第7話 屁理屈生物学者

「なに?今日は友達いないの?」

 鷹野は来美を嘲笑うような視線を向けながら、来美の隣に座った。

「なんで隣に座るんですか?」

「寂しいって顔に書いてあったから、一緒に飲んであげようと思ってな。ビール1つ、あと明太子と白飯」

来美は眉をひそめて顔を背ける。

「はい。ビール1つ!明太子と白飯1つ!」

店主のおじさんは鷹野の注文を繰り返し言いながら、掲示ボードに伝票を貼って書いていく。


「女社長もこういう所来るんだ?」

「どこに来ようが私の勝手でしょ」

「意外と思ってな。てっきり高級フレンチで景色を楽しみながらワインを飲んじゃってるんだろうとか、ステレオタイプの社長をイメージしてから」


 鷹野の前にビールが来て、「ありがとう」とバイト君にお礼を言うと、来美にグラスをかざした。

「なんですか?」

来美は怪訝な表情で聞く。

「乾杯。宴は乾杯から始まるだろ?人間社会の習慣だ」

「勝手に飲んでもらえませんか?」

「冷てぇ……。ツンもほどほどにしないから彼氏もできないんだろ」

「残念!彼氏くらいいますから」

来美は挑発するような口調で言い放つ。


「へー。彼氏いるんだ。結婚しないのになんで彼氏作ってんの?」

「あなたに関係ないでしょ」

「関係あるだろ。男女が居酒屋で飲み交わす。そこから男女の関係になることもあり得るだろう」

「あんたみたいな男と付き合うなんて絶対ないから!」

「分かんないよ~。あんたみたいなタイプは、俺のこと好きになるんだよ」

鷹野は余裕げに豪語する。

「あなた、相当ウザいですね」

「まあまあ、そんな怒らない。せっかくの綺麗な顔がもったいないだろ」


 鷹野は白飯と明太子が来て、箸を取る。

「ナンパしてるんですか?」

来美は冷めた視線で投げかける。

「だったらどうする?」

「センスないからやめとけ、おっさん」

「うわ~、傷ついた。おっさんショック」

鷹野はふざけた様子で大げさにリアクションする。

「若者ぶってるけど大分歳いってますよね?恥ずかしくないんですか?」

「若者っぽい言葉は若者の特権じゃないだろ」

「年相応ってものがあるんじゃないですか?よく教授になれましたね」

「あれ?調べた?」

鷹野は嬉しそうに聞く。

「たまたま知っただけです。知りたくなかったですけどね」


「じゃあ俺からサービス。鷹野喜代彦41歳。もし俺の彼女になりたかったらいつでも電話して」

そう言って名刺を差し出す。

「いらない」

来美は鷹野の名刺を一瞥して、素っ気なく言う。

鷹野は渋々名刺をしまった。


「41でナンパしてるってことは、結婚に生き遅れてるんでしょ?結婚したくてしょうがない。がっつき過ぎて引かれるパターンですかぁ。可哀想に」

来美は勝ち誇った笑みを浮かべる。

「可哀想なのは君もだろ。結婚を負の象徴としてしか捉えられない。他人から見たら、ああん、本当に可哀想だ」

鷹野はしみじみと辛辣な言葉を並べた。

来美は顔を背けて、小さく舌打ちをする。

「あと言っとくけど、俺は結婚に生き遅れてるわけじゃない。俺は結婚したくてもできないんだ」

「だから、プロポーズしても断られ続けてるんでしょ」

来美はめんどくさそうに吐き捨てる。

「違うよ。結婚したい人が多過ぎて結婚できないんだ」

「は?」

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