第2話 プロポーズ

 別の日。来美は駅の中にある商店通路で待っていた。少し背伸びをしたオシャレな服におかしなところがないかと、前に映るガラスで確認したり、時折腕時計に目をやり、楽しみを待つ。

「瀬理!」

黒いロン毛の男が来美の名前を呼んで近づいてくる。全身黒の皮製の服に身を包んだ高身長の彼、前嶋慶まえじまけいのセンスは、来美からしたらダサかった。でも、それを口にしない。


 そこまで踏み込む必要がないから。彼が好きでそれを着てるならいいじゃん。

服のセンスで好きになったわけじゃないから、ちょっとダサくても目を瞑ってやろうと心得ている。

「今日はちょっと雰囲気違うね」

「いつもスーツだから」

来美はダッフルコートから見えるチェックのスカートを着ていた。パンツスタイルが多い来美がスカートを履くことは滅多になく、前嶋はテンションを上げていた。

「行こうか」

「うん」

来美と前嶋は駅を出た。


 駅前の街灯や冬のイルミネーションが輝いて、街は聖なる夜を待ちわびている様子が窺えた。

来美と前嶋は交際2年が経っていた。今日は来美の仕事がクリスマスイブ、クリスマスの日に都合がつけられないということで、デートの日を前倒しして、クリスマスデートをしようということになった。

お互いに尊敬し、めくるめく日々の苦楽を分かち合ってきた。

これまでの日々とこれからの未来を祝う記念日。様々な色の光が濡れた地面に溶けて染められていた。

華やかに彩られた街を一緒に歩けること、今はこの時間を一緒に過ごしたい。


 2人は買い物を済ませ、少しお高いレストランに寄った。2人掛けの席に座り、テーブルに2つ並んだデザートを前に、絶え間ない話が和ませる。

デートの時間は終わりが近づいていた。

「瀬理」

「なに?」

前嶋はかしこまった様子で来美の目を見つめた。

「結婚しよう」


来美は少し笑い、戸惑った様子を見せた。

「……えっ?」

「やっぱり、ダメか?」

前嶋は不安げに問う。

「ダメじゃないけど、心の準備ができてなかったから……」

来美はペーパーナプキンで口元を拭いて、目を泳がす。真っ直ぐな前嶋の視線を直視できない。

来美は悩んだのち、ちゃんと答えようと前嶋に顔を向けた。


「嬉しかったよ……でも、今はその……」

「仕事?」

「もう少し、頑張りたいの。うちも、まだ軌道に乗って間もないから、安定するまでは、私がうつつを抜かすわけにはいかないから……。だから、答えは待ってほしい」

来美ははっきりとした口調で言った。

「そっか……。うん!分かった」

前嶋はちょっと吹っ切れたように笑って応えた。

「ごめんね」

「いいよ。ちゃんと待ってる」

「うん」



 来美のマンションの前に、1台のタクシーが止まった。来美はお金を払ってタクシーを降り、マンションの中に入った。

部屋のドアを開け、部屋に入った来美は、すぐにソファに座った。どこかうわの空の来美は、ライムグリーンのクッションを抱き、ゆっくりソファの背にもたれる。

来美には少しの後ろめたさがあった。いつか結婚の話が出てくることは予期していた。未来のことについて話すことはあったし、前嶋から結婚したいような雰囲気は薄々感じていた。

カップルの輝かしい未来は結婚。それはよく分かっていた。

でも、来美は

仕事を頑張りたいという気持ちは本心だったが、大きく占める理由は、のだ。

来美はんん~!と唸り、そのまま横に倒れた。

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