一章八話 『ひょっとこ』



 商店街での一件を監理局の人間に話した後、場所を教えていないのに自転車で現れた花子と合流し、予め聞いておいた病院へと移動した。


「まぁまぁ、創さんが落ち込んでも意味ないですよぉ?」


 病院の外のベンチで隣に座る金髪白衣に眼鏡をかけた少女ーー三ヶ島花子が秋人の肩をポンポンと叩く。


 通り魔の毒針に刺された奏だったが、秋人の血を摂取した事により、峠は越えたと医師が言っていた。

 しかし、そんな簡単に体調が戻るという訳でもないらしく、しばらく入院する事になったのだ。


 そもそも、毒の有無を除いても、腹に穴が空いているのだから外を出歩くなど出来ないに決まっている。

 基本的に、パラダイスに暮らす人間には家族が居ない。

 いや、一応居るのだが、本土で暮らしているので連絡をとる事は出来ない。


 本来なら、入院するとなった際に家族に連絡をして入院手続きをするのだが、それすらもここに住む人外種には出来ない。

 だから、目を覚まして誰も居ないと不安になるだろうと思い、理枝を病室に残して二人は外に居た。


 勿論、今後の対策を練るためにだ。


「んな事分かってるよ」


 分かっているという割には不機嫌な秋人に、花子がため息まじりに口を開く。


「犯人はパラダイスからの脱出が目的で人を襲っている。そして今回、顔を見られたと勘違いし、秋人さんを襲った。……恐らくですが、その予想は正解ですね」


 秋人が伝えた情報を改めて確認するように花子が復唱する。

 そして、白衣のポケットからおしるこを取り出すとグビグビと飲み、


「まぁ、秋人さんの話だと、犯人に正常な判断を下せるとは思えませんけどね。だからこそ、人目を気にせずに商店街で襲ったんでしょう」


「ステージが上がって、おかしくなってるって事か?」


「恐らく」


 花子が一言だけ短く返事をした。

 商店街で通り魔と対面した際、明らかに様子がおかしかった。

 通り魔の時点で異常なのだが、初めてあった時とは別人のように変わり果てていた。

 ステージが上がった事により変貌し、人間ではない生物になりつつあると過程すれば、それも納得出来る。


 秋人は奏に気を取られていて通り魔の最後の様子を見ていないが、逃げ出したのもそれが理由なのだろうかと考える。


「それって大丈夫なのか? いきなり暴れたりとか」


「するでしょうね。というか、もう犯人の顔は割れているので、余計に何をするのか予想しずらくなってしまいました」


「そっか。……じゃあ、また俺を狙って来る可能性も少ないって事か」


「はい。私も創さんを囮にする事を考えましたが、そんなに効果は期待出来ないでしょうね」


 自分を犠牲にして犯人を誘き寄せるという発言を、平然と言ってのける秋人。

 花子の方もそれを気にする様子もなく、あっさりと同意するように言い放った。


 犯人の顔は分かっているーーなので、後は監理局に任せてしまえば恐らく解決するのだろう。

 だが、それでは納得出来ないと言わんばかりに拳を強く握り締めた。


 自分のせいで、自分を庇って奏が傷ついたのだ。

 狙いは分かっていた筈なのに。

 だからこそ、このまま野放しには出来ない。

 犯人を捕まえてぶん殴るーーそれは自分がやるべき事だから。

 秋人には、その責任があるのだから。


「監理局に任せるーーって顔じゃありませんね」


「当たり前だろ。きっちり落とし前つけてやる」


「ふむふむ、そういう諦めない人は好きですよ」


 秋人の横顔を吟味するように見つめた後、おしるこを一気に飲み干した。

 そして本題へと戻る。


「でも、犯人がどこに居るのか分かりませんよね?」


「んなのそこら辺歩き回って探すよ。向こうは俺の顔を知ってんだ。見つけたら勝手に飛びかかって来んだろ」


「私はそんな効率の悪い方法は嫌いなので却下します」


 秋人の何も考えてない詮索方法に意義を唱えつつ、白衣を翻して立ち上がった。

 そして、秋人は遅れて花子の言葉に違和感を覚えた。


「私はって……お前も来るのか?」


「勿論ですよ。私の二人しかいない友達の二人を傷つけられたんですよ? 黙っていられません」


 無い胸をはって怒りを露にプンプンと頬を膨らました。

 恐らく、花子の言う友達とは秋人と奏の事だろう。

 それが分かったので、そこには触れず花子の言葉を飲み込んだ。


 しかし、何時もの花子ならばそんな事は言わないという事も秋人は知っている。

 不死身という事もあるが、秋人がどんな目にあったとしても目を輝かせて『解剖させて下さい!』と言うような奴だ。

 そんな花子がただの善意で人に協力する筈が無いと予想し、


「何か他の目的があんだろ?」


「勿論! 極秘で通り魔を捕らえる事が出来たら、研究費を増やすという約束したからです!」


 清々しい程の笑顔と、突き出した人差し指を天高く突き上げた。

 予想の範囲内なので、特にこれといった反応を示す事もなく流す秋人。

 それでも多少は奏の事を心配しているらしく、


「登坂さんが心配なのも事実ですよ。通り魔を捕まえたら全身を切り刻んで隅々まで調べあげる所存です」


 花子ならば本当にやりかねないと思い、こちらも適当に流す。


「協力してくれるってんなら、別に理由はなんでも良いよ。それより、何か手掛かりがあるんだろうな?」


「ふふふふ、私を誰だと思ってるんですか? というか、さっき有力な情報を得たって言いませんでしたっけ?」


 マッドサイエンティスト丸出しな悪い笑みを浮かべる理枝。

 さっき、というのは恐らく商店街での事だろうが、いかせん奏に集中していたので記憶が曖昧なのだ。

 なので、記憶を掘り起こして確認する事もせず、首を振って誤魔化した。


 気に入らないといった様子でため息を吐くような仕草をしたが、それでも追及はせずに話を切り出した。


「先程、創さんが言っていた情報と私の持つ情報と照合した結果、一つの手掛かりが浮かび上がりました」


 勿体ぶるような花子に、早く本題に入れと視線を送る。

 ムスッとした顔に変化するが、諦めたように話を続ける。


「最近パラダイス内である噂がたってるんですよ。パラダイスから非合法で外に出るすべを知っている人物が居ると」


「そんな噂聞いた事ねぇけど……。つか、まて。それってあの通り魔の事か?」


「いえ、別人だと思われます。私が聞いた話だと、その人物はひょっとこの仮面を被っているらしいので」


「怪しさ満点だな。……それと今回の事件が関係あんのか?」


 ひょっとこの仮面を被って町を歩いている想像を膨らましたのか、秋人が思わず頬をひきつらせた。


「大有りですよ。もし、通り魔にパラダイス外へ出る方法を吹き込んだのがそのひょっとこだとしたら?」


「……なるほどな。外に出る方法を教えるのと引き換えに、人を襲えって言ったって事か」


「恐らくですが。そして、何と!その人物が現れると噂の場所がどこか突き止めました!」


 じゃじゃーん、とポケットから紙をヒラヒラさせながら取り出した。

 一々派手にやらないと気がすまないのかと突っ込みたくなる気持ちを堪え、テンションが上がっている花子の話に耳を傾ける。


「場所は工場地帯の中の廃工場ですね。最近は不良の溜まり場になってるらしいですよ」


「んじゃ、早速行くぞ」


「もう行くんですか? あの……赤鬼の子に言わなくて良いんですか?」


 花子と理枝は面識がない。

 なので名前も知らず、秋人と良く一緒に居る人というイメージしかなかった。

 しかし、理枝が赤鬼だと知っているのを見るに、人外種オタクの名は飾りじゃないのだろう。


「良いんだよ。この事を喋ったらあいつは百パーセント着いてくるって言うからな。奏が目を覚ました時に誰も居なかったら心配すんだろ」


「相変わらず登坂さんにゾッコンですねぇ。その気持ちを少しでも私に向けて貰いたいものですよ」


 わざとらしくプンスカする花子を無視し、ベンチから立ち上がる。

 一瞬だけ奏の病室へと目を向け、それから歩き出した。


 ただ一つ、分からない事があった。

 何故、パラダイスから出るのに人を襲う必要があるのか。

 その二つの関連性だけは見つけられず、廃工場に向かう道中はその事だけを考えていた。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 工場地帯に着いた途端、秋人は何か嫌な予感を感じ取っていた。


 時刻は既に夜なので工場自体は動いていないが、怪しく光る月明かりに照らされて、夜だというのに辺りがヤケに明るく感じられた。


 そこからしばらく歩いていると、地面に散乱したゴミの異臭が漂ってきた。

 乱暴に積み重ねられた段ボールや、煙草の吸殻。

 飲み終えた空き缶や、食べ掛けの弁当のゴミ。

 そしてそれに群がるネズミ。


 秋人が思い描いていた不良の溜まり場が目の前に現れ、居心地の悪さと異臭に顔をしかめた。

 しかし、そんな事は気にせずに呑気に前を歩いている花子。

 肝が座っているのか何なのか分からないが、彼女は一切恐怖を感じていないらしい。


「因みにですが創さん」


「あ? なんだ?」


 前を歩いていた花子が不意に振り返った。


「私の頭脳は常人より優れていますが、腕力には自信がありません。なので、喧嘩になったら頼みますね」


「頭の自慢せずに素直に助けてって言えよ」


 更に歩く事数分。

 目的地と思われる廃工場が視界に入って来た。

 先程までの静寂はどこへやら、その建物の中から不良達のものと思われる声が聞こえて来た。

 それは絶叫でもあり、怒号でもあった。


 中で何が行われているのか分からないが、間違いなく法的にアウトな事だというのは秋人にも分かった。


 入り口と思われる扉を開けて中に入る。

 どうやら、秋人の予想通りだったらしく、


「かかって来いやァ!」

「死ねゴラァ!」


 数人の男が一人を袋叩きにしていたり、それを見ている外野が殴り合いを始めたり、その少し横で明らかに危ない薬をすっていたりと、喧喧諤諤たる雰囲気にほんの少しだけ来た事を後悔してしまった。


 しかし、ここは男である自分がしっかりせねばと思い、花子を先導しようとしたが何故か花子の姿がない。

 キョロキョロと辺りを伺い、ようやくその姿を発見する事に成功したが、


「あのぉ、ここら辺でひょっとこの仮面を被った人を見ませんでしたか?」


(何やってんのあの人)


 一番厳つそうなスキンヘッドの大男に、フレンドリーに話しかけていた。

 そこで秋人は気付いた。

 あの金髪白衣は肝が座っているのではなく、ただのバカなのだと。


 近づくのを躊躇い、しばらく二人の様子を眺めていたが、何故か凄い仲が良さそうにしている。

 そして、最後は拳同士を合わせて何か通じあっていた。


「ダメでした。噂は聞いた事あるけど見た事は無いそうですよ」


「あ、うん。お前すげーわ」


 話を終えて戻って来た花子に素直に感心する秋人。

 しかし、有力な情報は得られなかった。

 もう少し聞き込みをしても良いが、殴り合いをしているか、変な薬をやっている不良しかない。


 不良と普通に会話出来る自信はないし、最悪の場合いきなり殴られるかもしれない。

 そんな恐怖から一歩を踏み出せずにいると、


「やぁ、もしかして僕を探しているのかい?」


 突然背後から声がした。

 優しく落ち着いた声色に思わず惚れ惚れしそうになるが、慌てて後ろを振り向くとーーそこにはひょっとこの仮面をつけた人物が立っていた。


「ーーなッ!」


「そんなに驚かないでくれよ。多分だけど、君達が探してるのは僕だよ」


 驚いた様子の秋人を見て、ひょっとこの仮面の人物は微笑んだ。

 正確には表情を伺えないが、クスクスと笑い声が仮面から漏れだしていた。

 突然の遭遇に驚いてしまったが、一旦深呼吸をしてから改めてひょっとこの仮面の人物を見る。


 黒いスーツに身を包んでおり、身長は秋人よりも少し低いくらいか。

 仮面で顔は良く見えず、髪型は銀髪のショートヘアで、性別を判別する事も難しい。

 声は男とも女とも捉える事ができ、最後の手段で胸へと視線を移すが、こちらも何とも言えない。


 胸の膨らみは確認する事は出来なかった、しかし、視認出来る程の膨らんでいないロリ少女を秋人は知っている。

 なので、それだけで男と断定するのは早いだろう。


「本当にひょっとこなんですね。仮面、取って貰っても良いですか?」


 警戒心むき出しの秋人とは違い、花子が再びフレンドリーに話しかけた。

 多少警戒はしてるのだろうが、それよりも好奇心が勝っているらしい。


「無理かな。これが無いと、人と話せなくなっちゃうから。僕、人見知りなんだよ」


「そうですか、なら強要はしません。単刀直入に聞きます。あなたはパラダイスの外に出る方法を知ってるんですか?」


 置いてきぼりになっている秋人には構わずに、花子がズバズバと質問を問い掛けていく。

 そんな花子に感心していると、ひょっとこの仮面の人物が口を開いた。


「あぁーー知っているよ」


 心底楽しそうに肩を揺らしながらそう言った。


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