4話

綺麗に片付けられた応接室のソファーに緊張した面持ちで座るユーフェの対面には、先程までの荒々しい雰囲気は鳴りを潜め元の営業スマイルを浮かべるミレディと、ひどく憔悴した雰囲気を全身から漂わせて膝に腕をつく全身真っ黒の男が並んで座っている。


「先ほどは見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありませんでした」


「いえ、大丈夫です!全く気にしてませんです!はい!」


「あの、普通にしていただいてもいいですよ?」


「はいです!わかりましたです!」


よほど怒ったミレディが怖かったのかおかしな口調で話すユーフェに困り顔のミレディ。

その横で項垂れるボサボサの黒髪の男は気だるげな調子でユーフェの方に顔を向けた。


「あー、さっきはすまんな。入ってきたのに気づかんで。普段応接室を使う事なんて滅多にないから、気ぃ抜いてたわ」


「あ、本当に大丈夫ですよ。確かに少し驚きましたけど……」


「ホントにすまんね。俺ぁブレンダン。ブレンダン・アークガイっつんだ。同業者にゃブレンとか、人によっちゃ『ニヒツ』なんて呼ぶ奴もいる。まぁ、よろしくたのまぁ」


そう自己紹介と共に手を差し出してくる男、ブレンに、ユーフェは内心、にひつ?、と首をかしげたが、彼の目元が隠れるほど長く伸びた前髪の隙間から見える瞳に、慌てて自分も自己紹介を返す。


「私はユーフェ・ストロディです。今日から冒険者になります。よろしくお願いしますね、ブレンダンさん!」


「はいよろしく。んで、今日から冒険者っつうこたぁ、ミレディとの話しってもしかして、一番最初に受ける依頼の説明だったりすんのか?」


ブレンがユーフェに聴くていで隣のミレディに確認を取り、それに対してミレディがそれもありますけど、と返した。


「まず最初に冒険者カードの昇級方法について説明してから、依頼環境の情報提供を行おうと思っていました。下での話の流れでその順で説明しようと考えてたのですが……」


「昇級方法の説明なんざなりたてに説明する必要ねぇだろ。どうせ新人応対のていでサボろうとか考えてたんだろ?」


「……ちっ。まぁそれもありますけどね」


「舌打ちすんなよ、ったく。ユーフェさんも運が悪いな、こんな不良職員と当たっちまってよ」


「不良冒険者のあんたに言われたくないわよクソブレン!というか、調査任務はどうしたのよ」


「それについては後でだ。ユーフェさんが置いてけぼり食らってんぞ」


二人の軽口の応酬に中々割り込めなかったユーフェだったが、ブレンの指摘で我に帰ったミレディがハッとして慌てる。


「す、すいませんユーフェさん!」


「あはは。お二人は仲がいいんですね」


苦笑いを返してから軽いフォローを入れるユーフェ。

それに対しての二人の反応はそれぞれだった。


「仲がいいっつうか、俺がミレディの家に世話になってんだよ。そんだから距離が近いってのもあるが、特別仲がいいわけではねえぞ?」


「昔は良いなーとは思ってたけど、今じゃこんなだからね。うちに住まわせてるのも昔馴染みのよしみってやつよ」


「こんなってどんなだよ……つか口調いいのか、なおさんで」


「今更よ。それにここには私とあんたとユーフェさんしかいないんだから、バレることはないわ。そうよね、ユーフェさん?」


「っ!?は、ひゃい!私は誰にもばらしまひぇん!」


「脅すなバカ」


ブレンは指で作った輪っかをミレディのデコに持っていき、それを勢いよく弾いた。

あいたっ、と額をおさえて恨めしげに隣を仰ぐその姿は、同じ髪の色と気安い雰囲気から、どこか兄妹のようにユーフェには見えた。

やれやれと溜息をついたブレンは、そんでだ、と改まってユーフェに向けて話を切り出す。


「さっきミレディにも話したが、お前さんは冒険者になったばかりで昇級なんざまだ先の話だ。そんなもんを今の段階で教わっても何の役にも立たん。それは分かるな?」


「そうですね……確かに、今の私にはあんまり関係のないことだったと思います」


「そうだな。だから、今から話すことは全てお前さんにとって有意義なことだけ話すとしよう」


そう言うとブレンは、寝てるときに顔に載せていた大判の紙をテーブルに広げてみせた。

そこに描かれていたのは、どこかの地図らしき絵と、その至る所に記された走り書きの数々であった。


「これは、この町の周辺の地図ですか?」


「そうだ。んで、ここに書かれてる走り書きは、俺が自分の足で調査してきた事を分かる限り記してきたもんだ」


そう言われて改めて地図を見ると、その走り書きの内容は、その地図の範囲に分布している魔獣や野草の種類であったり、その地区で活動している盗賊団の被害状況などを纏めたものであった。

中でも目を引いた情報は、『草原地帯における薬草や野草の生植状況が例年よりさらに減少傾向にある』という一文だった、


「あの、この薬草や野草の生植が減少してるって、もしかして草原の薬草が見当たらないって事ですか?」


「そうだ。無いわけじゃねえが、他のところみてぇに歩きゃ見つかる程はねぇな。特に薬草がひでぇ。アルツナイ草なんかだとそれこそ朝から晩まで探し歩いて1束か2束見つかりゃいいほうじゃねぇか?」


「えっ!?」


ブレンの口から告げられた衝撃の情報に愕然とする。

ブレンが言う薬草は、ユーフェが受けた依頼の目標であった。それが、極端に減少していると言うことは……。

同じ事を考えたのか、ミレディは神妙な面持ちで問いただす。


「それは本当なの、ブレン」


「こんな嘘ついてどうするよ。それに、この情報は上にも報告してある。遅かれ早かれ公開される情報だ」


「なら、疑う余地はないわね。困ったわ」


「あの、依頼の期日を伸ばしてもらうことはできませんか?せめてもう3日貰えれば、何とか持ってきますから!」


そう言って食い下がるユーフェであったが、ミレディから返ってきた応えは難しいものだった。


「本当なら私もそうしてあげたいのだけれど、一度カードに依頼情報を登録してしまうと、その内容に手を加えることは出来ないのよ。物理的にも、権限的にもね」


「な……っ。ど、どうにかならないんですか!?」


「私だってどうにかしてあげたい。でもどうにも出来ないのよ。カードに依頼情報が登録されたら、それを達成するか、期日が過ぎて依頼未達成として処理されるかの二通りしか、中の情報に触れる手立てはないの」


「それと補足だ。例え運良く期日が伸ばせても、今の草原に新人一人で行くのは勧められない」


「え?」


真剣みを帯びたブレンの言葉に、ユーフェは思わず固まってしまう。


「どういうこと?」


ミレディが問いただすと、ブレンは大きく息を吐いてダルそうに話す。


「俺も原因は分からないし、これから追加で調査しろって言われてめんどくさく思ってた事なんだがな……どうやら草原に地龍が来たかもしれん」


「地龍ですって!?」


ブレンの口から出た衝撃の内容に、ミレディは思わず大声で叫んでしまった。


「まだ未確定の情報だ。もしかしたら俺の勘違いって可能性も高い。だが、その可能性が少しあるってだけでも、止める理由にゃなんだろ?」


そうヘラヘラと笑いながら気軽に話すブレンであったが、その内容に込められた真剣味を感じられない者は、この中にはいなかった。


地龍……それは、この世界ではそう珍しい魔物ではない。

その風貌は、巨大なトカゲにトゲトゲしいウロコが付いているような見た目であり、主に地中に巣を作り生活する大型の魔物の一種だ。

体長は最大で7メートルにもなると言われており、目につくものを何でも食べようとするその極度の雑食性から、一部の国では。大地から獣が消えたら地龍が来たと思え、と言い伝えられるほどだ。

しかもその気質は獰猛でナワバリ意識も高く、ナワバリの中で騒ぐと怒り狂って襲いかかってくる習性がある厄介な魔物だ。

ただし、その強さは翠級冒険者が4人パーティーで挑めば難なく討伐でき、しっかりと事前に対策をした上で臨むならば黒級冒険者でも場合によっては討伐出来る程度のものである。

この世界では高位の存在である龍種の、最下級に位置する地龍の素材は比較的高値で取り引きされるため、黒級以上の冒険者達の間では、地龍は割りのいい獲物として認識されている。

しかしそれは黒級という中堅以上の冒険者にとっての認識であり、白級冒険者にとっては出会えば即死に繋がる理不尽の権化である。

その硬い外殻は刃を弾き、高い抗魔力は生半可なギフトによる攻撃などものともしない。加えてその超質量はただの体当たりであっても当たれば人間など挽肉へと変えてしまうだろう。

そんな存在が間近にいるかもしれないと言われて楽観できる程、ミレディは無責任にはなれなかった。


「あの、それなら一度カードをお返ししますので、騒動がおさまったらまた登録するというのは出来ますか?」


いい案だ、と言うように提案したユーフェであったが、ミレディは辛そうに応じた。


「普通の依頼ならそれも出来たけれど、今回の依頼は協会の規則によって発行された依頼だから。規則によって発行されたものは、原則規則によって処理されるのが決まりよ。だからこの依頼を破棄した場合、規則によって冒険者カードの没収と協会からの除名。あと、さっきは説明しなかったけれど、今後冒険者協会への再登録が出来なくなるわ」


「そんな!さっきはそんなこと言ってなかったじゃないですか!」


「再登録については達成不可と認められた時点で冒険者カードの没収と同時に通知することになってたのよ。あらかじめ説明すると、必ず達成はするけれど、その冒険者が依頼に対して真摯に向き合っているかの裁定が出来ないから」


「そんな……」


俯いてしまったユーフェに、ミレディはどうにかしてあげることはできないかと考えた。


「せめてユーフェさんが翠級冒険者に伝手があれば違ったんでしょうけど……」


「なんでですか?」


「地龍は翠級冒険者にとってはそこまで強い相手ではないわ。だから、ユーフェさんにその伝手があれば、その人達に護衛してもらいながら依頼を進めることも出来るのよ。普通ならやられると困るけれど、今みたいな状況なら特例で認める事も不可能ではないわ」


「なら、今からでもついて言ってくれる人を探してーー」


「無理だ」


ようやく突破口を見つけたと喜色を発するユーフェをに、ブレンが待ったをかける。

自分の案をことごとく否定してくるブレンに苛立ったユーフェは、大声を出す。


「なんでですか!」


「逆に聴くぞ。お前さんは、その手伝ってくれる冒険者に対してどんな見返りを支払えるんだ?」


「見返りって……だって、困っている人を助けるのが、冒険者でしょ?」


そう言って困惑するユーフェに、ブレンは前髪に隠れた瞳に呆れを浮かばせた。


「お前さんは、随分とヌルい考えをしているな。冒険者を舐めてるのか?そんな考えなら3日と言わず今すぐ冒険者なんか辞めて慈善活動ボランティア団体にでも登録し直すんだな」


「なんですって!?」


「『冒険者は見返りを求める』。当たり前だろうが。なんせ、報酬見返りが無けりゃおまんま食いっぱぐれるのが冒険者ってもんだ」


真面目な顔でそう語るブレンは、弛緩した雰囲気がなくなったブレンに慄くユーフェを意図的に無視する。


「いいか?冒険者ってのはボランティアじゃねえ。依頼書を読む時、冒険者は必ずと言っていいほど報酬から見る。そして希望に沿った報酬であることを確認してから依頼内容を読んで、割に合えば受注する。何故かって?当たり前だろ、誰が自分の時間を割いてまで割に合わない依頼を受けたいと思う?

冒険者にとって依頼とは食い扶持を稼ぐための手段で、依頼者にとっての冒険者は最後の頼みだ。互いが互いを信頼し、互いに納得いく成果報酬を求めてる。

中には善意で受けてるやつもそりゃいるだろう。だがそんな奴らは少数派だし、何より信用はされても信頼はされない。人は善意ってものに懐疑的で、見返りなしに行動する奴のことを疑ってかかる生き物だからな」


そこまで一気に言い切ると、ブレンはソファーの背もたれに背を預けて姿勢悪く浅く座った。


「いいか、ユーフェ・ストロディ。冒険者は夢や希望だけでやっていける世界じゃねえ。何処までも現実的で、打算的な世界だ。そして俺は、いままでお前さんみたいに夢に夢見てくたばった奴らを何人も見てきた。

だからこれはあくまでも善意で忠告してやるよ。

お前さんに冒険者は向いていない。やめておけ」


ブレンの言い放った言葉が、ユーフェの心に深く突き刺さる。

部屋の中に漂う空気は、何処までも張り詰めたものだった。

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そして彼らは… 凪辺 @19940510

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