第13話 覚悟
来美は仕事を終え、愛車で自宅に向かっていた。見慣れた道が視界に入り出し、オフモードに切り替わっていく。車のライトが自宅の駐車場の出入り口を照らす。
すると、自宅マンションの前で立っている男がいた。男は来美の乗っている車に視線を向けた。前嶋慶だと一瞬で分かった。
来美はドキッとしたが、とりあえず駐車場に車を入れて、エンジンを止めた。
来美は車のキーを外し、ブランドバッグを膝の上に引き寄せて静止した。なんて言おうかと考えても、何か出てくるわけでもない。
来美は息を整えて、車から出た。
前嶋はマンションの出入り口前で待ち構えていた。前嶋はぎこちない笑顔で少し手を挙げた。来美はとりあえず笑顔で返し、前嶋に歩み寄る。
「ごめん、急に押しかけて」
「ううん、こっちこそごめん。連絡もしないで」
初めての感覚だった。彼と一緒にいる時、こんなに話しづらいと思ったことはなかった。唇が麻痺したように重い。
前嶋の表情を窺う。彼の表情も強張り、開いた唇は何か言いたげに動いている。
「大丈夫だから」
「え?」
前嶋は聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「俺からプロポーズの返事を催促したりしないから、瀬理から返事をくれるまでちゃんと待ってるよ」
「うん……」
来美は相槌を打つことしかできなかった。
「メールでもできるんだけど、今度デートしよう。いつ空いてる?」
前嶋は努めて明るい声で言った。
「24日の夜なら」
「じゃあ空けておいて」
「楽しみにしてる」
前嶋は無垢な笑顔を見せた。
「おう。じゃあ、俺帰るわ」
「ずっと待ってたの?」
「あーっと……大丈夫。俺寒いの平気だから」
「そう。ありがとね」
「うん。じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
前嶋はすっきりした様子で来美に背を向け、去っていった。
来美は部屋に入り、寝間着に着替えてソファに寝転んでいた。バラエティー番組を流すテレビの音など聞いてなかった。天井をボーっと見つめている。
只今絶賛落ち込んでいた。
自分がプロポーズの返事を待たせていることで、前嶋に気を使わせてしまった。前嶋だって忙しいはずなのに、寒い中外で待たせてしまった。
こっちはこっちで結婚を夢見れないがために前嶋の申し出の返事を先延ばしして、今の関係をどうにか続けようとしている。
変わらない関係なんてない。常に季節は通り過ぎ、時代は流れている。年を取り、皺も増える。
このままじゃフェアじゃない。前嶋が本気で結婚を望んでいるなら、早いうちに返事をしてあげるべきだろう。
先の未来に不安があったとしても、前に進まなければならないのだ。
自分を急かすように言い聞かせた来美は、1月23日まで毎夜9時にアラームが鳴るようにし、『24日に返事をする』という表示を携帯に設定した。
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