第6話 再会
今日は遅くまで仕事だった。依頼者である結婚式場を運営する企業とのデザインの擦り合わせをしたり、縫製工場に従事するパタンナーにイメージを細かく伝えたりと、中間管理職みたいな業務をこなす一日だった。
1つの服を作るために頭をフルに使い続ける毎日。コスト面や自社ブランドの宣伝方法、経営面なども考えなければならない。少しずつ体の中に膿が溜まっていくような錯覚に陥る。
溜まったストレスの憂さ晴らしに、いつもの居酒屋へ飲みに行こうと思い、暇そうな金井と松本を誘った。
しかし、金井も松本も今日は無理と即レス。
夜の9時にいきなり誘えばこうなるのはなんとなく分かっていた。1人で飲むのは好きじゃないけど、行きつけの居酒屋ならまだ大丈夫。というより、今日は無性に飲みたくなってしまったのだ。
家に帰って飲むことも考えた。そうなると、お酒やつまみを自分で準備しなければならない。これから家に帰ってそれらをやるのはめんどくさい。こういう時くらい、一生懸命稼いだお金で贅沢してもいいよね?なんて考えてしまうほど、精根は尽き果てていた。
来美は格子戸を開ける。
「いらっしゃい」
店主のおじさんが小さな声で素っ気なく言葉をかける。
「おじさん、ビール1つ」
来美は入って来て早々に注文して、調理場が見えるカウンター席に座る。
「はいよ。ビール1つ!」
「はい」
若い男の子がおじさんの声に返事をする。
口を真一文字に結びながら調理をしているおじさん。頬下と涙袋の下に浮かぶ皺が克明に刻まれている。恐そうで、気難しい雰囲気を纏っている。
それは見た目だけで、ここはお金に困っている苦学生を中心に雇っており、学生達からの評判は上々。
昔バイトで働いていた学生が、社会人になってここに来た時、普段笑った顔を見せないおじさんが嬉しそうに少し笑うのだ。その人情味あふれるちょっとした感動シーンを垣間見たくて、ここに来るようになった。
「お待たせしました。ビール1つです」
若い女の子がビールを持ってきた。
「ありがとう。久しぶりね」
「お久しぶりです」
若い女の子は可愛らしい笑顔を向けてくる。
彼女は東青大学1年の
「華ちゃんに会って少し元気出た」
「ふふふっ、ありがとうございます」
「あと、自家製唐揚げ1つと温生豆腐1つ」
「はい」
柏木はポニーテールを揺らして調理場に入っていく。
来美は欲していた味を口に入れる。舌に触れる苦味。一口目が最高に美味い。この瞬間こそがどんなお酒よりも代えがたい味だったりする。
3回ほど喉を鳴らして、グラスを置いた。ぷはーと水から上がった人みたく息を吐き、余韻に浸る。
格子戸がガラガラと音を立てて開いた。
「いらっしゃい」
来美は反射的に玄関へ視線を向けた。向かなきゃ良かったと思っても既に遅し。
「あ、また出た」
背の高い老け顔の男は、来美を見つけてニヤリと笑った。
最悪。来美の表情が歪む。
ファッションショーの会場で会った無礼な生物学の教授、鷹野喜代彦だった。
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