一章二話 『探索開始』
学校を後にした三人は、通り魔を探すべく目撃情報が多い繁華街へと足を運んでいた。
秋人が通う学校ーーその近くの居住区から電車で二駅行った所にそれはある。
海上都市パラダイスに住むのは人外種だけでは無い。
八割が人外種だが、残りの二割は正真正銘の普通の人間だ。
人外種が学校に通い会社に通勤する、本土と同じように生活する中でもやはり不安は拭いきれない。
そんな人外種を管理し、取り締まるのが人間の役目だ。
厳密に言うと、人間では無くーー人間が作った『特殊生物監理局』と言う警察のような組織だ。
パラダイス内の犯罪を取り締まりを主に活動内容としているが、やはり本来の目的は人外種の監視。
大半は人外種で構成されており、その上層部は全て人間で補われている。
本来ならば、通り魔と言った犯罪も特殊生物監理局が捜査する筈なのだが、
『あっちに渡したら、先に処分されて友達に謝罪させられないでしょ』
と言う事らしい。
奏の目的は通り魔の確保ーーでは無く、あくまでも襲われた友達への謝罪だ。
そこがなんとも奏らしいのだが、人外種とはいえ秋人達はただの高校生だ。
それに、その通り魔も人外種の可能性が高い。
となると、必然的に危険な目に巻き込まれるのは目に見えている。
だからこそ不死身の秋人と、鬼である里枝が選出されたのだ。
「つーか、こんな目立つ場所で通り魔かよ」
夕方と言う事もあり、帰宅する学生や会社員で溢れている。
「それは私も思ったよ。普通なら、もっと目立たなくて人気が少ない場所だと思うんだけど……」
「詳しい情報とかあんのか?」
「襲われた人は学生やら会社員、その他にも老人とか。これと言った関連性は無いって話だよ。ただ、襲われた人は皆何かに刺された痕があるの。それに、少量だけど体内に毒が注入されてたらしいの」
「刺された痕と毒か……パッと思い浮かぶのだと蜂だな」
「うん、特殊生物監理局もその線で捜査してるみたい」
人外種とは大きく分けて通常種、希少種、古代種の三種類がある。
通常種とは現在も存在が確認されている生物の血が混ざっている人外種類で、犬、猫などの在り来たりな動物や、虫もここに含まれる。
そして次は希少種だが、これは実在する事が証明されていない生物の血が混ざっている人外種の事を指す。
ゾンビは勿論、鬼や竜、昔話や神話に登場する生物や妖怪などの事で、世界でも希な人外種だ。
最後に古代種だが、こちらは名の通りに昔に絶滅した恐竜やマンモスなどの生物の血が混ざっている人外種の事を言う。
つまり、虫の人外種はパラダイスにもよく見られるので珍しいものでもない。
パラダイスに住むにあたって住民登録の様な物をしなければならない。
探そうと思えば特殊生物監理局ならば探せる筈なのだが……。
「情報が少なすぎんな……せめて性別が分かれば……」
「襲われた人の証言だと、フードを深く被ってたから顔までは……だって」
「うーん、分かってるのは蜂って事だけか」
「ねぇねぇ、アイス食べたい」
二人の後をフラフラと着いて来ていたロリ少女が、話に着いていけないーーというよりも聞く事を放棄し、呑気に笑いながら口を開く。
「とりあえずは人目につかない路地裏とか探して見るか?」
「そうだね、いくらなんでも大通りでぐっさり、とはならないと思うし」
「ねぇねぇアイス」
歩く二人の間に割って入ったり、わざと目立つ様にぐるぐると周りを走り回るが、秋人と奏は依然と歩き続ける。
「この辺りで人目につかない路地裏は……この先のカフェの横の通りだな」
「うん、じゃあそこに行って見よっか」
「そうすっか、一応気合い入れてーー」
「アイスゥゥゥゥゥッ!」
煮えを切らしたロリ少女の頭突きが、魂の叫びと共に秋人の腰へと突き刺さる。
更に自分の頭が秋人の腰へ着弾した事を確認すると、ジャイロボール顔負けの回転を加えて吹き飛ばした。
「ウボラァッ!」
どこから出しているか分からない叫び声を上げ、プロペラの様に回転しつつ地面にバウンドしながら数メートル吹き飛ばされ、華麗なヘッドスライディングを決めた。審判がいればゴォォル!と叫んでいただろう。
頭からダラダラと血を流しながら、素早く後ろを振り向く。
その姿はまさにゾンビと言う言葉がピッタリだろう。
横を通り過ぎたスーツ姿の女性が悲鳴とか上げちゃってるし。
「何で無視するのさ!」
「忙しいんだよ! アイスが欲しけりゃ勝手に買ってこいよ!」
「お金無いもん! アイスくらい買ってよ!」
「人にたかんな! こちとら制服代と携帯代でピンチなんだよ!」
蛇の様に下を伸ばしてユラユラと揺らし、『シャー!』と威嚇する里枝。目をギラギラと光らせているそのさまは、まさに鬼だ。
一方ゾンビ少年は今朝の事を思い出し、若干涙目になっている。
生活費でカツカツな少年には、たかがアイスでも死活問題なのだ。
男子高校生が頭から血を流し涙目と言うのは非常に歪な光景に加えて、それをやったのが小さなロリ体型の少女なのだから、鬼と言うのがどれ程強力な生き物なのかが分かる。
まぁ、創秋人が運動不足なのは否めないが。
目に入りそうな血を拭き取ると、里枝に復讐すべく走り出し拳を振り上げる。
迎え撃つ里枝はプロレスラーの様な構えで拳を受け止めると、
「ぬはははは、残念だったね!秋人の力じゃ私には通用せんのだよ!」
着物を剥ぎ取る悪代官の様な笑顔を浮かべるその姿は、女子力と言う物を一切感じさせない。
受け止められながらもギリギリと力を込め、
「お前も残念だったな、俺は男女平等主義者だから殴るのに抵抗がねぇんだよ……ってあでででで!」
なにやらかっこつけながら男として恥ずかしい事を言い放とうとした矢先、リンゴを簡単に砕く握力で拳を握り締められる。
何とか抵抗しようと反対の手でほどこうとするが、それすらも掴まれた。
次の瞬間には『ていっ!』と言う可愛らしい掛け声と共にゴチャグチャ!と、グロテスクな音を立てて腕が引きちぎられてもおかしくはない。
「どうしたの? もうギブアップなのかなぁ?」
「だ、誰がギブなんてするかよ。今に見てろよ、ゾンビの奥の手でーー」
「いい加減にしなさい」
そんな様子を見かねた奏が、喧嘩両成敗と言いたげに二人の頭部へと拳骨を突き刺す。
『いてっ!』と二人揃って声を上げ、目に涙を浮かべながらその場にしゃがみ込むと、
「アイスは私が買ってあげるから、そこら辺にしときなよ」
「うー、分かったよー」
口を尖らせ不満げに声を上げる里枝。
アイスと言う戦利品を得る事に成功した里枝に対し、秋人はただ殴られただけだ。
なんとも可哀想なのだが、あのまま継続していたとしても二対一になる事が目に見えている。
ここで引くのが最善の策ーーそれが分かっているからこそ、秋人は何も言わずにそっぽを向いてため息をついた。
ゾンビ少年VSロリ少女の言う異色の一戦は、甲乙つけがたいが勝利報酬を得たロリ少女の勝利と言う形で幕を閉じた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
何も得る事が無かった戦闘ーーと言うよりは一方的な暴力を受け、不機嫌になった秋人だったが、当初の目的である通り魔散策へと戻った。
途中、コンビニで一番安いアイスを腹ペコロリ少女に買うために寄ったが、ここでも『これがいい!』と一番高いカップのアイスをせがむ里枝に理不尽な八つ当たりに苦しむ事になる。
しかし、再び奏の鉄拳制裁により事なきをえた。
「おいしーっ」
満足そうにパクパクとアイス食べ、秋人の横を歩く里枝はアイスクリーム頭痛によって時折押し寄せる頭痛すらも楽しそうに味わっている。
こうやって食べ物を頬張っている姿は、年相応ーーいや若干幼く見えるが、それでも女の子そのものだ。
ともあれ、食べ物に釣られている今ならば理不尽な八つ当たりや暴力を受ける事が無いので、
「襲われたって友達、大丈夫なのか?」
「まぁね、外傷はそこまで酷くなかったよ。体内の毒も手足がちょっと痺れるだけで、ワクチンで直ぐに治ったけど……心の傷がね……」
「そりゃそうか……いきなり襲われたら誰だってそうなるわな」
横を歩いていた奏が、胸の辺りで強くこぶしを握り締める。
「私の友達に手出した事を後悔させてやるっ」
握り締めた拳をそのまま前に突き出し、爽やかな笑顔を浮かべた。
「あんまり痛いのは勘弁だけどな」
それに釣られて微笑んでしまう秋人。
ゾンビだから不死身なのだが、痛覚は普通の人間と同様に存在する。
肉を切らせて骨を断つと言う言葉があるが、死なないからと言って自ら痛みに飛び込むのは、それ相応の覚悟が必要なのだ。それに、いくら繰り返したとしても死ぬ程の痛みになれる事は無いだろう。
「不死身のくせに」
「それは不死身差別だ。俺は最後まで法廷で戦うぞ」
その言葉に冗談ぽく微笑み、
「あはは、嘘だよ。アキが危なくなったら逃げてね」
「アホ、女が戦ってるのに逃げれるかよ」
「……じゃあ助けてね、男の子っ」
一拍置いて、表情を崩して言われた言葉に思わず照れくさそうに顔をそらしてしまう。
友達だから危険から遠ざけたいーーそれは違うと創秋人は思う。友達だからこそ信用して危険に巻き込んで欲しいのだ。
だからこそ、こうやって危険な事にいち早く巻き込んでくれる奏にはかなりの信頼をおいているし、彼女が困っているなら率先して助けてやりたいと思っている。
それは理枝も同じだ。
並ぶ二人の間に割って入り、小学生の点呼の様に元気よく手を上げ、
「私も私も! 奏が危なくなったら助けるね!」
「俺はお前を助けないけどな」
「む……何でさ! 助けてよ!」
「あいたたたたっ、それ、そう言うのがあるからだよ!」
ガッシリと手首を掴まれ、果実でももぎ取るかの様に引きちぎられそうになるが、腕を振り回す事でその脅威から逃れた。
「なにさ、どうせ私は貧乳ですよーだ。男の子は皆そうだよね」
「いやいや、胸の事は一切言ってねぇから」
「でもおっきい方が良いでしょ?」
「バカタレ、世の中の男が皆巨乳が好きだと思ったら大間違いだ。重要なのは大きさよりも形だ!」
理枝の中では男=巨乳好き、の図式が成り立っているらしく、またもや理不尽な怒りをぶつけられた。
しかし、それには反論せずにはいられなかったのか、ビシッ!と指を理枝の鼻先に突き付ける。
更に、もう片方の手を強く握り締め、胸に対してのこだわりを語り始めた。
それを見ていた豊満ボディの持ち主は、
「そんな事ないよ、女の子は中身が重要なんだよ。ね? アキがもそう思うでしょ?」
その言葉を言っている本人が、一番発育の暴力を振りかざしている。
ロリ体型と豊満ボディ、同じ年齢なのに天と地ほどの差がある体型を見れば、ほんの少しだけ里枝が可哀想になってしまう。
二人を交互に見ると、
(一部の層には人気があるさ)
何も言わずに満面の笑みで肩に手を置いた。
何も多くは言うまい。口に出したところで暴力が帰ってくるだけなのだから。
「ん? なに?」
「いや、何でもねぇよ」
心の底からお悔やみしますと、合掌を済ませ、歩くスピードを上げて路地裏へと歩き出す。
首を傾げながら『待ってよー!』と追いかける里枝と一足先に行く秋人の二人を見て、
「変なの」
と目を点にしながら呟き、二人の後に続いた。
そして歩く事十五分程。
目的地である路地裏へとたどり着いた。
夕方と言う事もあり、ビルの隙間にある通りにはほとんど光が届いていない。
更に言うならボロボロの段ボールが数個積み重ねてあったり、ゴミ袋が捨ててあったりと、人に触られた形跡や掃除の後などが一切見られない。
ただ、一点を除いては。
「おい」
「うん、分かってる」
路地の先にそびえ立つ五メートル程のフェンス。
その目の前に立つ黒いマントに身を包んだ人影。
「まさか……いきなり当たりか……?」
「分からない。でも、もしもって事があるから慎重に行こ」
「いざとなったら私が突っ込むね」
先程までの和気あいあいとした雰囲気はどこへやら。
それほどまでに人影は歪なオーラを放っている。
人影との距離は約十五メートル。
この距離ならば、奏と里枝が本気で突っ込めばどうにかなる間合いだ。しかし、それを押し留めているのは殺気とも違う何か。
唇が渇き、胃がきりきりと痛む。
今立っている場所は本当にさっきと同じ日常の中では無いーーそんな錯覚すらしてしまう。
三人はただの高校生だ。人外種と言う人間とはかけ離れた種類だが、それでも殺意を持つ存在と向き合えるほどに日常離れしている訳ではない。
「帰る……俺は帰る……帰る帰る帰る……」
ふと耳に言葉が入る。
その声の発信源が目の前の黒マントと気付くのに時間はかからなかった。言葉の一つ一つに執念や願いが込められている事にも。
「俺は……帰るゥゥゥゥ!」
突如、喉が裂ける程の絶叫の後で黒マントが三人に向けて走り出す。
突然の騒音に思わず身体の筋肉が硬直し、動くと言う選択肢が全員の頭からすっぽ抜けた。
ーー1人を除いて。
「ーーッ!」
黒マントが距離をつめるより早く秋人が先陣を切って飛び出す。
この時、一歩引いて人目のつく大通りに出なかったのかは、この黒マントを大通りに出して暴れまわる危険性と、この場でどうにか押し止めると言う二つの考えを天秤にかけた結果だ。
それを本人が理解しているかは分からないが、それでも体が動いていた。
遅れて奏と理枝の硬直が解ける。しかし、その時には黒マントと秋人が接触していた。
「帰るゥゥゥゥ!」
ブチィ!と皮膚が裂ける音と共に、秋人の目に入ったのは掌から飛び出す鋭利な物ーー十センチ程の針だ。
(やっぱりコイツか……!)
鼻先に迫る針を身を屈めて全力で回避する。
一気に懐に飛び込んで拳を強く握り締め、そのまま振り上げて顎を跳ね上げるーー、
「グ……なッ……!」
その行動を阻んだのは、黒マントの膝から生えた針だった。
初動で掌からしか出ないと思い込んだのが失敗だった。
飛び出した針はそのまま一直線に秋人の腹部へと深々と突き刺さる。
怯んだ一瞬を見逃さず、黒マントは直ぐ様距離を取る。
二度、三度と地面を蹴り再びフェンス際まで行くとそこで停止した。
「この……野郎……!」
腹部に走る激痛に、苦痛で顔を歪めながらも立ち上がり後を追おうとするがそこで気付くーー体に混じった異物の存在に。
ガクリと身体中の力が抜け、膝から崩れ落ちた。
(毒……か!)
話は聞いていた。もし、戦闘になった時は気をつけなければとも思っていた。
しかし、その瞬間だけは記憶の彼方へと消え去っていた。
油断していた訳でも、過信していた訳でもない。
その瞬間だけは、黒マントの殺意がそれを忘れさせたのだ。
「アキ!」
「秋人!」
秋人の体が力無く倒れるのを見て、硬直を振りほどき飛び出すと直ぐに駆け寄る。
腹から出た血が地面を真っ赤に染めていく。
血を流している本人よりも、見守る二人の顔が青ざめている。
「だ、大丈夫?」
「心配すんな……それより、気をつけろ……毒で体が動かねぇ……」
青ざめた表情の奏が、うつ伏せに倒れている秋人の体を起こし、壁際へと連れていく。
不死身の秋人にとっても、やはり痛みと言うのはどれほど体験してもなれはしない。
それでも、痛みを和らげているのは絶対に死なないと言う安心感。
壁にもたれかかっていると、一瞬だけ意識が飛ぶが、目を開くと奏と理恵が立っていた。
「ちょっと休んでて」
「後は私と奏に任せなさいっ」
不安を塗り潰す様に無理して微笑む奏と、無い胸をはる理枝。
しかし、黒マントから目を離したのは間違いだった。
「え? あ、ちょっ!」
タタンッ!と壁を駆け上がり、五メートルのフェンスを飛び越えて反対の路地に着地すると、逃げる様に走り出した。
「まてぇい!」
気合いの入っていない声と共に走り出す理枝。地面を蹴ってフェンスを軽々と越えると、黒マントを追って姿を消してしまった。
「もうっ、勝手に行かないでよ! アキ、後で救急車呼ぶからここでじっとしててね」
「おい!」
静止する秋人の声も聞かずに奏も後を追って行ってしまった。
一人残された秋人は、再生しつつある傷口を眺めてため息をつくしかなかった。
忍び寄る人影にも気付かずに。
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