第22話 本能的な勢い

「今日従業員に聞いたの。なんのために結婚したいのか」

「へー、それで?」

「そしたら子供が欲しいとか、結婚生活夢見てるからとか、まあ、ありがちな理由を言われたんだけど」

「最もな理由だな」

「それで、その中に寂しいからって理由があって……」

来美は浮かない顔をする。


「それが?」

「寂しいからって結婚しますか?」

少し苛立ちを見せながら来美が言う。

「別にいいんじゃないか?」

「そうですか?それで結婚したら失敗しそうじゃないですか」

「寂しいだけが理由じゃないだろう」

「そうだとは思いますけど、なーんか腑に落ちないんですよねぇ。おじさん、明太子とアスパラ1つずつ」

「はいよ」

「寂しいって理由なら恋人関係でよくないですか?」

「心許し合える人がいるだけで安心できるんじゃないか」

「はい。それも従業員が言ってました」


 来美は早速来た明太子に手をつける。

「君は、結婚は重くあるべきだと思ってるのか?」

核心をついてきた鷹野の言葉に、ペラペラと話せていた来美の口が止まった。

「だって……契約でしょ?」

鷹野は微笑を浮かべる。

「契約ではあるが、家族を持ちたいっていうのは動物的な本能とも言える。そういう気持ちは持っておいた方がいいぞ。結婚ってのは勢いみたいな物も必要だからな。

お互い不安を持ちながら結婚するんだから、根拠のない自信で立ち向かう気心で、未来を歩くみたいなところもまた粋なもんだろ。そういった意味じゃ、結婚式なんてのは、兜の緒を締めるには丁度いい儀式だろうな」


「寂しいからそれを埋めるために結婚ってのがなぁ……。まあ、寂しさは埋められますけど、結婚したらほぼ一緒にいるじゃないですか。そしたらもう相手のことを気にしなくなりそうなんですよね」

「ん?どういうこと?」

「ほら、恋人関係だったら、ばっちりメイクして、服にも気を使うけど、結婚したら家でも一緒ってことになるじゃないですか。服も地味な奴になったり、家ではメイク落とすし」


「気をつければいいじゃないか。家の中でもメイクもして、服もオシャレにして。そういう奥さんもいると思うぞ。それに、必ずご主人は羨ましがられる。まあ、美人だったらの話だがな」

来美は鷹野の嫌味をあえてスルーした。

「そういうの嫌なんですよねぇ。家くらい気を使わないでいたいんですよ。そんな家、息つまりそうじゃありません?」

「つまり、君はありのままの姿で家にいたいんだな」

「はい」


「なら、別居婚でいいんじゃないか?」

「それ結婚する意味あります?」

「あるだろ。結婚してたらいろいろ助かるぞ。戸籍が入ってるってだけでなんやらの手続きがスムーズになることだってあるし、寡婦控除だって受けられる」

「寡婦控除って、それが目当てで結婚したら嫌な女じゃないですか」

来美は眉を顰めて苦言を呈す。

「大事なことだろ。夫に死なれて収入が少ない人は生活が大変になる。ま、君はお金に困ることはないだろうけど」

「んー、やっぱり捨てなきゃならないのかなぁ」

「何が?」

「愛」

「今度はロマンチストか?」

「真剣に言ってるんですけど」

「そりゃ失礼」

鷹野はビールを飲み干し、ビールを追加注文する。


「結婚したら、恋人みたいにはいかなくなるじゃないですか。それを失ったら空しい気がするんですよねぇ」

「失うわけじゃないだろ。形が変わるだけだ。恋愛から家族愛に変わる。ただそれだけだ」

「家族愛?」

「よく考えてみろ。君は親に育てられて、子供の立場で家族に触れてきたが、今度は妻、もしくは母親の立場で家族愛に触れることができるんだ。そんな経験なかなかできない」

「まあ、そうですけど、親になる自信もないんですよねぇ。妻としてやっていけるかどうかも微妙ですし。今の方が楽だし」

来美は焼酎を飲み終え、ビールを注文する。


「独り身の方が考えないといけないことは少ないからな。自分のこと考えてりゃそれでいいわけだし」

「寂しいって思えないんだよなぁ。今のままで十分幸せだし、年取った後は貯金と年金でなんとかやっていけそうだし」

「大金持ちは言うことが違うねぇ」

「鷹野さんは1人に絞って結婚しないんですか?」

「なんだよ突然」

鷹野は面食らう。


「いや、気になったんで」

「言ったろ。俺は一夫多妻になったら結婚するって」

来美は鷹野をジッと見つめる。鷹野は来美の挙動に戸惑う。

「素朴な疑問なんですけど、私がここに来ると大体いますよね。本当に彼女さん複数人いるんですか?」

「いるよ」

「どれくらい?」

「今は、6人くらい」

「へー……」

来美は余裕げに笑みを浮かべる。


「なんだよ?」

「6人と付き合ってたら、デートの時間も過密になるじゃないですか。それでよく頻繁に来れますよね」

「俺はちゃんとスケジュールを組み立ててるからな」

「それって女性が大変になるパターンじゃないですか」

「違うよ。勘違いするなよ。分単位でデートプランを組み立ててるわけじゃない。その子とのデート時間は余分に取ってあるだけだ。そして、キリのよさそうなところでデートを終わらせる。物足りないってくらいの時間で切り上げるのがポイントだ。で、最後の別れ際に言うんだよ。また楽しい時間を過ごしたいよ、ってな」


 来美は鷹野が調子づいてきたと感じ、興味なさそうにカウンターに来たビールを呷る。

来美は鷹野が結婚しない理由を少しだけ推測し、ピンときたことがあった。そして、それを突きつけて様子を窺ってみようと思った。

「鷹野さんって、本当は夫になる自信がないんじゃないですか?」

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