天使と悪魔

天使と悪魔







昔々、天界から降りてきた天使と地獄から這い上がってきた悪魔が、地上で出会いました。


天使は悪魔に話しかけました。


「こんにちは悪魔さん」


悪魔はびっくりして声も出ません。

悪魔と天使は敵同士なので、普通は親しくしないものだからです。

しかもこの悪魔は、地獄にいる他の悪魔からさえも仲間はずれにされていたのです。

天使はかまわずに話を続けます。


「あなた初めて地上に来たの?私もなの。仲よくしましょうよ。私ね、天国じゃはみ出し者だったのよ。キョウチョウセイが無いとか言って。天国って規則ばかりで退屈なところよ。あれやっちゃダメ、これやっちゃダメ。私我慢できなくて。

で、神様に言われたの。地上で修行を積んで、立派な天使になって帰ってきなさいって。あなたはどうして地上にきたの?」


悪魔はおずおずと話します。


「お、おで、皆にいじめられてた。悪魔らしくねぇって。花が好きなんだ。地獄には花なんてないけど、大王様のお靴の底に、泥といっしょにくっついてた種をこっそり育てたんだ。そしたら、それがばれちゃった」

「それっていけないことなの?」

「悪魔のやることじゃないって。皆に笑われたし、大王さまはかんかんになって怒った。だからおで、出て行ってやった。もうあんなとこ、二度と帰らない」

「まあ、可愛そうに。同胞から虐められるって、どんなにか不幸なことでしょうね」


天使はかわいそうな悪魔の為に涙をこぼしました。悪魔はいぶかしげに言いました。


「お前、へんなやつ」

「気にしないでちょうだい。涙もろいのよ。そうだ、あなたに良いものをあげる」


天使は自分の翼から羽を一本抜きとって、悪魔に差し出しました。


「これを持っていると心が癒されるのよ。どうか受け取って。そして私たち、お友だちになりましょう」


慣れない優しさにおびえて、悪魔は逃げ出しました。


「あ、まってよ…」



独りぼっちになってしまった天使は、地上を歩いて見て回りました。

町にはいろんな人間が住んでいます。

酔いつぶれて道端で寝ている男の人、疲れた顔で赤ちゃんを抱いている女の人。通りには物乞いをする人、市場には罵声を浴びせる人。子供たちでさえ虫を殺し、花を踏み、ものを壊し、弱い者いじめをしています。

清らかな心の持ち主の天使には、たいへん衝撃的な光景でした。


「カルチャーショック!この人たち、なんて悲愴な顔をしてるのかしら」


ショックを受けると同時に胸を痛めた天使は、いてもたってもいられず、施しを始めました。

人々に心を癒す羽を与えていったのです。


うわさは国中に広まり、多くの人が天使の元を訪ねました。

羽を抜き取るほど翼は小さく、みすぼらしくなりましたが、天使は自分を与え続けました。

みんなが笑顔になるのが嬉しかったからです。


悪魔はその様子を遠くから見守っていました。

悪魔は、天使が誰にでも優しく親切にふるまうのを見て、すっかり彼女のことが好きになりました。


まるで地獄に咲いた可憐な花のようだったからです。


でも、彼女は常に人に囲まれています。彼女が自分以外の者に優しくするのを見て、悪魔は嫉妬します。


そして悪魔は人間たちを呪うようになりました。

悪魔に呪われた人間は不幸になり、ますます天使の施しを頼りました。


翼がぼろぼろになると、光り輝いていた天使の顔色は褪せ、弱々しくなりました。

それでも天使は人々を助けます。

心優しい天使は、自分を頼って来る者たちを見捨てることなどできないのです。


悪魔にとっては喜ばしいことでした。

聖なる光が弱まれば、悪魔は天使にいっそう近づき易くなるからです。



ある日、とうとう天使は与えることに疲れ果て、倒れてしまいました。

翼を失くし、聖なる光は消え、癒す力を失うと、人々は天使に見向きもしなくなり、離れてゆきました。


飛べない天使は天国を懐かしんで高い塔の上に登り、天を見上げて語りかけます。


「神様、天国に住む私の兄弟、姉妹たち…私はもう翼を失って、あなた方の元に帰ることもできないのね。でも後悔はしていないわ。例え私が苦しんでも、あの人たちが幸せになれるなら」


天使がすすり泣いていると、意気揚々と悪魔がやってきました。


「おで、全部見てたぞ。やつら、お前の羽むしってぼろぼろにして、感謝もせずいなくなった。お前が用なしになったら興味を示さなくなった。他人に親切にしてやっても、良いことなんかないんだ。でも、おではやつらと違うぞ。翼がなくたってお前のこと好きだ。天国に帰えれなくても心配ないぞ。おでがずっと友達でいてやるからな」


悪魔は有頂天でした。愛しい天使を独り占めにできると思ったからです。

ぼろぼろの翼ではもう飛ぶことはできません。

だから、彼女が天国へ帰ってしまう心配をしなくて済むのです。

しかし、天使は悪魔のことを心底哀れに思って、言いました。


「悪魔さん、あなたは本当にみじめな方だわ。人の幸福を共に喜ぶのではなく、不幸になるのを見て喜ぶなんて」

「なんでおでがみじめだ?みじめなのはお前じゃないか」

「私、翼を失ったし、神様からいただいた力もなくしちゃったけど、みじめではないわ。むしろ地上に降り立つ前よりも満たされているのよ」

「お前は頭がおかしい、かわいそうなやつだ。口答えしないでおでについてこい。お前みたいな弱っちいやつ、他に誰が守ってくれる?今からおでが主人で、お前は下僕だ。逆らうと容赦しないぞ」

「悪魔さん…」


天使は地上でたくさんの人間を見ましたが、この悪魔ほどに救いようのない者は居ませんでした。

天使の力をもってしても、ねじくれた心までは治せないのです。


その時、雲間から光が降り注ぎ、二人の間に割って入りました。

その光には神様の強力な力が宿っていて、悪魔は近づくことができません。

そして神様の声が聞こえてきました。


「天使よ。お前の無私の愛は地上で試され、本物になった。新しい翼を得て、天国へ戻りなさい」


神様は天使に新しい翼を与えてくれました。

それは一人前になった証で、初めのものよりも立派でした。


悪魔は天使が飛び立つのを邪魔しようとしましたが、塔の下の地面が割れ、地獄の大王の声が彼を呼び止めました。


「悪魔よ。お前の醜悪さは地上において完成した。今こそ我らの仲間として歓迎しよう。地獄へ戻るが良い」


悪魔は、しばらく言葉に出来ない悲痛な思いで天を見上げていましたが、やがてすごすごとその場を去り、元居た場所へ帰ってゆきました。





END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天使と悪魔 @sakai4510

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ