第10話 結婚が幸せじゃない
来美の指は止まった。これを押してしまったら今の幸せが壊れてしまう。そんな未来を見たくない。
携帯の画面から顔を離し、連絡帳の表示を閉じた。携帯をローテーブルに置いて、ソファに置かれたライムグリーンのクッションを抱き寄せた。
このところ、前嶋に連絡がしづらいと思うようになっていた。前嶋と話すことになれば、プロポーズの返事を急かされてしまうかもしれない。単純に結婚するのが嫌だと前嶋に知られたら、自分が結婚する気もないのに遊びで付き合っていたなんて誤解をされてしまう。
そう思われて当然だ。
未来があるから希望が見える。今の関係よりもっと深く愛したいと思うのなら、結婚という形にして、お互いに同じ未来を見据えて歩んだ方がよっぽど幸せに感じられる。
でも、それは私の望む幸せじゃない。固く結ばれた愛のせいで自由を失くしている人は漫然といるはずだ。
自由であることが、私の人生の価値であり、それでたくさんのものを手にできた。互いに強く結ばれることで自由が狭まってしまうのは、私の人生が狭まってしまうのとイコールする。
彼なら違うと思いたい。でも、実際結婚して5年もすれば、こんなはずじゃなかったと思うのだ。
もしそう思ったら離婚すればいい。松本が言っていたように離婚をしたとしても、その間に使った時間は戻って来ない。過ごした日々が宝物であることに変わりはないけど、拘束期間にできたはずのことができなかったと後悔しても遅いのだ。
与えてもらった物もあるし、失敗は人生の糧になる。そう思い込むしかない。
それを全て曝け出せたらと思う反面、それを言って嫌われて、思い出の全てが切なく彩られてしまう。
今のままの愛が一番幸せですと言って、誰が理解できるだろうか。それを分かっているから言えないし、結婚を望んでいる彼を失望させる。そして全てが壊れ、頭の中の思い出が駆け巡り、哀れに咽び泣く、なんてことになりたくなかった。
先延ばししてるだけ。そんなことは分かっている。
このまま、あと少しだけ、失われようとしている時間を大切に感じていたい。
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