第23話 結婚が怖い
鷹野は瞬間的に来美に顔を向けた。鷹野の目は大きく見開かれていた。
「なに言ってんだよ。そんなわけないだろ」
口は笑っていたが、来美は鷹野の視線が泳いでいるのを見逃さなかった。
「怖いんですよねー。鷹野教授?」
来美はからかうように不敵な笑みを投げる。
「馬鹿言ってんじゃないよ。結婚が怖いなんて聞いたことないだろ」
「そうですか。てっきり臆病な自分を隠すために一夫多妻制を支持してるのかと」
鷹野は落ち着きのない様子でビールを飲む速度が上がっていく。
鷹野の動揺ぶりを密かに笑う来美。散々イライラさせられた男の無様な姿を拝め、ちょっとだけスッキリした気分になる。
動揺が収まらない鷹野は突然席を立った。
「どうしたんですか?」
「トイレだよ」
鷹野は少し語気を強めて言い放って、トイレに向かった。
来美はつかの間の1人の時間に酔いしれる。
しかし、その酔いは爽快にさせてくれなかった。来美の表情が沈んでいく。
臆病なのは来美も同じだった。差し迫る結婚を前に逃げたくなる。
いつか来るかもしれなかった結婚に見てみぬフリをして、今を楽しもうとしていた。
怖いのだ。結婚して何かが変わってしまうのが。
良い方向に変わる保証があるならこんなに悩むことなんてない。悪い方向に行ってしまった時、簡単に離婚を提示できない。
3組のカップルのうち1組は離婚してますなんて言葉で、来美の中の離婚のハードルが下がるわけもなく、未来の扉の前で背を向けて頭を抱えている。
例えば、寂しいという勢いで結婚に突き進めたら、こんなにも悩むことはなかったかもしれない。後から一緒に考えればいい。
そんな風に考えられたらどんなに楽だろうか。
結婚が軽い物なのか、重い物なのか。今の来美には分からない。
仮に重い物だったとして、それを背負った時、その重さに耐えられる自信がないのだ。前嶋の側で心の底から笑っていたい。
窮屈な生活に追いやられるくらいなら、今の幸せを続けたい。
でも、それを伝えて、前嶋が悲しむ顔を見たくない。
我がままな想いはどこにも行けない。
プロポーズの返事を告げると決めた日まであと一週間。
何が正解なのか分からない。
重いため息が思わず出た。頭の中で積もっていく悩みが本当に質量を持っているように感じてしまう。来美の顔が自然と下を向く。椅子に貼りついた銅像みたく、来美の体が微動だにしなくなった。
酔いと悩みが頭の中で揺れる。
来美は据わった目に映るつまみとお酒を口に入れていく。
夜は静かに黒く染める。染み渡っていくアルコールと共に。
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