一章六話 『何時だってリフジンニ』

 


 通り魔の目的については、おおよその仮説を立てる事に成功した。

 もし、この考えがあってるのだとしたら、犯人ら無差別にこれからも人を襲い続ける事になるだろう。


 それだけは何としても阻止しなければならない。

 パラダイスに住む人外種として、そして同じ人外種としてだ。

 ただでさえ、人外種は外の人間に恐れられている。こんな危ない事件が続けば、いずれは外にも情報が漏れるだろう。


 そうなれば、パラダイスに住む人外種の大きな目的である、人間との共存が遠退いてしまう。

 三人がそこまで考えて行動している訳ではないけど、やれる事はやるべきだ。


 秋人は一旦息を区切り、改めて切り出す。


「どこに居るのか分かってなくね?」


「……確かに」


「そーなの?」


 思い出したように声を出す奏と、何も分かっておらず首を傾げる理枝。

 目的は判明した、しかし、解決するにはもう一度通り魔に会って拘束しなければならない。が、そうしようにも居場所の見当が全くついていない。


 足並みを揃えて前進したように見えたが、実は現状維持だった事を改めて思い知るのであった。


「まいったな……やっぱ歩いて回る?」


 冗談混じりに提案を出す。

 自分でそれはあり得ないと言っておきながら、いざとなったら案が出てこない自分が恥ずかしくなり、顔を伏せて後悔。


「もう、言ってる事がさっきと百八十度違うじゃん」


 地面へと視線を固定する秋人の頭をペシッと叩き、改めて顔を上げるように諭す。

 ゆっくり顔を上げ、奏と視線が交差。


「もう、ばか!」


 続けて奏の数倍の威力の平手が脳天へと直撃。

 言葉を上げる暇もなく地面へ顔面を強打。

 確認するまでもないが、やった本人である理枝は謎の優越感に浸っている。

 恐らく、人をしかりつける行為を一度やって見たかったのだろう。


 地面にめり込みかけた顔を上げ、ヒリヒリと顔中に走る痛みに涙がポロリとこぼれた。

 鼻血を袖で乱暴に拭き取り、


「何すんだボケ! 奏の真似すんのは良いけど手加減を考えろ!」


「だって秋人が気持ち悪いんだもん。考えるくらいだったら歩こーよ。歩きながらでも考えれるでしょ?」


「……う、そうだな。でも一発は一発だ」


 能天気にヘラヘラとしている理枝の口から放たれた言葉が、思ったよりも正論だったので困惑して言葉を詰まらせた。

 しかし、そのまま受け入れてしまうのは負けた気がするので頭を叩いた。


「むー、アドバイスしたのに」


「はいはいサンキューな」


「決まったね、今日はどこに行く?」


 額をおさえて不服な様子で秋人を睨み付ける理枝。

 そんな二人のやり取りを微笑ましく感じながら、奏が脱線しかけた話を元に戻す。


「繁華街は昨日行ったしな……。流石に同じ所に二日続けて現れる程、相手もバカじゃやいだろ」


「うーん……じゃあ、今日は学校の周辺でも見回ってみる?」


「さーんせーい!」


「勝手に決めんなよ……」


 はいはい!と名前を呼ばれて返事をする小学生ように手をブンブンと振り回し、奏の言葉に理枝が同意。

 特に考えがある訳でもないのだが、自分を他所に話が進むのを見て、秋人は置いてきぼりの気分を味わった。


 行き先も決定したところで、ベンチをから腰を浮かせて立ち上がる。

 ここまで十分程話し合った中で浮かび上がって来た可能性は、通り魔の目的がパラダイスから外に出る事。

 そして、それには人を襲うという行動が必要不可欠な事。


 どちらも予想の範疇だが、今はこの考えを元に行動するとしよう。

 通り魔に会える事を祈りつつ、三人は屋上を後にした。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「あーきーひーとー」


「はいはいアイスが食べたかったら自分で買ってねー」


 学校を離れ近くの商店街を訪れた三人。

 通りかかった『コーンのアイスを買えば二つサービス!』と書いてある看板を目にして、お菓子をねだるように理枝が目を輝かせて秋人の名前を呼んだ。


 何を言われるのか直ぐ様察知した秋人は、『アイス買って』と言われる前にあらかじめ釘を突き刺した。

 どうせ買えと言われるに決まっている。

 このロリ少女は夏だからーーという以前にアイスが好きなのだろう。


「まだ何も言ってないじゃん!」


「まだって事は言おうとしてんだろーが」


 確かに、暑くなってアイスが美味しくなる季節なのだが、今はそんな事をしている場合ではない。

 なので、アイス屋の前で止まりかけた理枝の首根っこを掴んで強制的に歩かせた。


 放課後の商店街は、買い物袋を腕にかけた主婦で溢れていた。

 時折、学生の集団らしきものを見えたが、主婦と比べれば少ないものだ。


 もし、こんな所で通り魔が現れたらーー秋人はそんな事を考えて全身に鳥肌が立つのを感じた。

 そうならないためにも、常に注意を払って辺りを見る。


「気ぃ張りすぎると疲れるよ?」


「……んな事言っても、何時来るか分かんねぇし」


「いくらなんでもこんな所で襲わないって。そんなにバカな人ならとっくに捕まってると思うよ?」


「狙いが無差別なら何時どこで暴れてもおかしくないだろ。それに……何か嫌な予感がすんだよ」


 何か確信がある訳でもない。だが、何か得体のしれないものが胸の中で暴れている。

 秋人はその胸にあるものの正体が分からず、再び眉をよせた。


「アキの予想って当たるよね。悪いのは特に」


「……そんな事ねーよ。たまたまだ」


 人差し指を立て今日までの記憶をたどり飛び出した、不安を煽るような奏の発言に苦笑。

 自分でこれまでの生活を思い出しても、思い当たる事しかなかったのだ。


 そんな日々に呆れてため息が飛び出すが、今はそんな場合ではないと頭を振ってその考えを除外した。


「思い当たる事があるんでしょ?」


「うっせ」


「当りだ。アキの事なら他の人より分かるんだからね?」


 全てを見透かしたように微笑んで秋人の顔を覗き込む奏。

 そんな顔をされれば逸らす事しか出来ず、目を明後日の方へ向けた。


 しかし、顔を向けた方向に居たのは、知らぬ間に棒アイスを購入して満足そうに歩いている理枝だった。

 そして、何故か奏に対抗するように、


「私も秋人の事知ってるよ! うーんとね、ちょっと待ってね」


「それは考えるからなのか、アイス食べるから待ってなのかどっちだよ」


 口に出した言葉が、わざわざ問い掛けるまでもない問題だと知るのに時間はかからなかった。

 待ってねと言った直後から理枝の返事はなく、アイスに夢中になっているようだ。


「興味あんのか無いのかどっちだよ」


「あるよ! 失礼な! んーとね……」


 失礼なのはどっちだという突っ込みを飲み込み、理枝の言葉を待つが、やはり返答は無い。

 恐らく、考えるのに糖分が必要で、食べ始めたは良いが夢中になってしまい、自分が何を考えていたのか分からなくなってしまった、といったところだろうか。


 何ともおバカな話だが、理枝ならばやりかねないと秋人は何も言わずに自分を納得させた。

 それから奏へと視線をやり、


「お前が俺と古い付き合いなのは認める。だからって全部分かってるなんて言うな」


「ふーん、そういう事言うんだ。じゃあね……アキの好きな食べ物はカレー。苦手な授業は数学と理科で、実は運動神経そこそこだけど、体育は外で太陽の下やるから成績は悪い。付け加えて、私と理枝より足が遅い」


 ペラペラと止まる事なく言葉を繋ぎ、最後にどうだと言わんばかりに人差し指を鼻先に向けられた。

 ぐうの音も出ない程の正解を叩きつけられ、餌を求める鯉のように口をパクパクするしか出来ない秋人。


 そんな秋人の動揺を満足そうに味わいながら、尚も言葉を続ける。


「初めて会った日の事だって覚えてるよ? 私に怖がって挙動不審だったよね。花子ちゃんを介してでしか会話してくれなかったし」


「もう良いからストップ。お前が俺のストーカーなのは良く分かった」


「ストーカーじゃないよ。友達ならこのくらい当然なの」


 奏の当然の基準に驚きつつ、過去の出来事を思い出してしまった。

 この都市に秋人が来た当初は、回りに大人しかおらず、加えてその大人達は秋人を研究対象としてしか見ていなかった。


 そんな時に花子から紹介されたのが奏だ。

 たまたま同じ施設で診察を受けに来ていた奏を紹介され、それからの付き合いとなる。

 花子を除けば、秋人にとって初めて出来た友人と言えるだろう。


「そういえば、花子ちゃんに会ってるの?」


「まぁ……それなりには」


 ほぼ毎日付きまとってくる金髪メガネのオタクの顔が頭に浮かび、あからさまに表情が険しくなる秋人。


「全然学校に来ないよね。最後に来たの何時だっけ?」


「高校の一番最初の時だよ。そっから一回も来てない。研究やらなんやらで忙しいんだとよ」


「花子ちゃん頭良いからねぇ。将来も安定で羨ましいなぁ」


 パラダイスに住む人外種は、十八を超えると必ず職につかなくてはならない。

 そのため、外とは違って就職難といった問題は少なく、ほとんどの人外種は何かしらの仕事につく事が出来ている。


 そして、人外種を研究する人間ともなれば、得られる金は相当なものなのだろう。

 花子に至っては、小さな頃から研究機関に所属しており、地位もそれなりに高い。

 そうなると、奏の言葉も頷ける。


「あー! 秋人の秘密思い出した!」


 通り魔から話が脱線しかけた時、話のレールが切り替わる音がした。

 その少女は食べ終えたアイスの棒を振り回し、二人の視線は理枝に集まる。

 そしてーー、


「秋人は奏の事がーー」

「なァァに言っとんじゃ己はァァ!」


 全く危惧していなかった方向からの爆弾発言に、ビクリと体が跳ね上がり、音速のスピードで理枝の口をふさいだ。

 息を荒げ、肩を激しく上下しながら爆弾を投下した赤鬼の少女を睨み付けた。


 フゴフゴと掌に理枝の息が当たり、少しばかりくすぐったくなるも、決してその手は退かさない。

 何のやり取りをしているのか分からなく奏は、不可解な面持ちで二人を見つめている。


「りーえさん? 君は何を口走ってんのかな?」


 奏に聞かれまいと声のトーンをかなり落とす。

 そして、理枝が受け答え出来るように掌をほんの少しだけ口から離した。


「だって秋人は奏の事が好きなんでしょ? 結婚したいんでしょ? 色々したいんでしょ?」


 どうやって秋人が奏に対して恋愛感情を抱いている事を看破したのか分からないが、これでも一応理枝も女子である。

 女子特有の恋愛に対しての異常な鋭さを発揮したーーと無理矢理答えを結びつけ、早々と頭を切り替える。


 今重要なのは理枝にその言葉の先を口に出させない事だ。

 瞬時にありとあらゆる方法を模索し、一番簡単で確実な方法が浮かぶ。

 理枝の耳元に顔をよせ、


「今度言う事一つ聞いてやる。アイスでも何でも良いから、だからちょっと黙ってなさい」


「あいあいさー」


 一呼吸置く間もない程の即答に、秋人は小さくガッツポーズを決める。

 チョロい赤鬼の約束を得たところで、ジーっと二人を眺めている奏へと体を向き直した。


「どうしたの? 理枝が何か言いかけてたみたいだけど」


「ん、いや、何でもねーようん。何かお腹空いたらしいようん」


「ふーん……変なの」


 理枝の言葉で動揺してしまい、奏の顔をまともに見る事が出来なくなり、間の抜けた返事で何とか誤魔化した。



 そんな他愛ない会話をしながら歩く事数十分。

 既に商店街は終盤に差し掛かり、賑わっていたおばあちゃん達の会話も、少なくなっていた。


「流石に二日連続で運良く遭遇って事にはならねぇか」


「アキって運悪いしね」


 そんな事はないと反論しようとしたが、三日に一回のペースで死んでいる現状を、運が良いと言い切る事は出来なかった。


「今日はもう帰る? 暗くなったら危なさそうだし」


「そーすっか。今日の夜にでも花子にそれとなく聞いてみる」


 二人の言葉に同意するように理枝が頭をブンブンと振る。

 どうやら、秋人の黙っていろという言葉を律儀に守っているらしい。


 特に変わった事もなく今日という日常が終わる。

 さよならと言って別れ、おはようと言って再開する。

 ただ、それを良しとしないものもいる。


 非日常とは理不尽に、そして唐突に、本人の意志と関係なく降りかかるものだ。

 例えば、帰路の中で下らない談笑をしている高校生の三人組にも。


「ミツケタ……」


 背後から冷たく突き刺さるような低い声が貫いた。

 その声を、秋人は知っていた。

 その声を、奏は知っていた。

 その声を、理枝は知っていた。


 体を縛る恐怖を振り払い、ゆっくりと後ろを振り返る。

 額を伝う汗が嫌に冷たい。

 唾を飲み込む喉の音が大きく聞こえる。


 一番危惧していた、人が溢れる場所での廻り合い。

 はからずも、通り魔と言う名の非日常は、三人の前に姿を現す事になった。


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