け、
「ただし、ここでは止められる恐れがあるので場所を変えましょう。止められたから、なんて言い訳したくないでしょう?」
「おう」
「あぁ」
「了解です。決断の早い人は好きですよ」
息の合った即答に満足したのか、花子が晴れやかな顔で微笑んだ。
そして、花子の案内に任せて三人はその場を後にしたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「頑張ってね、アキ」
秋人と花子が理恵の兄と作戦通りに再開した頃、奏は病院の窓からその様子を見ていた。
ただ、自分の病室ではなく理恵の病室からだ。
花子が横に居る事に多少驚いたものの、秋人が助けを求めたのだろうと納得。
三人で歩いて行く姿を見て、不安な表情になりながらもその歩みを見送ったのだ。
理恵は依然としてベッドの上で寝ており、あの後は一度も目を覚ましていない。
(先生の話だと傷はもうほとんど治ってるって言ってたし、後は目を覚ますのを待つだけかな)
ベッドの横にあるパイプ椅子に腰を下ろし、むにゃむにゃと口を動かしている理恵の頬に触れた。
昨日の苦しそうな寝顔とは一変し、何やら楽しそうな夢を見ているらしい。
秋人が一方的にした指切りの名残なのか、理恵は眠りながら自分の小指を伸ばしている。無意識ながら、大事な約束をした事は分かっているのだろうか。
「何かヤキモチ妬いちゃうな。私だって指切りなんてした事ないのに」
口を尖らせて文句を言う奏。
とはいえ、別に怒っている様子もなく冗談を言うように表情を崩している。
そんな奏の言葉に反応するように、理恵が寝返りを打った。そして、僅かにその目が開き、
「ん……かなで?」
「うん、そうだよ。起こしちゃった?」
「ううん、だいじょぶ。寝すぎてお腹減った」
目を覚ましたのと同じタイミングで、理恵の腹から空腹を告げる音が鳴り響いた。
昨日の昼から何も食べていないのだから仕方ないが、あれだけボロボロになった少女の発言とは思えない。
ともあれ、完全に何時も通りの腹ペコロリ高校生に戻ったようだ。
「何か買って来ようか? お医者さんも別に食べ物は何食べても良いって言ってたから」
掛け布団を退かして体を起こし、自分の腹に触れて何やら考える理恵。
どうやら、何が食べたいのか自分の腹と相談しているらしい。因みに、これは鬼の持つ力ではなく彼女の良く分からない特技だ。
「……うんとね、アイスが食べたいって」
「お腹痛くなっちゃうよ?」
「大丈夫だよ。私お腹壊した事ないから」
「分かった。じゃあ買って来るね」
超人的な胃の持ち主という事が発覚したとこらで、そう言って立ち上がる。
奏が病室を出ようとするが、不意に理恵が疑問を口にした。
「秋人は?」
「ん? アキは……ちょっと用事だって。お昼くらいには戻って来るよ」
「……そっか」
昨日の約束を覚えているのかどうなのか、理恵は自分の手を見つめて黙りこんだ。
多少その様子が気になったが、奏は理恵の要求通りにアイスを買うべく病室を後にした。
「うん、大丈夫。アキなら絶対に」
一階にある購入に向かいながら、奏は先ほど見送った少年の姿を思い出した。
奏からこれほど絶対的な信頼を置かれているとは秋人は知らない。そして、何か困った事があれば、第一に助けを求める相手は秋人だという事も知らない。
そのまま一階の購買で棒アイスを購入。
ついでに水や小さなチョコレートを買うと、奏は再び階段を上がって病室へと戻った。
そして、病室の近くまでやって来た時、奏はその異変に気付いた。
「理恵……?」
扉の前に立つと、その違和感が数段増して行くのを感じた。中には理恵が居る筈なのに、何故か人の気配を感じない。
奏は吸血鬼という事もあり、多少なりとも五感が人間より優れている。
その奏の感覚を持ってしても、何も感じなかった。
嫌な予感に背を押され扉を開く。
そこには理恵の姿は見当たらず、開かれた窓から入る風がカーテンを揺らし、誰もいなくなった部屋にその音だけが響き渡っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます