決断の時
第37話 ナイショ話
1月24日。遂にこの日が来た。来美は昨日一日を使って、別れるか、結婚するかを考えたが、はっきりと答えを出すことはできなかった。
もうじき勤務時間が終了となる。変に意識したくないあまりに、今日はいつもより張り切って仕事をしていた。自社のホームページに新作ドレスを載せ、先行予約の受付案内を表示したり、某人気キャラクターとコラボしたドレスデザインを考えたり。お陰で仕事が相当捗り、勤務終了時間に帰れる。
途中足がつって、従業員たちに羞恥を晒すことになった。しかし、今日のメインは仕事じゃない。そんなことで落ち込んでいる場合ではないのだ。
来美は落ち着きなく腕時計を何度も見る。定時になると、サッと椅子から立ち上がり、コートを着てバッグを取る。
「お疲れ様」
「お疲れ様です」
来美は会社を出て、地下駐車場に入る。
無機質な箱物の中にある赤い車へと近づいていく。来美の赤い車のフロントに座っている鷹野が微笑みながら小さく手を振っていた。
「人の車にもたれないでくれませんか」
来美は不満げに注意する。
「人が座ったくらいでへこみやしないよ」
鷹野は立ち上がり、座っていたところを確認する。
「で、ちゃんと調達できたんですか?」
「ばっちりだ」
鷹野はニコッと笑ってネックレスと小さなイヤホンを見せる。
「高かったぞー。フェイクものなんて売ってなかったから知り合いに作ってもらった。ここにマイクがある」
鷹野はネックレスのトップを指差す。
「で、これを耳に装着する。絶対に耳を出すな。気づかれたらややこしいからな」
「分かってますよ」
来美は鷹野からネックレスとワイヤレスイヤホンを受け取る。
パーマのかかった黄金色の髪の内側に手を入れ、耳にイヤホンを装着する。鷹野はベージュのコートの襟を口に寄せる。
「それは海外製だ。更に言うなら、マイクとイヤホンが離れたインカムを探すのは骨が折れた。マイクとイヤホンは別々に電源をオン、オフにできる。例えば、人物Aのマイクだけオンにし、イヤホンをオフにする。人物Bはマイクとイヤホンをオンとする。するとどうなるか」
鷹野はほくそ笑む。
「人物Aが話せば、人物Bのイヤホンから音が聞こえるが、人物Bが話しても、人物Aには聞こえない。人物Aのマイクをオフにすれば、人物Bに聞こえないが、人物Bの話す声は聞こえる。こんな優れ物、俺が大学教授じゃなかったら2日で用意なんてできない」
恩着せがましい鷹野の声がイヤホンから聞こえる。
「はい。ちゃんと聞こえます」
「よし。俺のイヤホンにも聞こえる」
鷹野は完全に耳を出した短髪なため、イヤホンが丸出しになっている。下手したら不審者になりかねない。
「カツラ被った方がよくないですか?」
来美は不安な様子で聞く。
「安心しろ。帽子は被る。少しはカモフラージュになるだろう」
鷹野はオシャレな黒い帽子を被り、「似合う?」と来美に聞く。
「どうでもいいですね」
「そこは嘘でも似合うって言うべきだろ」
「はいはい。とっても似合ってますよー」
来美はめんどくさそうに言う。
「まあいい。これから直行か?」
「はい」
「じゃ、予定通り君をつける。これで本物のストーカーになっちゃうな」
「ストーカーの方がお似合いですよ」
来美は蔑んだ視線を向けて皮肉を言う。
「そうネチネチ言うな。今日は俺が華麗なアシストをしてやる」
くるっと回ってカッコつけた鷹野は前に止まるシルバーの車に歩いて行った。
来美はため息を零し、車に乗る。赤い車とシルバーの車は地下駐車場を出ていった。
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