一章一話 『リスタート』



『人外種』、それは人間とは違う生物の血が混ざった存在。


 五十年前、日本の東京で猫耳の生えた少女が産まれた。

 その少女の体を調べ上げた結果、少女には人間の血の他に猫の血が流れていた。


 それを期に世界の各地で同じような子供が産まれる出来事が相次いだ。


 犬、猫、狼、その他にも恐竜、マンモスと言った大昔に存在してした生物までもが。

 それだけならばよかった、それだけで終わるのならちょっと変わった人間で済む筈だった。


 しかし現実は違った。

 アメリカで産まれた少年が、両親の首もとに噛み付いて全身の血を吸い上げたのだ。

 駆け付けた警察が最初に見た光景をこう語る。


『吸血鬼だ』


 人外種はこの世に存在する筈の無い生物の血も混ざっていた。

 吸血鬼、竜、鬼、お伽噺の世界の中に住む生物までもが現れてしまった。


 勿論、そんな生物の血が存在する筈もなく、当初は外見のみで何の血が混入しているのか判断していたが、今ではそれすらも判別出来る程に人外種は増えている。


 そんな時に作られたのが『海上都市パラダイス』。

 日本海に位置するこの都市は、人外種の保護と監視、誕生の秘密の解明を目的とし、各国のトップの看守の元で作られた。


 だが、それは表向きの話。

 本当の目的は得体の知れない生物を集め、一ヶ所に閉じ込めて恐怖を一時的に凌ぐためだ。


 その他にも人外種の体を研究し、軍事的な兵器の開発などがあげられる。


 この都市に住む人外種はそれを理解した上でそこに暮らしている。

 ここにしか居場所がないのだから。




「………ん…あ?」


 少年は目を覚ます。

 学校へ向かおうと元気良く家を飛び出したのは良かったが、少年の体質である『ゾンビ』ーーその影響で六月という夏に入りかけの日光を浴びて、力が抜けた所を横から来たトラックにはね飛ばされたのだ。


 地べたに寝転びながら、自分が置かれている状況を把握するべく首を動かす。


 パラダイスの中でも都会と呼ばれる場所ーー居住区から少し歩いた所の通学路で通る服屋の目の前だ。


 トラックに跳ねられ、数メートル空を飛んだ後にここに墜落したのだろう。

 破れた制服の所々から血が滲んでいる。

 膝は関節に逆らって上を向いている。


 それにも関わらず、辺りを歩く人々は少年に一切声をかけない。

 それどころか、笑い飛ばす者もいる。それが当たり前の日常のように。


 そんな状況にため息をついていると、


「あー、またやってるし。秋人は車に引かれるのが好きなの?」


 空を見上げていると、視界を遮るように少女の顔が現れる。

 少年の名前を呼ぶ少女は、それこそ怪我人に向ける表情では無いーー満面の笑顔だ。


「理枝か……うるせぇよ。俺だって好きで引かれてんじゃねぇ……の!」


 不機嫌そうに口を開き、里枝と呼ばれた少女へと反撃をしようといきなり体を起こす。


『うおっ』と驚いた声を上げながらも、数歩引く事で秋人の頭突きをかわし、再び近付いて来る。


 少女の名前は相良理枝(サガラリエ)。

 秋人と同じ高校の同じクラスに通う少女。

 黒髪のボブカットで高校とは思えない容姿。制服の上からでも分かる乏しい胸と華奢な腕。簡単に言うならばロリ体型だ。

 しかし、天真爛漫で無邪気な笑顔からは想像出来ないが、一応『鬼』と言う人外種だ。


 人外種の中でもかなり危険な種類で、特徴は頭に生える角、人間離れした力と体力。

 彼女の頭には角が見えないが、歳を重ねる毎に角が長くなると言う理由で、現在彼女の角は髪に隠れている。


 だが、そのロリ容姿からは想像出来ない程の怪力を発揮し、車を持ち上げてぶん投げるのを秋人は見た事がある。

 それでもこんな態度をとれるのは、秋人が不死身で少女が優しい心の持ち主としっているからだろう。


「だってさぁ、2日に1回くらいのペースで引かれてるじゃん」


「何度も言ってんだろ? 太陽が苦手なんだよ。あんまり浴びすぎると力が抜けるし、注意力も散漫になるの」


 関節に逆らって上を向いている足が、煙をもくもくと出しながら元の向きに治っていく。

 これもゾンビだからこその再生力だ。


「でも痛いんでしょ? こんなの毎日やってたら、そりゃ凄く痛いんだよね! なのに引かれて続けてる」


「俺だって知りてぇよ。何で毎日トラックがタイミング良く来るんだよ。狙ってんだろ」


 身体中についた傷が再生したのを確認すると、制服についた汚れを払って立ち上がる。


「あら、ボロボロだね」


「……はぁ……、制服代もバカになんねぇんだぞ」


 そこら辺に穴だらけになった制服を見ると、肩を落としてため息をつく。


 今月だけで既に六回目。

 都市から生活費が至急されるとはいえ、食事代や電気代、全ての料金を払っている学生にはかなりの痛手だ。

 さらに、


「うわ……スマホもバッキバキ」


 宙を舞っている最中にポケットから飛び出したのか、傍らに画面に亀裂の入ったスマートフォンが落ちている。


 そのスマホを見ながら、ゾンビ手当てを断固要求してやる、なとと考えながら拾い上げた



 辺りを歩く人が声をかけないのはこれが理由だ。


 秋人がこの街に来てから、数えきれない程にトラックに跳ねられ、建設中のクレーンから落ちてきた鉄筋が直撃したりと、そういった光景が良く見れるのだ。

 血も涙も無い訳では無く、それが当たり前で日常の風景だから。


 本人も望まぬ形でちょっとした有名人になってしまっているゾンビの少年は、完全に機能を失ったスマホをポケットに入れると、


「今何時だ? てか、俺どんくらい気絶してたんだよ……」


「んーとね、ちょっと待ってね」


 テケテケテケテケと自らの声でドラムロールを担いながらスマホを取り出し、


「じゃん! 八時十一分です!」


 見せ付けるように液晶を突き付ける。


 ここから学校まではどんなに急いでも約三十分。そしてホームールの開始が八時半。

 すなわち、


「ーー遅刻じゃねぇか!」


 眼前に突き付けられた現実に、目を見開いて口を大きく明ける。

 そんな秋人とは対象的に里枝は満面の笑みでスマホの画面を見て『あ、ほんとだ』と呑気に呟いている。


 そんな少女の手をとると、


「走れぇぇぇ!」


 遅刻と言う脅威から逃れるべく、全力で走り出す。

 トラックに跳ねられた直後に学校の遅刻を気にするのはどうかと思うが、秋人にとっては自らの足が吹き飛ぶよりも遅刻の方が避けたい現実だ。


 こうして、ゾンビ少年の日常が再びが始まる。




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「はーい、んじゃお前ら気を付けて帰れよー。最近通り魔とか話題になってるからな。あーそれと、三日後に中央区で監理局の人が集まって見回りするらしいから、お前ら悪さするなよ。まぁ、学校だから関係ないか」


 放課後になり、全ての授業の終わりを告げるチャイムを聞き、びっしりとスーツを着た眼鏡の男ーー担任の先生はそれだけ言って教室を後にした。



 結果だけ言うと、秋人と里枝は遅刻した。


 全力ダッシュで教室に滑り込んだ時には、既に一限目を担当する教師が教卓に待ち構えていた。

 下手な言い訳は通用しないと思い、素直にトラックに引かれてましたと宣言をすれば、当たり前のように教室からは怒号の如く笑い声が響く。


 それにも慣れたものだ。

 小学校の内は自分が死にかけているのにも関わらず、爆笑している奴らを何時か必ず地獄の底へ叩き落としてやると思っていた。


 人は環境に適応すると言うが、若干九歳の少年にもそれが出来てしまうとなれば、人間の凄さを実感する他無い。

 一歩間違えればいじめに発展する事態を、しょうがないの一言で片付けてしまうのは、少年が歩いてきた人生の壮絶さを物語っている。


 そんなゾンビ少年は、机に突っ伏してだらけている。

 直前の体育の授業で日光を浴びすぎたせいだ。


「なにやってんの、男なんだからもっとシャキッとしなさい!」


 バチン!と鈍い音を炸裂させながら、秋人の背中に衝撃が走る。


「うぼあッ! ……いってぇな、いきなり何すんだよ。こちとら死にかけてんだよ」


「あははは、ごめんごめん。あまりにも隙があったからさ」


 悪びれた様子も無く腰に手を当てて笑う少女は、バシバシと秋人の肩を叩く。


 少女の名前は登坂奏(トウサカカナデ)。

 腰までの綺麗な黒髪を後ろで一つに結んでおり、その凛と顔立ちは可愛いや綺麗と言うよりも、格好いいと言う言葉がピッタリだ。


 そして何よりも、年齢に削ぐ和ぬ豊満なボディ。制服の上からでもわがままな体がそこら中の男を引き寄せてしまう。

 誰に対しても気さくに話しかけて仲良くなる彼女の周りには、絶えず人がいる。


「それよりアキ、今日も引かれたって聞いたぞー?」


 アキと言うのは秋人の愛情だが、そう呼んでいるのは奏だけだ。


 人差し指を秋人の頬にぐりぐりと突き立てる奏に、嫌がるように顔を逸らして指を叩くと、


「引かれたよ、引かれましたよ! なんか文句ありますか!?」


「あははは、落ち着けって」


「だったらそのバカにした顔を止めろ」


 言われて気付いたのか、自分の頬をペタペタと触る。

 そんな二人の様子を見ていたのか、


「私見てたよ!今日も綺麗に空飛んでた」


 こちらもまた満面の笑みで表情を満たしながら、里枝が近付いて来る。


「見てたんなら助けろよな。お前の怪力ならトラックくらい止められただろーが」


「こらこらアキ少年、里枝は乙女なんだから怪力はいかんぞー」


「そーだそーだ! 乙女に失礼だ!」


 女子は集団になると本来の力を発揮すると言うが、それを体現するかのように相乗効果で追い討ちをうける。


 ロリ体型と豊満ボディが並び立つと、発育の暴力と言う言葉で頭が満たされる。

 同じ年齢でここまで違いが出ると、人生の不平等さを痛感してしまう。


 ともあれ、ここまで言われて黙っているのは男ではない。


「乙女はトラックに吹っ飛ばされて、膝がパラダイスになってる人を見て笑わねぇかんな!」


「だって、凄かったんだもん! 綺麗に飛んだんだもん」


「理由になってねぇよ! ゾンビでも痛いもんは痛いんだからな!」


「でも治るじゃん! 私もゾンビが良かった!」


「ゾンビをバカにすんな! ゾンビだから笑って良いってのはゾンビ差別だぞ!」


「まぁまぁ、落ち着けって二人とも」


 プクリと餌を頬張るハムスターのように膨らませる里枝に、今にでも飛び掛からんとする秋人。


 話を始めた本人である奏が、これ以上は他の生徒に迷惑になると思ったのか、ぷるんぷるんと胸を揺らしながら止めに入る。


 そんな様子を見て里枝の顔から感情が消え失せた。

 それもその筈、奏が揺らす物と自分の体にある物は同じ筈なのに、里枝の物は一切揺れない。


 そんな現実を叩き付けられ、自分の胸に触れると、


「鬼だからかな?」


「知らんわ!」


 首を傾げて純粋な表情で問いをぶつける里枝に、思わず勢いに任せて突っ込んでしまう。


 そんな里枝の悩みを知るよしも無い豊満ボディの持ち主は、


「それより、二人に話があるんだよ」


「ん? なんだ?」


「私だって牛乳毎日飲んでるのに……お風呂出た後も腕立て伏せとかしてるのに……」


 奏の話など耳に入っていないのか、ロリ少年は二つの山に触れながら呪文のように常日頃からやっているバストアップの方法を呟いている。


 とりあえず放っておこう。

 彼女が自分の幼女体型を気にしているのは分かっている。だとしても、それに対しての対処法や改善策を秋人は持ち合わせていない。

 なにせ、男である秋人には胸に対する悩みなど無いのだから。


「んで、話ってなんだよ」


「本当なら佐奈さんに言うべきなんだけど、ちょっと訳ありでね」


 チラチラと呪文詠唱に勤しむ里枝を見ながらも、なにやら言いにくそうに言葉を濁す。


 佐奈さんと言う名前を聞くだけで、秋人の表情が曇る。

 秋人自身のトラウマでもあるが、なによりも佐奈と呼ばれる人物が所属する組織に良いイメージが無いからだ。


「厄介事か?」


「うん、さっき先生も要ってたけど、最近この辺に通り魔が出るらしいの」


「あーそんな事言ってたな」


「友達がね、それに襲われたの。傷自体は大したもんじゃないんだけど、結構心にキテるみたいでさ」


 日光の影響で生気を失っていた秋人は、担任の発言を最初から最後まで全て聞いていた訳ではない。

 それでも、通り魔と言う単語が良い意味ではないのは分かる。


 そして、情に厚い奏がそれを黙って見ている事が出来ないと言う事も。


「でね、私はその通り魔を捕らえて謝らせたい。危険なのは分かってるけど、私一人だとちょっと不安だからさ」


「俺達に頼みたいと、そう言う事か?」


「うん。アキは不死身だし、里枝は喧嘩めっちゃ強いから。二人がいたら心強いなーって」


 登坂奏と言う少女は困っている人がいればそれがどんな状況だろうと助け出そうとする。


 そんな少女だと分かっているから、周りには人が集まるし、誰もが彼女に信頼を置いている。

 現に秋人自身もそれに何度も救われている。


 だからこそ、そんな奏の言う事ならば、詳しい事情を知らなくても、


「分かった。任せろ」


「私もやるよ!」


 断る理由は無い。

 呪文詠唱が終わったのか、元気に手を上げながら身を乗り出して顔を出す。


 そんな2人を見て、嬉しそうに表情を崩すと、


「ありがとっ」


 眩しくて、どんな暗闇でも晴らしてしまうーーそんな笑顔を浮かべた。


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