第2話 狂人
二人は浅草を歩き、雷門付近にたどり着いていた。
いつもは観光客で賑わっているが、今は流石に閑散としている。
「人少ないわね」
「ほんと、いつもは嫌になるほどいるのにな」
二人が雷門の方へと歩いていると、反対側の歩道から警察官の服装をした人が走って来た。
「あのー、そこのお二人さん!僕警官なんだけどちょっとこの写真見て!」
そう言って警官が差し出したのは、若いロン毛の男の写真だった。男の顔には無数のピアスが付いており、いかにも悪者という雰囲気が感じられた。
雷人はどこか見覚えがあるなぁ、と感じていた。
「この人って!」
美玲の声と同時に、雷人も「あっ!」と声をあげた。
「この人、知ってるの?」
「あ、さっきニュースで見たんです。この人が新宿で暴れまわってるのを」
「なんだ、知ってたのか。なら話は早い、この人見なかった?」
警官は少し笑顔で聞いて来た。
「いや、見てないです」
「そうか…それじゃあもし見かけたら警察にご連絡を!」
きっちりとした敬礼をすると、警察官は元の歩道へと戻っていった。
「さっきの人逃げたのか…くそ、どんどん危険な街になってくな」
「本当…生きてける気がしないわ」
美玲ははぁ、と大きなため息をついた。
それにつられ、雷人もため息をついた。
「まぁ、とりあえず漫画喫茶を目指そう」
「そうね」
二人は顔を合わせると、漫画喫茶へ向けてゆっくりと歩き始めた。
雷門から少し歩くと、商業施設が立ち並ぶ大通りに出た。
雷人は立ち並ぶ店の中に、「漫画喫茶」と書かれた看板を見つけた。
「あ、あった!」
「はぁ、やっと着いたぁ…」
ぐったりしながらも二人は漫画喫茶の中へ入った。
「いらっしゃいませ!」
ガスマスクをつけた店員が二人に気づき挨拶をして来た。
こんな状況でも営業を辞めていないことに疑問を持ちつつも、二人は一つずつ部屋を借りることにした。
「俺は左の部屋いるから、何かあったら呼んでくれ」
「分かったわ」
二人は別々の部屋に入った。
雷人は部屋に入ると、その場に倒れこんだ。
(はぁ、疲れたなぁ。圭介に沙織まで…くそ、次は俺かも知れねぇな)
狂ってしまった二人のことを考えていると、どうしても次は俺かも、という不安が押し寄せてくることに雷人はストレスを感じていた。
「あー、もう、リラックスもできやしねぇ!」
雷人はバッグの中からペットボトルの水を取り出し、勢い良く飲み干した。
「やってらんねぇぜ、全く…」
そんな愚痴を垂れている時だった。
部屋の外から「ヴィィィン!!」とエンジン音が聞こえて来た。
「何だよ、騒がしいな」
雷人が部屋を出ようとした瞬間、扉からチェーンソーが飛び出して来た。
「!?」
雷人はあまりのことに声も出ず、その場に倒れこんだ。
チェーンソーは「ギィィィイ!」と大きな音を立てながら、扉を切り破っていく。
(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!)
その時、雷人は咄嗟に声をあげた。
「美玲!!部屋から出て店の外へ逃げろ!!」
声が届いたのか、隣の部屋からは「分かった!」と声が聞こえて来た。
チェーンソーの音の中で、ガチャリとドアの開く音、そして走る足音が聞こえた。
(よし、どうやら奴は完全にこっちに気を取られてるらしいな…でもどうやって逃げれば…)
何かないか、と部屋を見回すと部屋の隅に消化器がかけられていた。
「あれだ!!」
雷人は消化器を取り出すと、栓を抜いた。
バッグを持ち、噴射口を扉に向けた。
(さぁ、いつでも来い…!)
身構えていると、チェーンソーの歯は鉄のカギを切り裂いた。
そして、ドン!と扉が蹴破られた。
その瞬間、雷人は消化器のレバーを引いた。
「くらえ!!」
プシュー!と白い粉が充満した。
視界は完全に閉ざされ、辺り一面に真っ白な世界が広がっている。
その中で、左側からチェーンソーが何かを切り裂く音が聞こえた。
(左から音…ってことは、正面ガラ空き!)
雷人は走り出した。
今まで以上に本気の力で。
部屋を出て右に曲がると、煙が晴れ店のカウンターが見えた。
「うっ…」
カウンターには、無残に切り裂かれた店員の亡骸が倒れていた。
雷人は亡骸から目を背け、自動ドアを抜けた。
すると、店先には美玲が立っていた。
「一体何なの!?」
「俺にも分からん、とりあえず走れ!」
雷人は美玲の手を引き走り出した。
その瞬間、店の中のチェーンソーの音が近づいてくるのが分かった。
「くそ!もうバレたか!!」
走りながら後ろを振り返ると、店の前には白い粉を被った、先ほどの写真の男が立っていた。
「雷人!あれって!?」
「さっきの男か…!」
男はチェーンソーを持ちながら、二人の後を追いかけてくる。
「しつこいな…!」
雷人は路地を上手く使い、チェーンソーの男が見えなくなるほどまで逃げ切った。
「はぁ、はぁ、とりあえずこの中に隠れよう」
そう言って見上げたのは、建設会社の作業場だった。
中は木材や鉄の棒などが積み上げられており、人は誰もいなかった。
「もう、何なのよ、全くゆっくりできないじゃない!」
「本当だな…迂闊に外にも出られないぜ」
二人は作業場の真ん中に座り込んだ。
完全に撒いた、と安心していたその時、入り口からチェーンソーの音が聞こえて来た。
「!?」
「うそだろ…!?」
チェーンソーの男は扉を蹴破り、中へと入って来た。
そして、二人を捉えると勢い良く走り出した。
「ヤバイ…!」
雷人は咄嗟に積み上げられていた鉄の棒を持ち、美玲を自分の後ろへと移動させた。
チェーンソーが近づいてくる。
「くそぉ!もうどうにでもなれぇ!!」
雷人が適当に振った鉄の棒は、男のチェーンソーとぶつかり合っていた。
しかし、たかが鉄の棒。
チェーンソーに勝てるわけもなく先端が切り落とされた。
「グァァア!!」
男はもう一度チェーンソーを振った。
それに合わせ、雷人も鉄の棒を振った。
またしても鉄の棒とチェーンソーがぶつかり合う。
あっさりと鉄の棒が切り落とされた。
その瞬間、美玲が鉄の棒で男の後頭部を思い切り殴った。
もちろん、女の子である為威力はそれほどではない。
が、男は殴られた衝撃でチェーンソーを落とした。
「よし、いいぞ!美玲!」
チェーンソーは歯から地面にぶつかり、歯はポキっと折れた。
「よし、ラッキーね!」
殴られた男は後頭部を抑えながらゆっくりと振り返った。
「!!」
「美玲、逃げろ!!」
それは一瞬の出来事だった。
男は油断していた美玲の肩に噛みつき、肉を引きちぎった。
「ぐぁっ!?」
美玲は苦痛の表情を浮かべ、その場に倒れこんだ。
「美玲!!」
雷人は走った。
美玲のところへ。
しかし、さらに振り返った男の拳が雷人の腹に直撃した。
「ぐはぁ!!」
雷人はその場にしゃがみ込み、嘔吐した。
「グルルルル…」
チェーンソーの男は雷人がしゃがみ込んだのを確認すると、美玲の方を向きしゃがんだ。
そして、美玲のガスマスクに手を、かけ外した。
「やめろ…!!」
雷人の悲痛の叫び声は男には届いていなかった。
男は美玲の顔をペロッと舐めると、服の袖をまくり、腕を口元まで運んだ。
「やめてくれ!!」
雷人が手を伸ばしたその瞬間。
バンッ!と乾いた音が響いた。
それは、入り口に立っている警察官から放たれた音だった。
「ぐ…あ…」
銃弾は男の脇腹に辺り、男はその場に倒れた。
「君たち!大丈夫か!?」
「警官さん…救急車を…妹が…」
「分かった!今すぐ呼ぶからな!」
警察官がトランシーバーに手をかけた時、撃たれたはずの男が立ち上がった。
それに気づいていたのは雷人だけだった。
「危な…!!」
警察官の胸を、折れたチェーンソーの歯が貫いた。
「ぐっ…」
警察官はその場に倒れ、雷人の目の前には拳銃が転がって来た。それは日本警察で採用されているニューナンブ。
「くそ、俺が…やるしか…!」
雷人は咄嗟にニューナンブを拾い上げ、男に向けた。
「おらぁ!!」
引き金に当てられた指が曲がった。
雷人の腕は反動で大きく跳ね上がり、拳銃は手から外れ近くへ落ちた。
「ぐっ…」
弾は男の胸を貫いていた。
男は倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「これでいい…これで…」
雷人は近くへ落ちた拳銃を拾い、バッグに入れた。
(念の為…)
そして、警察官の落としたトランシーバを拾うと、「応答願います!」と声をかけた。
すると、『こちら本部、どーぞ』と返事が返って来た。
「よし…」
雷人はその場所の大雑把な住所と状況を伝えた。
『了解、すぐに警察と救急を向かわせる』
「やった…これで…」
雷人の意識はそこで途絶えた。
ーーーーーーーー
雷人が次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
起き上がると、看護婦が近づいて来た。
「あら、気がつきましたか。今先生をお呼びして来ますね」
そう言うと、看護婦は部屋の外へ出て行った。
(あの後ちゃんと病院に運ばれたみたいだな…)
「赤石雷人君じゃな、名前は免許証でわかっておる」
色々と考えていると、白髪の老人が近づいて来た。
「はい、そうです」
「君に伝えねばならんことがある」
そう言った先生の顔はとても真剣なものだった。
「何でしょう」
「覚悟して聞くんじゃぞ。君の妹さん、美玲さんにD-507ウイルスの感染が認められた」
「え…?」
そう伝えられた雷人の顔は、驚きと絶望が混ざり合っていた。
「余命7日、長くても10日程じゃ。ワクチンがあれば話は別なんじゃがのぉ…」
「余命7日って…!本当なんですか!?嘘ですよね!?嘘!!」
雷人は先生の腕をガッと掴み、大声で叫んだ。
「…」
先生は黙りながら俯いた。
その時、それが嘘などではないと雷人には理解できた。
「何で…ガスマスクはしてたのに…!!あの時か!!」
雷人の頭の中では、美玲が噛まれた瞬間が再生されていた。
「噛まれた傷からウイルスが入ったようなのじゃ」
「やっぱりか…!」
そう言うと、雷人はベッドから降りバッグとガスマスクを持った。
「こら!どこへ行くんじゃ!」
「まず美玲に会って…それからワクチンを探しに行きます」
「正気か!?死にかけたばかりじゃぞ!?」
「妹が危険なんです。黙って見てる兄がどこにいるんですか!さぁ、美玲に合わせてください!」
雷人は先生の目を見ながら言った。
その瞳は真剣そのものだった。
「…分かった、連れて行こう。しかしガスマスクはつけるのじゃぞ」
「もちろんです」
先生に連れられて着いたのは、西棟の3階だった。
「今西棟はウイルス患者用として使っておっての、わしら医者ですら入るのを恐れるくらいじゃ」
そう言うと、先生はガスマスクを被った。
「ここがそうじゃ」
そこは308号室と書かれた部屋だった。
スライド式のドアを開けると、そこには日光に照らされ白く輝く少女が座っていた。
「美玲、俺が必ず救ってやるからな…」
先生と雷人は308号室へと入った。
終焉に向かって。 @haruku0323
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