悩みは尽きず

第19話 不思議系

 金井は泣き疲れてソファで寝てしまった。来美は金井を泊めることにして、温かそうな毛布をかけて、自分のベッドについた。

朝、リビングに行くと、スッキリした様子で金井が「おはよう」と声をかけてきた。

来美は安心し、一緒に朝食を取って部屋を出た。


 車で金井を勤務先まで送り届け、金井と別れた。そこから自分の会社へ向かおうとした時、携帯が鳴った。着信音でメールだと分かったが、こんな朝早くから誰だろうと思い、携帯を見た。

前嶋からのメールだった。


『おはよう。俺もこれからはこうやってマメにメールしようと思う。瀬理と付き合ってることが当たり前だと思ってた部分もあったから、反省しなきゃな。

俺は瀬理のことが好きだ。ずっと人生を共にしたい人だと思ってる。

ちょっとウザかったかな?もし嫌だったら言ってくれ。今日も仕事頑張って』

前嶋は朝から愛を囁くようなメールをするタイプじゃない。また元の関係に戻れるきっかけを作ろうとしているのかもしれない。

来美はメールを打って返した。

『そんなことないよ。朝からいい気分。慶もお仕事頑張ってね』


 今日の来美の仕事は、ドレスを探しているお客の仲介サービスをしている会社との業務提携の話し合い。

3ヶ月かけた業務提携の話し合いは終局を迎え、本日合意に至った。

提携先の会社から出た来美は、「ちょっとその先のカフェで休みましょう。疲れちゃった」と付き添いの2人の従業員を誘った。


 カフェに入った3人は、頼んだコーヒーを一口飲み、ホッと一息をつく。

「なんとか決まりましたね」

行政書士の資格を持つ事務方の従業員、天都優子あまつゆうこは頬をほころばせる。

「いつもありがとね」

来美は対向して座っている天都に感謝を述べる。

「いえいえ」

天都は片手を顔の前で横に振って謙遜する。太い眉毛に素朴な顔立ち。優しそうな表情は、清楚感を際立たせている。来美の会社の中の癒し系だったりする。

「でもこれからよ~。これで売り上げが伸びなかったら意味ないからね」

「そ、そうですよね。すっかり解放された気分に浸っちゃって」

天都は少し反省した様子で語る。

「解放かぁ。私も早く解放されたい」

「はい?」

「あー、いや仕事の話じゃないから」

来美は笑って誤魔化す。


「社長、最近変ですよね」

そう言い出したのは、もう1人の従業員、山本文美だった。

「何が?」

「いや、大変恐縮なんですけど……」

山本は苦笑いをしながらも何か言いたげに来美を見つめる。

「なに言ってよ?」

「いやぁー……」

「気になるじゃん。私が社長だからって気にしない!」

来美は前のめりになって天都の隣に座る山本に促す。

「ちょっと見かけたとか、聞いた話ですよ?」と前置きして、山本はためらいがちに来美の奇行を語り出した。


「たまに社長室を見たら、ほげーと宙を一点に見つめている時があったりとか、長い話をしていたら、『ごめん、なんの話だっけ?』と、話の腰を折られ……」

来美の表情は曇っていくが、山本の話は止まらない。

「PCのマウスをコップだと思って口をつけて、マウスでチューという天然ボケを1人で敢行していたり、携帯の画面を見つめながらぶつぶつと呪文みたいに独り言を呟いていたり、あと……」

「もういい。分かった。うん、分かったから……」

来美は恥ずかしさに耐え切れなくなって山本を制した。

「すみません」

山本は申し訳なさそうに謝る。

「文美が謝ることじゃないから大丈夫。うん、今度から気をつける」

来美は悩ましい表情で目を瞑りながら、テーブルに片肘をついて反省する。

「社長ってそんなに不思議系じゃなかったですよね」

「不思議系……」


 来美は重くのしかかる山本の言葉に胸を痛め、呆然と呟く。

「あーいえ!不思議系とは正反対だって意味です!」

「みんなから不思議系って呼ばれてるんだ……」

来美は悲愴感漂う表情で山本を見つめる。

「いや、今のは私が勝手に思ったことですから、社内でそう呼ばれてるわけじゃないですよ!?ね?天都先輩!?」

「あ、うん!そうですよ!社長!そんなに落ち込まなくても大丈夫ですから!」

天都も来美を励ますが、あまりのショックに頭を抱える来美。


「心配してるんですよ!ここ最近社長の様子が変だって、みなさん口を揃えて言うもんですから」

天都はぎこちない笑みで説明する。

「そうなんですよ、だから、何かあったのかなということを話していたんです!」

来美の反応を窺う2人。来美はテーブルに突っ伏して、両腕で顔を塞いでいた。

2人は顔を見合わせて戸惑う。すると、山本がおずおずと切り出した。

「あの……もし何かあれば、相談に乗りますよ?」

来美はパッと顔を上げて、「聞いてくれる?」と物欲しそうな表情で尋ねた。

2人は瞬間的に頷くしかなかった。

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