第24話 社長の休日
部屋の中に入り込むわずかな光。カーテンの隙間から部屋の中をぼんやりと映し出す。
光は冷気を消してくれなかった。朝焼けに燃ゆる太陽も、広い土地に漂う空気を温めてはくれない。来美は朝の冷たさを感じて起きた。
「……あれ?」
来美が起き上がると、そこはベッドの上だった。
寝癖のある髪を指で軽く整えて、周りを見回す。
見慣れた自宅の中。帰りの記憶がない。寝起きで鈍くなっている頭を使って、昨日のことを思い出してみる。
やはり、記憶がない。居酒屋で飲んでいた、までは覚えている。
あの後も鷹野と話しながら飲み、眠気を我慢しながら興味のない鷹野の生命の起原について講義が一方的に行われて、それから……分からない。
とりあえず来美はベッドから出る。すると、来美はスーツのままだった。着替えもせず寝ていたのは久しぶりだった。この感じだとメイクも落とせてないのだろうと、鏡を見る前に気落ちする。
ベッドの側の床にはバッグが落ちていた。来美は急ぐ様子がない。時計は8時半を差している。とっくに出勤時間だ。
今日は休み。急ぐ必要がないため、今この状況を考えることに費やせる。
来美はバッグの中を確認する。特になくなっている物はない。
ポケットの中には自宅の鍵と車の鍵、ハンカチ、ポケットティッシュが入っていた。
財布の中を確認したが、お金が減ってない。
これはもしやと推測する。しかし、来美の知らない記憶の鍵を握る鷹野の連絡先は知らない。今度あの男に知らない記憶を聞くしかないという結論に達し、来美は脱衣場へ向かった。
シャワーをして、身軽な服装に着替えた来美は遅めの朝食をゆっくり食べていた。
携帯で検索した簡単な朝食を作った。冷蔵庫にあるもので作ったため、完成図通りの見た目にはならなかったが、来美は味に満足していた。
テレビに視線を向けつつ、サラダをほうばる。
おススメスポットや生活情報をまったりと伝えてくれる番組が放送されていた。
その間、今日これからどう過ごそうかとぼんやり考える。
特に予定はない。天気は少し雲がかかりながらも晴れている。出かけるのもいいが、遊ぶよりも体のメンテナンスをしたい。
29歳の来美。29年も活動を続けてきた体は、微妙な疲弊感とだるさを持っていることがしばしばある。
まだ若いと言いたいが、10代の頃とは違うと感じさせられる。25になった頃にそれを自覚し始めた。
若いと言い続けるには、体の疲労を取り除く必要があるのだ。
来美はソファにある携帯を取る。今日初めて携帯を開いたら、前嶋から複数のメールがあったことに気づいた。最初はお疲れ様という労わりの文から始まり、前嶋が帰りの途中に見かけた酔っぱらいについて書かれていた。
そして、瀬理もお酒はほどほどにという警告を最後にメールは終わっていた。
記憶が飛ぶという直近で身に起こったこともあり、少々反省した。
その後、返信をしなかったためか、3時間後、深夜1時に再びメールがあった。
来美から返信がなかったために、帰りを心配する短いメールだった。
その後、オブラートに包みながらも、返信が来なかったことにいじけているような文と返信の催促を最後に、メールは来ていない。
来美は前嶋に心配をかけたことを謝りつつ、おどけている風な文と絵文字をつけ、記憶が飛んでしまった話を交えて反省を伝えた。
些細な会話だが、繋がりを感じる。こんなことは今まで感じなかった。お互いにメールは短く、必要なことしか連絡し合わない。以前のメールは待ち合わせの確認や予定の話ばかり。
込み入った話は会って話せばいいことだと言いながら、お互いに会う回数は少なく、気がついたら1ヶ月くらい会ってないみたいなことがよくあった。
そういうことも心の中で反省して、自分達の関係性を見直す。
今の状況は自分達を省みるいいきっかけだったかもしれない。
来美は微かな希望を見い出し、昨日まで悩んでいたことや不安が軽くなった気がした。
来美は軽くメイクをして、スーツ以外の大人ファッションを身に纏い、必要な物を持って部屋を出た。
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