ベルの音が鳴りやまない

第28話 踏み出す1歩

 不安と期待が入り交じる前嶋とのデートまであと3日。来美は大仕事を終え、社長室でホッと一息ついていた。

自社ブランドで人気のドレス数種類で使われている生地、ブラジル産のオーガンジー素材となる繭を作る蚕が大量死したため、原価が高騰していた。現地報道によると、蚕の餌となる人工飼料に原因があるのではないかと言われているが、正式な発表は未だない。

ドレスを作るための繭の量を確保できるようになるには、最低でも2ヶ月以上かかると、縫製工場から連絡があった。

その期間をどうやり過ごすか緊急に会議を開いた。当面は赤字収支決算の見込みで値段を引き上げないこととした。


 そんなごたごたがあり、取れなかった休息を取ってコーヒーを飲んでいる。テーブルの上にはたくさんの着物雑誌が置かれている。デザインのイメージを膨らませている段階だった。

時計を見ると、もうすぐ終業時間になりそうだった。今日やらないといけないことはもうないなと確認し、帰る支度をしようとした。

すると、携帯がテーブルの上で振動し出した。

何かなと思って見ると、前嶋からだった。

名前を見た瞬間、妙に緊張する。来美は恐る恐るメールを確認した。


『なんかごめん。俺が言い出さなきゃいけないことだったな。俺が気にしてるのは、瀬理が結婚をためらう理由だ。もし、聞かせてもらえるなら聞かせてほしい』


 自分から言い出したものの、いざこうして問われると考えてしまう来美。

全てを曝け出すにはまだ心の準備ができてなかった。

まずはどんな反応を示すかジャブを打ち込んでみようと思った。


『私は仕事を続けたいと思ってる。まだやりたいことがたくさんある。仕事と家事を両立できるほど器用じゃないし、たぶん、慶が不満に思うことがたくさん出てくると思う。

それでギクシャクするくらいなら、今の関係の方がいいんじゃないかって尻込みしてる。慶が早く結婚する未来を描いてるなら、私じゃない方がいいと思う』


来美は突っ込み過ぎかなと思い、送信をためらったが、ここでためらったら今までと一緒だと思い直し、送信ボタンを押した。

ただメールするくらいでこんなに動揺してる自分が情けなく思えてくる。

来美はとりあえず帰ろうと思った。給湯室の洗浄機に使ったコップを入れ、社長室に戻ってコートを着る。バッグを持って、社長室を出た。

「じゃ、お疲れ」

「お疲れ様です」

来美は従業員たちの声を背に会社を出た。

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