第15話 多彩

「あれ?久しぶりじゃーん」

 カウンター席から聞こえてきた声はなんとも耳障りなノイズみたいだった。気持ち悪い笑顔を携え、鷹野がカウンターから来美たちのいる座敷に入ってくる。

「こっちに来ないで下さいよ」

来美は体を退きながら手で払う。

「いきなりその態度はないだろう」

鷹野は強引に空いていた来美の隣に座る。


「あの、この人は?」

金井は戸惑いながら来美に尋ねる。

「初めまして。鷹野喜代彦です。東青大学の教授をやってる者です。これ、名刺」

鷹野がずけずけと話し始め、金井と松本に名刺を渡す。

「東青大学の教授!?すごーい!」

松本はお手本通りのリアクションをしている。来美は逞しいなと感心する。

「いえいえ、そんなことは……あるんですけどね!」

鷹野の高笑いが鼻につく。来美の表情がどんどん険しくなる。


 バイトの柏木が座敷に来た。

「お冷です」

水が鷹野の前のテーブルに置かれる。

「湯生豆腐1つ、あとビールね」

「はい」

柏木は去っていく。

「可愛いな」

鷹野は柏木の背中を見送りながら呟く。

「生徒に手出しちゃダメでしょ」

「生徒?」

来美の注意に首を傾げる鷹野。

「あの子、東青大学の生徒よ」

「へー、今度キャンパスで探してみよ」


「あの、2人はどこで知り合ったんですか?」

松本はニヤニヤと笑みを零しながら聞いている。

「ここで1人で飲んでたら話しかけてきただけだから」

来美は松本の態度に疑念を持ちながら嫌そうに答える。

「君達が彼女の言ってた友達か」

「松本千恵です。アパレルで働いてます」

「金井紫乃です。保険会社のオペレーターしてます」

「君の友達は美人だな。羨ましいよ」

鷹野がイヤらしい顔を向けてきた。胸やけが込み上げてきて、ビールを喉に流して押し込んだ。

「やだ、先生お上手ー!」

「いや本当に」

何だこの空気、と思った来美の中で、黒いものが蠢く。


 来美はいきなり大きな音を出すように手を叩いた。

「はい、もうこの人の紹介はいいでしょ。それより、2人の意見を聞かせて」

「なになに?なんの話してたの?」

来美は鷹野を睨む。

「くるみーが結婚を申し込まれて、どうするか悩んでるから相談に乗ってあげてたんですけど、くるみーが結婚についてどう考えてるか意見を聞きたいって言われて」

金井ははきはきとした口調で説明する。

「へー、彼氏に結婚申し込まれてんだ?良かったじゃん。俺のアドバイスが役に立つってもんだ」

鷹野は得意げに調子づく。その姿が妙に腹が立つ。


 来美はもう放っておこうと思い、松本と金井に視線を向ける。

「早く話して」

「はいはい」

松本は半笑いで言うと、んーと唸ってから話し始めた。

「いつかは結婚したいよ?でも、誰でもいいから結婚したいわけじゃないし、付き合ってるからって必ずしも結婚するわけじゃない。結婚の未来を想像できたら結婚を考えるし、この人はないなって思ったら結婚する」

「でも、早くしなきゃって焦んないよね?もう30になるのに」

「年齢言うな」

松本は真剣な眼差しでサラリと年を誇張する金井を咎める。


「焦ったってしょうがないでしょ。結婚適齢期っていうのは、子供を産み、育てるために最適な年齢だって話もある。子供って授かりものだし、産まれなかったら産まれなかったでいいと思ってるから、結婚を急ぐ必要がないんだよね。

タイミングさえ合えば、いつでも結婚しようと思ってる。彼ともそういう話は何度もしてるし」

「ま、もうまっつんはほぼ結婚してるようなもんだよね」

「え?どういうこと?」

金井の言葉に引っかかる来美が尋ねる。


「あれ?言ってなかったっけ?私、彼と同棲してるって」

「聞いてないわよ。なんで言わないのよ!」

来美は裏切られた気が湧いて問いただす。

「ごめんごめん、言ってるもんだと思ってた」

松本は悪びれる様子もなく笑いながら謝る。

「ふふ、嫌われてんだ」

鷹野が来美を指差しながら嘲笑う。来美は鷹野の指を叩いた。鷹野は大げさに痛がる。

来美は拗ねたように唇を尖らせてビールを飲む。松本はなんとか機嫌を直してもらおうと半笑いで何度も謝った。

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