第34話 迷探偵鷹野教授

 来美が居酒屋の中に入ると、カウンターに座っていた鷹野が少し驚いた様子で来美を見た。

「どうした?顔色悪いぞ」

おじさんもいらっしゃいませを忘れて、来美を凝視していた。

来美は鷹野の隣に座る。

鷹野は様子がおかしい来美に戸惑う。

「なにかあったのか?」

「私、今なら結婚できる気がする」

「は?」

「彼がいてほしいって思えるようになりました」

「そ、そうか……」


 異彩を放つ来美にどう接するべきか迷う鷹野。『角米』でバイトしている柏木がお冷とおしぼりを持ってくる。

「ご注文は後でお伺いしましょうか?」

「温生豆腐と焼きそば、ビール」

「はい」

調理音や他の客の話し声が2人の間を交錯する。

「しかし、急展開だな。全部解決したのか?」

「解決したわけじゃないけど、なんというか、勢い?今ならそれがあると思うんです」

「へー、じゃあもう返事したんだ」

「いや、それはまだだけど……」

来美は口籠る。

「じゃあ今しちゃえば?」

「え!?それはちょっと」

「全然勢いないじゃないか」

鷹野は拍子抜けの来美の態度に愕然とする。


「あーもう!イライラする!」

「仕事で嫌なことでもあったのか?」

「ななしろごんべいに四六時中つけられてるんですよ!」

「は?」

「ストーカーですよ。ストーカー。絶対成敗してやる」

来美は目つきを鋭くしてぼやく。柏木は気まずそうにビールと温生豆腐をカウンターに置いていく。

「確かに君は結婚観に難はあるが、美人だ。君の利己的思想を知らない男は見た目に騙されてホイホイついてくることは十分にあり得る」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

「褒められちゃった」

鷹野はご機嫌良くしてビールを口に運ぶ。


 来美は鷹野の反応に苛立つも、反論するのも馬鹿馬鹿しくなった。

「警察に相談すればいいじゃないか。パトロール強化くらいはしてくれるだろう」

「そうですかね?」

「相談しないよりはいいさ。そういう相談によって未然に防げることもある。言わなかったら何も変わらない。変わるためには、行動を起こすしかないんだ。あとで誰かを恨んでも過去は変わらないからな」

「それもそうですね。明日相談してみます」

「ああ」

来美は少しだけ気持ちが楽になり、口にビールを注ぐ。


「でも、できれば明日までに解決しておきたいんだけどなぁ」

来美は両肘をついて両手を指の間に絡めると、上に顎を乗せて悩ましい顔をする。

「なんで?」

「あさってプロポーズの返事をするって決めてるんですよ」

「先延ばしすればいいだろ」

鷹野は簡単なことじゃないかと言わんばかりに提案する。


「待たせるのも悪いじゃないですか。それやったらいつまでたっても返事できなさそうな気がするんで、したくないんですよ」

「面倒な奴だな」

「面倒なのはストーカーの方ですよ」

「どんな奴なんだ?」

「それが姿を一度も見てないんですよねぇ」

「何か送ってこなかったのか?」

「はい?」

来美は予想もしてなかった質問をされて聞き返す。


「ストーカーといえば、何かメッセージを送ってくるだろ。例えば、手紙とか、メールとか」

「ないですね」

「1通も?」

鷹野は怪訝な表情で再度問う。

「はい」

来美は少し迷いながらも首肯する。

「変わったストーカーだな」

「どこがですか?」

「ストーカーは大概何かしらの要求をしてくるものだ。後をつけるだけじゃ目的を達成できない。そうなるとだ、少し違った目的を持っているのかもしれないな」

「違う目的?」

「嫌がらせとか」

「私に?」

「君は社長だ。お金もあり、彼氏もいる。おそらく相当生活は充実していることだろう。羨望の対象でもあり、嫉妬の対象にもなる。

君の境遇を知っている人間はさぞかし羨ましく、不幸になればいいと思うことだろう」

鷹野は不敵に笑みを浮かべる。


 来美は人の不幸を笑っている鷹野に不快感を纏った視線を投げる。

「四六時中となると、君の会社の従業員の可能性が高いだろう」

「そんなわけないじゃないですか」

「そうかな。俺は十分あり得ると思うけどね」

「うちの従業員はあり得ません!」

来美はきっぱりと言い放つ。

「じゃあ、幽霊に憑りつかれてるくらいしかないな」


 来美は固まる。

「あの、真剣に考えてくれませんか?」

「あれ、もしかして怖くなった?」

鷹野は薄く笑みを浮かべて来美の様子を窺う。

「私は幽霊を信じてませんから、怖くなる必要がないんです」

「へー」

鷹野は体を引いて来美を見つめる。


「大体、仮にも生物学の教授が幽霊を信じていいんですか?」

「生物学は生命を持った物への学問だ。幽霊の存在の証明は脳科学や物理学などのアプローチが有効だろう。それに、幽霊がいないと完全に証明できた者は誰1人としていない」

「鷹野教授は知らないんですか?幽霊って結局脳の錯覚だっていうのは有名な話ですよ。そんなことも知らないなんて、ぐふっ」

来美は大げさに嘲笑う。


「君はちゃんと話を聞いてたのか?と言ったはずだ。彼等が証明したのは幽霊が存在していないという一部の証明に過ぎない。

ポルターガイストはどう説明する?なぜカトリックはエクソシストがいるんだ?」

「ポルターガイストって、実際見た人いるんですか?引き出しが突然開いたりとか、食器棚の扉が開いたりとか、細工でもすればできるじゃないですか」

「しかし、細工があったかどうかは分からない。それを証明できなければ、霊の存在は否定できない。

悪魔もそうだ。エクソシストに悪魔を払ってもらえると、何百人が押しかけるのはなぜだ?もし悪魔がいないとするなら、長年に渡ってエクソシストを養成し、それを欲する需要と供給が一致しているのはおかしな話だ。

現代の科学では治せない病気があるのも事実だ。治せない病気を、悪魔が憑りついていると訳すなら、説明はできるかもしれない。だが、原因が分からない以上、悪魔がいるか否かを断定することはできない。言うまでもなく、幽霊も同じだ」


来美は眉を顰める。

「どうだ?幽霊の真実味が増したか?」

「いえ、全然」

「とにかく、幽霊に憑りつかれてる可能性も含めて、なんでも試してみるのもいいぞ。君としては、ストーカーの存在が消えれば解決できるんだから」

来美はストーカーの話だったことを思い出し、腑に落ちない部分はあるものの、それも最終手段として、頭の片隅に置いておくことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る