第43話 糸

 来美と前嶋は買い物を終え、陰りを深める街の中を歩いていた。

星の見えなくなった曇天。頼りは街灯や建物の明かり。2つの影が舗装し直されたアスファルトに映っている。2つの影は伸びた手が交わっている。凍えそうな互いの手は繋がれていた。

温かいのは温かい。けど、来美はその温かさを感じる余裕がなく、思考する頭に意識を注いでいた。


2人はさっきから言葉を交わさず、静まった街の中を歩くだけ。来美の耳につけられたイヤホンも音を発することはない。時々耳の側を通り抜ける風の音が聞こえてくる。

脇に見える木製の憩いの箱庭は、来美と前嶋を誘っているみたく寂しそうだった。

誰もいない箱庭の中のベンチに腰かける来美。前嶋は「コーヒーでいい?」と聞いて、首肯した来美をベンチに置いて、近くの自動販売機へ歩き出す。


 解かれた手はすぐに寒さを感じた。来美はコートのポケットに両手を入れ、終わりが見えたデートの時間に焦りを感じながら、必死に答えを探す。

途方もない結婚という物の深さは、来美にはあまりにも深過ぎた。聞こえてくる声という声に確かな物はなく、いずれにせよどこかで躓く可能性を秘めていた。

恋愛と結婚は近いようで遠いのかもしれない。漠然とした答えは決め手に欠けた。

そんな哲学的なことじゃない。もっと確かな、あるいは、もっと線の見える答え。細くてもいいし、軟でもいい。それを優しく掴んで辿れるような糸が欲しいのだ。


糸を括りつけた槍を遥か遠くにある結婚に投げて、それを元に糸を辿る。時には風に揺られ、糸が曲がり、物に引っかかって切れる。それが切れてしまえば、また槍を投げて、糸を辿る。

いざ到着したら、自分が理想とする結婚じゃなくて、また結婚を探す。それを繰り返していくうちに、自分が理想とする結婚がどれだけ我がままだったか気づいた。

もちろん、オンリーワンの結婚の形があってもいいけど、それはお互いの気持ちの確認と小さな幸せを掴むための思いやりの関係性が鍵となっている。

その法則を頭で分かっていても、実際は空回りしちゃって離れたりくっついたりしている。浮遊する思いやりと理想が行き違っているのだ。


でもこの先、関係の形が変わったとしても、一緒にいられる時間は特別なはずだ。変わることがあって、それが2人の試練なら、お互いに協力して1つ1つ答えを導き出せばいい。譲れないことは譲れないと言い、とことん話し合い、時には気遣い、敬愛する。そんなことができるのか……。

来美は2つの缶コーヒーを持った前嶋が歩いてくるのを見ながら、自分が納得する答えを明確な物にしていく。

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