第33話 SOS
来美は仕事を終え、会社を出た。周りに不審者がいないか気にしながら、地下駐車場を走る。愛車まで辿りつき、車に乗り込む。その様は来美の方が不審者のようだった。
お気に入りの洋楽ロックをかけて、気を紛らわせながら車を走らせた。
何事もなく来美の愛車は自宅の駐車場についた。このまま大人しく自宅に戻るべきであることは分かっていた。
しかし、陰険なストーカーごときに自分の生活が振り回されるのが嫌だった来美は、鬱憤を晴らすべく飲みたくなってしまった。
金井と松本に一度自宅に来てもらって、今日は家で飲んでもらおうと思ったが、2人とも今日は無理とのメールが返ってきた。
これから1人で飲むのはさすがに辛かった。こういう時、結婚していれば何か変わったのだろうかなんて想像する。
きっと優しい夫がいたら、こういうことも飲みながら話せるのだろう。来美は結婚してる人が少し羨ましくなった。
ここで諦めたくない。来美は絶対にストーカーなんかに屈したくないと、意地でも行ってやろうと思った。タクシーを呼ぼうと電話したが、どこも20分待ちとか、30分待ちとか説明された。
観念して車の中で待つかと、4件目のタクシー会社のタクシーを呼んだ。
車のエンジンをかけて、洋楽ロックを聴きながらタクシーを待つこと35分。タクシーが来て、周りに怪しい影がないか警戒しながらタクシーに乗り込む。
タクシーの運転手が笑みを投げかけて行き先を聞いた時、キラリと光る金が来美の目に映った。中央の上の2本だけ金歯というちょっと怪しげに見えるおじさん運転手。
来美は不覚にもこの人がストーカーなんじゃないかと思った。『角米』の名を告げると、運転手は白い手袋つけた左手を挙げて了解し、タクシーを飛ばした。
運転手はちょっと荒い運転をするようで、来美の体が左右に振られる。
別に急いでほしいわけじゃないのにそこまで飛ばさなくても、と不安を覚えて、前方に注意がいってしまう。お陰でストーカーから追いかけられているんじゃないかと考える隙間などなかった。
タクシーはなんとか行きつけの居酒屋『角米』に辿り着いた。タクシーを降り、20メートル先の居酒屋へ歩いていく。
その時、タクシーが追い越していく音に混じって聞こえてきた足音。
来美は寒気を感じると共に立ち止まる。來美は気のせいであってほしいと願って振り返った。
後ろから感じる視線はすぐに消えた。後ろから来ようとしている車のライトが眩しくて目を細めた。
車が通り過ぎた後に残る天然の黒と人工の白青の光が様々な物の形を映し出すが、不審者は見当たらない。
ストーカーは夜に融けてしまったのかもしれない。不安がおかしな妄想へ誘導する。
来美は不快感に突き動かされて『角米』に逃げ込んだ。
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