第40話 明るい兆し

「同じ建物の中に住むんだから大したことないでしょ。用があれば呼んでもらえばいいわけだし」

「そうだな」

 前嶋は煮え切らない様子で相槌を打つ。

「朝食は一緒に食べるみたいな決まりはダメか?」

「そうね……」

来美は考える素振りを見せる。

「朝食くらいならいいんじゃないかな。遅刻ギリギリじゃなかったりとか、帰りが遅くなかったら」

「一応勤務的には、2人とも基本日曜は休みだしな」

「うん」


「休みの日には一緒に台所に立って料理したいな」

「え!?いや、私料理できないし」

来美は恥ずかしそうに言うも、エプロン姿で一緒に料理している姿を想像してしまった。

「俺が教えるよ。もし帰りが遅くなるなら料理作っとくし」

「悪いわよ」

「大丈夫だって、俺料理好きだし」

前嶋は笑みを見せる。

「んまあ、気が向いたら、やろうかな」

「うん、その方がいいよ」


 前嶋のお陰でさっきまであった微妙な空気が和んでいく。心配性だっただけなんだなと、今まで悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。

過去の恋愛に引っ張られて、色眼鏡で彼を見ていたのかもしれない。いっそのこと、彼の胸を借りる気持ちで結婚に踏み切ってもいいんじゃないかなと思えてくる。

もし、結婚生活が危機的状況に陥っても、前触れをしっかり察知して対処すればいいこと。お互いを意識して思いやっているこの状況が希望なのかもしれない。


「全然食べてないね。俺達」

「ほんとね」

会話に夢中でテーブルに並んだ料理はあまり減っていなかった。

「食べようか」

「そうね」

2人はお互いに顔を向き合わせて、食欲をそそる蒸気の元となる汁に食材をつけては口に運び、頬をほころばせた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 来美と前嶋はお腹を満たし、しゃぶしゃぶ店を出た。凍えそうな空気が容赦なく肌をつつく。

「もういい加減冬終わってくんないかなぁ」

前嶋はぼやいた来美に苦笑する。

「確かに」

来美と前嶋は光る店の看板の下を歩く。2人は身を寄せ合い、人々の間を抜けていく。来美は前嶋に手を取られ、妙な心地に温もりを感じながら前嶋についていく。

「いい感じじゃないか~。こっちは友達のデートをこっそりつけてた高校生の時に戻った気分だよ」

少し後にしゃぶしゃぶ店を出た鷹野の声が、雰囲気をぶち壊す。

黙らせたかったが、今それを声に出せば前嶋に勘付かれてしまう。来美はせめてもの抵抗で、ネックレスのトップを取って指で弾く。

鷹野のイヤホンに大きな音が鳴る。

「ごっ!?イタズラはよしなさい!不思議系!」

鷹野は顔を顰めて注意する。

来美は空かした顔で前嶋と他愛のない話をする。


2人はショッピングモールの中に入った。来美が「せっかくだから私が選んで買ってあげる」と言って、前嶋の手を引いて洋服店に誘った。前嶋は「え、いいよ」と言いながら満更でもなさそうだった。

来美は生き生きした表情で前嶋の服を選んでいく。たまにハンガーにかかった服を前嶋にあてがい厳選する。

前嶋は恥ずかしそうにしながらマネキンみたく硬直する。来美は前嶋の固くなった表情に噴き出して笑う。前嶋もつられて笑う。

なんだか久しぶりに恋人らしい気分を味わえている気がした。昔感じたことのある甘く温かい感覚。来美の心は揺れて躍る。

鷹野は来美と前嶋がいるお店の向かいにある紳士服売り場で、商品を見ているフリをしながら2人の様子を遠目に窺う。頬を緩ませ、小さく笑っていた。

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