3話
「さっきの話しでなんですけど」
応接室は二階になります、とミレディに案内され、入口脇の階段を上りながらユーフェは、先ほどの会話の中でいくつか分かったことを話した。
「最初にミレディさんが言ってた、『カードを紛失すると依頼が受けられなくなる』のって、カードと受注書の仕組みがあるからだったんですね」
「その通りです。まあ受注の流れさえ分かっていれば、そこら辺の仕組みも大体分かりますよね」
「はい。でも、それなら最初からそうだって話してくれれば、もう少し早かったんじゃないですか?」
ミレディが口にした疑問に、ユーフェは前を向きながら応える。
「確かに、ただ説明するだけでしたら、こんなふうにわざわざ御足労頂くまでもなく終わることも出来たと思います」
そう言って彼女は、ユーフェを階段の先にある通路へと先導しながら続けた。
「しかし、私が今まで冒険者の皆様と話した中で、こちら側から提供出来る情報……例えば、カードの紋章と受注書の関係。
これは、紋章の仕組みを予め説明せず、受注書に紋章をかざすだけで依頼が受注出来るとしか説明しなかった場合に、ほぼ必ず後から聞かれる事がございます。なんだか分かりますか?」
「えっと……わかりません。何ですか?」
「『依頼書を持って依頼者に直接話しに行ったら追い返された。どういう事だ』」
「そのように苦情を言いに来るのです。
仕組みを知っていればわかることですが、そもそも依頼者様が依頼の受注・完了を行うことは原則出来ませんし、したとしてもそれは冒険者の活動としては記録されません。それなのに、報酬のいい依頼の独占や、恣意的な依頼環境の操作等を行うためにそういったことをする方々も、残念なことに少なくはありません」
「そうだったんですね……そんな人たちもいるんだ」
「全員がというわけではないですが、そういった方が1人でも居れた場合、やはり冒険者という職業へレッテルがはられてしまう恐れに繋がります。
なので、そういった出来事を未然に防ぎ、かつ物事を円滑にするため、当ギルド協会ではこういった情報提供を密にする事が現在では尊ばれているのです」
そこまで話すと、おもむろにミレディは足を止めた。
そして、ユーフェへ左手側にある「第二応接室』の札がかけられた木製のドアを手で指し示した。
「こちらが、応接室になります。私は先ほどお求めになられました資料を取ってまいりますので、中に入ってお待ちください。では、後ほど」
そう言うとミレディは、ドアにかけられた看板をひっくり返して『使用中』と書かれた面にしたあと、もと来た道を戻っていった。
「冒険者にも、いろんな人がいるんだなぁ。物語の中だけが全部じゃないって分かってたけど、やっぱり新鮮な感じ」
そうしみじみと呟くユーフェであったが、いつまでもドアの前に立ってるのもどうかと思い直し、部屋へと入ることにした。
「失礼しまーす」
そう言って入った応接室は、入ってすぐの場所に膝くらいの高さの黒の2人がけのソファーが二つ、同じくらいの高さの木製のテーブルを挟んで対面になるように置かれており、部屋の奥にはティーセットと茶葉らしきものが入ったガラス張りの戸棚が設置されていた。
部屋は狭くも広くもなく、戸棚の横の窓から入る外の陽光が部屋の中を明るく照らしていた。
「ぐぅ。。ぐぅ。。」
そして、二つあるソファーのうちの一つで、得体の知れない黒い何かが寝そべっていた。
「…………え?」
「ぐぅ。。すぅ。。ぐぅ。。」
その何かは、ソファーの端から端までを占拠して、さらに腕と膝から下をソファーの端からだらしなく垂れ下げて爆睡していた。
顔の部分には大判の紙を被せており、顔立ちはわからない。
服装は、丈の長い黒の皮ジャケットを前をすべて閉めた状態で着ており、黒のズボンは裾をまくり、そこから見える足先は同色の足首まであるブーツに覆われていた。
そしてもう片方のソファーには、これまたソファーの端から端までを占拠するほど大きな黒い長方形の箱が寝かせられていて、ユーフェがこの部屋で大人しく待っていられる場所は、もはや地面しかありはしなかった。
「えっと……あれ、使用中でした?でも、ミレディさんここで待っててって言ってたし。でもなんか寝てるし……え、どうしたらいいの私……えぇ…」
「ぐぅ。。ぐぅ。。」
ユーフェの疑問に答えてくれる声は、残念ながらありはせず。
応接室の中には、戸惑い狼狽えるユーフェを置き去りにして、ただ睡眠者のイビキだけが響いていた。
■ ■ ■
ユーフェに頼まれていたギルド窓口業務の一連の流れを纏めた冊子を持って、ミレディは二階の通路を歩いていた。
「(ちょっと遅くなっちゃったわね。流石に窓口ほっぽり出したのは不味かったかぁ)」
書類を取りに一階へ降りたミレディを待っていたのは、交代という名の身代わりにされた同僚の悪態と、それを見ていた上司のお小言だった。
勝手に業務を放り出して新人冒険者に付きっきりになるとは随分と偉くなったな、という内容の小言を同僚と上司の双方から愚痴られ、周辺地域の魔物の棲息分布情報整理を一部肩代わりすることでなんとか許しを得たミレディは、肩を落としながら応接室の戸を叩いた。
「ユーフェさん、大変お待たせして申し訳ございません。少々書類の作成に手間取りまして……」
ことわりをいれながら入室したミレディの目に飛び込んできたのは、大判の紙を顔に被せて来客用のソファーで堂々と熟睡する男と、男の持ち物によって対面のソファーが占拠されているために身を置く場所がない為なのか、床で膝を抱えて涙目で蹲る小動物のような少女の光景だった。
「なっ……」
「ミ"レ"ディ"〜ざぁ"〜〜〜ん"!!おぞいでずよぉ〜〜〜!!」
「ぐぅっ!」
あまりの状況に絶句するミレディの薄い胸に、顔面を涙と鼻水で盛大にぐしゃぐしゃにしたユーフェが飛び込んできた。
その衝撃で思わずうめき声を上げてしまうミレディであったが、まずはこの状況をどうにかしなければと考え、安心したのか未だにグズグズと鼻をすするユーフェの頭を優しく撫でる。
「み、ミレディざん、ずいまぜん。服、汚しぢゃっで」
「大丈夫ですよ、ユーフェさん。服なんて洗えば綺麗になりますから。それより、怖かったですよね、見知らぬ異性と一つの部屋でなんて。泣くほど辛かったなら、私を呼びに来てくださればよかったのに」
「だって、待っててって言われまじたから……怖かったけど、すぐ戻ってくるならって……」
少女の庇護欲を刺激するその仕草に、ミレディは己の怠慢を棚に上げ、自分を足止めした上司と同僚に心の中で殴り倒した。
「申し訳ございません。知らなかった事とはいえ、こちらの不手際のせいでユーフェさんに辛い思いをさせてしまったこと、深くお詫びいたします」
「ぐすっ。もう大丈夫です。ありがとうございました」
そう言いながら、涙の跡が残る顔でふにゃっと笑うユーフェに、ミレディの心臓が不自然に高鳴った。
「(な……なんなのこの娘。かわいい……いや、かわい過ぎる!なんなの、この胸のトキメキは!)」
「だめ、だめよ私!目の前の子は女の子よ?同性よ?そんな、不埒な目で見ちゃダメ……ダメなんだからぁ!!」
「えっと、ミレディさん?なんで急に頭を抱えてるんですか?それになんか小声でブツブツ、すごい怖いんですけど……」
「ハッ!」
急に奇行を始めたミレディから距離を取るユーフェに、開きかけた扉から一旦目を背けて慌てて取り繕う言葉を探した。
「な、なななんでも無いですよ〜!?そんなことよりユーフェさん!私、そこの邪魔くさいバカ野郎に用事があるので、ちょーっとだけ失礼してもいいですか?!」
先程までの『仕事のできる女』風の雰囲気は完膚なきまでに消え去り素の口調が出たミレディに、ユーフェは目を白黒させて、無言で首を縦に振った。
そして立ち尽くすユーフェを尻目に、ミレディはずかずかと、すぐ近くで女性2人が姦しくしているにもか関わらず一向に起きる気配のない男の方へと歩み寄ると、丁度仰向けで寝ている男の腹部のあたりに立ち、おもむろにハイヒールを履いたその足を上げるとーー
「何こんな所で寝腐ってんだこの✕✕✕がぁ!!」
「ぐっふぅえ"ぁああぁあ"!!??」
男の無防備な腹の中心を寸分違わずそのヒールで踏み抜いた。
気持ちよさそうに爆睡していた男は、腹部を襲った突然の予期せぬ激痛に堪らず悲鳴を上げながらソファーから転げ落ちた。
ミレディは腹を押さえて床に這い蹲る男の背中に足を乗せ、踏みにじるようにして床へと縫い付けた。
「ゴホッ!ガハッ!ちょ、タンマ……待ってミレディさん、これ、ちょ、シャレになってない」
「うるせぇよこのクソブレン!てめぇ何昼間っから呑気に寝腐ってやがんだ!しかも、客の、目の前でぇ!!」
ミレディが一言言う度に、男の背中に乗せたハイヒールが、ギリィッ、と音を立てて踏み躙られる。
その光景を見つめるユーフェは、あっ男の人の名前ブレンって言うんだ、と現実逃避気味なことを考えていた。
「イッタぁッ!痛い、まじ痛いってミレディさん!これ空いてるって!絶対背中に穴空いてるってぇ!!」
「おー良かったじゃねえか、痛くて目も醒めただろ?醒めたよなぁ?醒めたって言えやクソがぁ!!」
「ぎゃぁぁぁあ!!!」
「あわわわわ」
冒険者ギルドの一室で繰り広げられる凄絶な折檻に、ミレディさんには絶対に逆らわないようにしよう、と心に固く誓ったユーフェであった。
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