第21話 社長ご立腹
来美は本日の仕事を終え、いつもの居酒屋に向かって歩いていた。ちょっと不機嫌な表情で居酒屋に入る。おじさんの「いらっしゃい」の声が聞こえた瞬間、来美は強張った表情で固まった。
鷹野がまた1人でカウンター席に座って飲んでいた。
「おお、これはこれは、結婚の呪縛に悩める女社長ではございませんか」
鷹野は居酒屋にいるみんなに聞こえるような声で不躾な第一声を発した。
来美はより一層不機嫌な顔をして、鷹野が座る席から1つ開けて、カウンターについた。
「芋焼酎2杯、温生豆腐」
おじさんは少し驚いた様子で首肯し、バイトの子たちに注文を伝える。
「もしかして、俺にプレゼント?」
「なにがですか?」
「焼酎」
「なわけないでしょ。全部私の分ですよ」
来美はバイト君が持ってきた水を一口飲み、ため息を零す。
「今日は一段と機嫌が悪いな。仕事で何かあった?」
「……別に」
「なんだよ、水臭い。飲み仲間のよしみなんだから、話せよ。スッキリするぞ」
鷹野は来美に席を近づけ、ビールの入ったグラスを自分の前にスライドさせる。
来美は離れようかと思ったが、モヤモヤする気持ちを吐き出したくてここに入ったこともあって、その場に留まった。
「おじさん、あぶりつくね2つ」
「はい」
「これは俺の奢りだ。気にせず食え」
「たかが280円くらいでそんなどや顔しないで下さいよ」
バイト君が来美の注文した焼酎と温生豆腐を持ってきた。
「おー恐い恐い。そのクルクルの髪型も相まって魔女みたいだな」
来美は鷹野を睨みつける。
「今からあなたの取り巻きの女性達が修羅場になって、全員があなたから去っていく魔法でもかけてあげましょうか」
「乗ってきたなー。ほれ、かんぱーい」
鷹野は上機嫌な様子で、勝手にグラスを焼酎の入った陶器のコップに軽くぶつける。
鷹野と来美はお酒を呷り、息をつく。
2人して無言の間が数秒空いて、鷹野が切り出した。
「で、何があったの?」
来美は話そうかどうか一瞬迷ったが、言いたい欲が上回って口を開いた。
「私、不思議系なんだって」
「は?」
鷹野はどう答えていいか分からず、疑問を投げかける。
「私ってそんな不思議系かなぁ……」
「誰かに言われたの?」
「うちの従業員」
「ああそうー。じゃあ不思議系女社長だ」
来美は険しい表情で鷹野に視線を向ける。鷹野はあざけり笑って、ビールを飲んでいる。それが余計に腹が立った。
「今殺意が芽生えたんだけど」
「うん?じゃあごめん」
「かっるー」
来美は肘をついて額に手を当てて苦悩する。
「お待たせしました。あぶりつくねです」
バイト君に「サンキュー」と言ってお礼を言う鷹野。
「もしかして、悩みってそれか」
「だったらなに?」
「んなことで悩むなよ。不思議系女社長なんて愛されるぞ」
「あなた笑ってましたよね?」
「そりゃ希少生物に出くわしたら笑うだろー。笑う以外に何がある」
「馬鹿にしてますよね?」
来美は鷹野を問い詰める。
「馬鹿にはしてない。俺なら希少生物に近づいて舐めることだってできる」
「何の自慢ですか」
来美は呆れながら少し焦げの入ったあぶりつくねをほおばる。つくねの風味が鼻を通り抜けて、味わい深い旨みを舌に残し、焼酎をグイっと注ぐ。
「それだけじゃないんですよ」
「他に悩みが?」
鼻から息を吐き、重い口を開く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます