一章四話 『探索結果』
花子と離れた秋人は、一人寂しく夕暮れに照らされる町を歩いていた。
勿論、理枝と奏の事を探してはいるのだが、スマートフォンは今日の朝に他界なさっている。
なので、連絡をとろうにも手段が無いのだ。
どこへ行ったのか分からず、手掛かりすら無い。
通り魔が走り回っていれば多少の騒ぎになると思われたが、それすらも無い。
既に二人の手によって捕らえられているという可能性がもあるが、だからと言って帰宅して呑気にテレビを見る訳にもいかない。
以上の事を踏まえ、創秋人は途方に暮れながら歩いているのだ。
あわよくば再開ーーとか希望的観測を頭で考えていたが、どうやらそんな甘い事は無いらしい。
そもそも、創秋人が生きてきた今までの人生は、全てが予想の範疇を大きく越えて身に降りかかっている。
それを考えれば上手く行く訳が無いと分かっていた筈なのだが。
「どうすっか……連絡もとれないしどこに居るかも分からない。多分無事だとは思うけど……」
二人が無事だというのも、予想というよりは希望だ。
信頼の上に成り立つものだが、今回ばかりはそれだけは当たっていてくれと願う。
(花子の話を全部信じるなら、蜂の人外種って事だ。刺されたらアウト、無理ゲーにも程がある)
一度殺されたという事実が今になって心の奥底から込み上げて来た。
死、そのものには多少のなれはあるが、人に殺された事は数えられる程しかない。
数回ある時点でかなり異常なのは本人が一番理解している。
いくら奏と理枝が強く強靭な肉体の持ち主だとしても、一撃喰らえばアウトというかなり理不尽な条件を叩き付けられて、百パーセント無事とは断言出来ない。
「……クソ、どこ行ったんだよ。ゾンビは一人だと寂しくて泣いちゃうんだぞ」
兎は寂しくてーーという話にゾンビを当てはめるというかなり異常な域まで到達している始末だ。
呑気で余裕のある発言にも見えるが、ただ現実逃避しているだけだ。
「監理局に駆け込んで捜索願いでも出すか」
沈みつつある太陽に目を向けて、ちょっとしたハードボイルド気分を味わう。
進行方向を変えて監理局がある地区へと歩き出そうとしたところで、
「あぁぁきぃぃぃひぃぃぃとぉぉぉ!」
大声で呼ぶ声が聞こえた。
それが探し人の声だと気付いた途端、秋人は次に起こるであろう出来事を予測して身体中の筋肉を強ばらせる。
そしてーー背後から蹴りが突き刺さった。
「のん!」
逆くの字に体が曲がり、大きく反りながら前へと吹っ飛んだ。
本来なら怒鳴り声を上げて即座に反撃へと移行するところなのだが、今回ばかりは安堵の息をはいた。
腰を押さえながら立ち上がり、自分を蹴り飛ばした人物へと目を向ける。
そこにはどや顔で腰に手を当て、鼻を鳴らしている理枝が立っていた。
「ちょ、ちょっと理枝っ。勝手に行かないでよ」
その後ろから奏が息を切らして走ってきた。
どうやら、最悪の想定は外れたらしい。
二人は五体満足で元気そうにしている。
「良かった……お前ら無事だったんだな」
「あったりまえでしょ。私があんなブンブン羽を鳴らすだけの昆虫にやられる訳が無いのです!」
「そんな事言って、普通に逃げられただけでしょ」
どや顔のまま事実をねじ曲げようとする理枝に対して、釘を刺すように奏が言葉を被せた。
「アキの方は大丈夫? ごめんね、意外とすばしっこくて直ぐに戻れなかった」
「不死身だからへーきだよ。それより、逃げられたって言ってたけど……」
不死身な秋人に対しても本気で心配そうにする奏。
秋人は冗談を言うように口を開き、苦笑いを浮かべながら穴の空いた制服を見せびらかす。
秋人が刺されているのを間近で見たとはいえ、奏にとっては助けられなかったという後悔の証の傷でしかなかった。
だからこそ秋人の気遣いに乗っかり、奏もぎこちなくだが微笑んだ。
「うん、途中までは追いかけてたんだけど、いきなりスピードアップして私と里枝でも追い付けなくなったの」
「そんな事ないよ! 本気出したら全然余裕だもん」
「はいはい、分かったから。んで、何か手掛かりとかはあったのか?」
負けず嫌いなのか、理枝がじたんだを踏んで私は負けていないとアピールする。
しかし、それに乗れば話が脱線してしまうのでスルー。
「手掛かりは無し……かな。フードを深く被ってたから顔も見えなかったし、強いて言うなら性別が分かったくらい。でも、アキも分かってるよね」
「男だな。目の前で見てるから間違いない」
「うん、手掛かりは性別だけか……」
労働力に対しての成果の少なさ、それを嘆くように奏が肩を落とした。
一方、どや顔継続中の理枝は何も分かっていないが、とりあえずの精神で奏の肩に手を乗せた。
「まだ手掛かりはあるぞ」
そんな二人に対して秋人が自分の胸を叩いた。
どや顔に変化する過程の途中だった顔を叩いて無理矢理直すと、改めて花子から聞いた情報を口にした。
ステージの事、襲われた人の共通点、通り魔を野放しにした先にある危険度、全てを事細かく話した訳ではないが、記憶を頼りに出来るだけ正確に伝える。
全てを話し終え、伝えの残しが無い事を自らの脳みそと相談。
「……これが俺が花子から教えてもらった全部の情報だ」
「何だか話が凄く大きくなっちゃったね。私は友達に謝罪をしてくれれば良いだけなのに」
「放っといたら間違いなく被害が増える。お前の友達に謝罪をさせるって望みを叶えるなら、監理局より早く見つけ出さないとな」
「それなんだけどね、そこまで話が大きくなってるなら、秋人と理枝はここで引いて。後は私が一人で何とかする」
予想通りと言えば予想通りだった。
学校で話を聞いた時点では、ちょっといたずらをする通り魔を捕まえる程度だと楽観していた。
しかし、蓋を開けて見れば相手は殺人者でしたーーそうなれば優しい奏が何と言うか、付き合いの長い秋人が予想出来ない筈がなかった。
だからあえて言葉を止める事をしなかった。
最後まで喋らせた上で、創秋人はこう言った。
「断る、俺は勝手にやるぞ」
潔く、そしてあまりにもキッパリと宣言された事で、僅かに奏の表情が引きつった。
そう言われる事は、奏も理解していた。
創秋人という人物がどういう人間が誰よりも知っているのは、旧知の仲である奏か花子のどちらからだろう。
「……そう言うと思ったけど今回だめ」
「危険は百も承知だよ。刺されたら死ぬーーそんな奴が相手なら、それこそ俺が適材だろ」
「死なないからって傷ついて良い事にはならないでしょ。アキには何時も助けてもらってる。それは本当に感謝してる。でもだめ」
秋人の言葉にも引き下がる事はせず、あくまでも一人でどうにかするというスタンスを崩さない奏。
胸に拳を当て、心の底から感謝するように言葉を繋ぐが、真っ直ぐと曇りの無い決意のこもった瞳で秋人を見つめる。
「お前がだめだって言っても俺が止めない事くらい分かってんだろ? それに、一度頼まれて途中で投げ出すなんて出来ねぇよ」
「秋人の言う通りだよ! 奏が嫌って言っても勝手にやるもんね」
奏を納得させるための援軍としては力不足だが、隣の理枝が力瘤を作るように腕を上げた。
当然、制服で隠れていて見えないし、見えたとしても華奢な二の腕があるだけなのだが。
秋人はともかく、理枝に至っては悪い人がいるからとりあえず退治ーーその程度にしか危機感を抱いていない。
呑気で楽観的に見えるが、こんな時だから理枝のような人間の強さが際立って見える。
「俺と理枝は勝手に首を突っ込む。友達が困ってんのに何もしないなんて俺は無理だ。お前が一人で勝手に全部やるってんなら、ストーカーしてでも止めてやる」
「そーだそーだ、ストーカーするぞ!」
「ストーカーは嫌かな。佐奈さんに言っちゃうよ?」
何が何でも譲らない意思を見せる秋人と、それに便乗してアイドルを応援するように拳を空に何度も突き上げる理枝。
そんな二人を見て、奏はほんの少しだけ頬を緩ませた。
一方の秋人は、奏の口から出た佐奈という人物の事を想像して震えがっている。
ゾンビの少年にとって、危険度だけで言うのなら、通り魔より遥か上の位置に佐奈という人物が居座っているのだ。
それでも、今回ばかりは譲れないと、荒ぶる膝小僧に静まれと語りかけた。
秋人の良く分からない恐怖の基準に吹き出してしまい、観念したように、
「分かった、最後までお願いね」
「おう、任せろ。肉壁なら俺の右に出る奴はいないからな」
「おう、サンドバッグだしね」
腰に手を当て、自慢気に自分は戦力になりませんと豪語する秋人。
その横で同じポーズをとりながら、もはや人間の扱いすらしない理枝。
いまいち頼りにならない二人だが、やる気は十分なようだ。
「でもどうするの? どこに居るのか分からないし、手掛かりって言っても、分かったのは危ないって事くらいだよ?」
「だよな、全部の路地裏を見て回るのは現実的に考えて不可能。山をはって待ち伏せって手もあるけど……それだけの情報がねぇよな」
「何かもう一押しあればね」
花子から得た情報を思い出しても、犯人は男で今すぐにでも捕らえなければ大惨事になるという事だけだ。
肝心の目的やどこに出現するなどの情報は一切なかった。
そうなると、通り魔の発見は自力で何とかするしかない。だが、ただの高校生である秋人達にはそんな手立てはない。
事が全て運良く進み、何らかの奇跡で通り魔に会えたなら、力強くで制圧する事も出来るかもしれないが、それも望み薄だ。
つまり、完成に行き詰まってしまった。
「とりあえず今日は帰ろうぜ。このまま考えたとしても良い案が出る気がしねぇよ」
「そうだね……また明日学校で考えよっか」
「……勝手に一人で突っ走るなよ」
奏の言葉の微妙な間を怪訝に思い、秋人が釘を刺す。
簡単に考えを見抜かれた奏は『バレたか』と、可愛らしく舌を出しながら首を横に振り、
「分かってますよー。アキと理枝が手伝ってくれるのにそんな事しないよ」
「ほんとかよ。信じるからな」
「うん、信じて」
「勝手に行って怪我したら怒るからね!」
秋人がジト目で見つめる横で、理枝が子供をしかるように言葉をかける。
理枝と同じように若干の気掛かりを胸の中に残しつつも、本人が信じろと言うのならーーと自分の頭を納得させた。
とりあえずは帰宅し、明日学校で話し合いの続きをするーーその方向で固まった。
現在の情報量で作戦会議をしたとしても、進展が望めるとは言い難いが、何も考えずに町を歩き回るのは、効率を考えれば絶対に避けるべきだ。
「そんじゃ、今日は解散って事で。俺はスマホの修理に行く」
花子から謎の装置を預かったが、それは花子限定の連絡手段であり、多少の便利せいに欠ける。
もし、また今日のように二人とはぐれた場合、再び運良く出会えるとは限らないので、スマートフォンの修理は必須だ。
自分の財布の中を確認し、ガックリと肩を落とす。更に制服のワイシャツも穴がいている。
こうして秋人の生活はかつかつになり、貧乏学生が出来上がるのだろう。
「明日は引かれないように気をつけなよ?」
「今度引かれる時は私がキャッチしてあげる!」
「キャッチするくらいなら助けてくれよ」
「乙女は車に勝てません」
「乙女は吹っ飛んで来た男をキャッチ出来ないと思うぞ」
心配する奏とは対照的に理枝は秋人の身を按じていない。いや、心配はしているし、怪我はしない方が良いと思っている。
だが、それよりも、その場の雰囲気をぶち壊したくなるという厄介な本能が先行してしまっているのだ。
「乙女だってキャッチくらいするもん! 胸が小さいからってばかにするな!」
「誰も胸の事なんて言ってねぇだろ。お前は気にしすぎなんだよ。胸も身長もその内でかくなるから気長に待ってろ」
何故か胸の方向へと話を持っていく理枝に呆れてため息がこぼれる。
気になるお年頃なのだろうけど、ちょっと過剰に反応を示すのは、自分が誰よりも小さいと認めているからなのだろうか。
「あぁぁ! 今小さいって言った! 良いもん。もっと大きくなったら胸で秋人をビンタしてやる!」
「男としてはご褒美なのか罰なのか際どい所だなそれ。でもお前にやられんのは癪に障るからやだ」
秋人の言葉を聞いて、ムッと眉間にシワをよせ『貧乳差別だぁ!』と魂の叫びを上げながら突っ込んで来た理枝を迎え撃つ形で、取っ組み合いが始まった。
何時も通りに喧嘩ーーもといじゃれあいを開始する二人を笑顔で奏が見守った。
三人は元の日常へと身も心も浸って行く。
ーー後に待ち構えている非日常に備えるように。
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