2話


「では、冒険者カードの紛失に伴うリスクの説明を行っていくのですが……その前に、2点程確認させていただきたい事項があるのですが、お答え頂いてもよろしいですか?」

「えっと、何でしょう?」


確認、という妙に畏まった言葉に緊張するユーフェであったが、その様子を見てミレディは、確認と言っても、と微笑みながら語る。


「今から説明していく上での基本的な知識があるのと無いのとでは、説明の理解度も大きく変わってきますので、ユーフェさんの知識量をこちらが把握するための質問です。

なので、質問の回答によってユーフェさんに不利益が生じることはありませんから、畏まらずに、気楽に答えてくれて構いませんよ」

「あ、なるほど。分かりました、なんでも聞いてください!」


変な答え方しちゃったらどうしよう、と不安になっていたユーフェであったが、ミレディの説明を聞いて肩の力を抜く。

落ち着いたのを確認したミレディは、ではまず、と切り出した。


「ユーフェさんは、当ギルドの冒険者のランク分けについて、どの程度把握していますか?」

「冒険者ランク……ああ、五色級位の事なら分かります!白、黒、翠、黄、赤の5等級で、駆け出しが白で、そこから黒、翠、黄、赤の順にランクが上がっていくんですよね!」

「はい、その通りです。他にも、当ギルド職員専用の特級で銀のランクも用意されてます」

「へー、銀色もあるんですね。初めて聞きました」

「まあ冒険者の方々以外でこのことを知っている方はあまりいないですからね」


「次の質問に移りますね?」

「はい!」

「先ほどの質問でもありましたが、当ギルドの冒険者カードにはランクに応じて5段階の等級があり、その等級はそれぞれの冒険者カードの色に反映されていることもご存知ですよね?」

「もちろんです!なにせ冒険者の実力はカードで見ろっていうくらい常識ですからね!」

「では、そのカードの色はどのような形で変化するのか、分かりますか?」

「ギルドが頑張った冒険者さんのカードをなんかして更新したりするんじゃ?」


そこまで言って、ユーフェは何故か面白そうにニッコリと笑うミレディに、直感で、ああ違うのか、と理解した。


「残念ですが、違います。そもそも当ギルド協会では、依頼者様から寄せられた依頼の斡旋や完了報告の確認などの業務はありますが、昇級審査や冒険者毎の依頼達成率の把握は一切行っておりません」

「えっ、そうだったんですか?」


思ってもみなかった答えに驚きを隠せないユーフェ。


「はい。では、以上で質問を終わります。そして、冒険者カード紛失に伴うリスクの説明の前に、まずは冒険者ランクの昇級方法と、依頼の受注方法について説明させて頂きますね。まずは、お手元のギルドカードをご覧ください」


促されて、ユーフェは手元にある白い無地の冒険者カードを見た。

そこにあるのは、一見何の変哲もない何も書かれていない真っ白なカードがあるだけで、裏返してみても表と変わらずただの白面だけしかない。


「そちらのカードに、ユーフェさんのギフトを軽くでよろしいのでかけてみてください」

「分かりました!では……『恵みよズィーグェン』」


ユーフェが小声で単語を発すると、カードを持つ手が淡く輝き、それに反応してカードの表面に文字列が浮かび上がった。


name:ユーフェ・ストロディ

age:16

rank:白

gift:ハイルの恵み…六位

contribution:0/50


「うわぁすごい!こんなふうになってるんですね!」

「そのカードは、ユーフェさんのギフト固有の魔力に反応して記載した内容を映す仕組みになっています。ですので、ユーフェさん以外の方が閲覧するためには、必ずユーフェさんの許可が無ければ見ることはできません」

「なるほどー。ちなみに、この一番下の欄の、0/50っていうのはなんですか?」

「その欄は、ユーフェさんの冒険者ランクがあと何回依頼を達成すれば上がるかを示しています。それにつきましては後ほど詳しい説明をさせていただけますので、次にカードの下の方をご覧ください。

そこに、当ギルド協会のエンブレムが浮き出ているはずなのですが」


言われて視線を下に動かすと、カードの右下辺りに、ギルド協会のエンブレムである『天秤に巻き付く蛇の紋章』が描かれていた。


「ありますね。バッチリ浮かんじゃってます」

「良かった。そのエンブレムが、カードの昇級に欠かせないものであり、依頼を受けるために不可欠なものなのです」

「え、これが?」

「そうなんです。

当ギルド協会での依頼の受注までの流れは、

『掲示板で依頼を見つける→依頼書を窓口に提出する→窓口より発行された受注書の承認紋をカードのエンブレムに登録する→受注完了』

という流れになります。」

「えっと、質問いいですか?」

「いいですよ」

「承認紋をエンブレムに登録って、何をするんですか?」

「それは、実際にやっていただいた方がわかりやすいかも知れませんね。少々お待ちください」


そう言うとミレディは、カウンターの下から『依頼受注証明書』と書かれた用紙を取り出した。

用紙の依頼内容の欄には『アルツナイ草の採取』と書かれており、その下に依頼者の名前、目標採取数、報酬と続き、最後に期限と白線で描かれたギルドのエンブレムが記載されていた。


「この依頼は、当ギルドが新人冒険者の皆様に必ず最初に行っていただいてるものになります」

「へー。じゃあ、私もこの依頼を受けることになるんですね」

「はい。新人冒険者の皆様は、この依頼を達成するまでは他の依頼を受注することが出来ず、期日までに依頼の達成が困難であると判断された場合には、当ギルド協会の規定により、冒険者カードの没収と協会からの除名を行わせていただいております」


除名の一言に背筋が寒くなるユーフェであったが、依頼内容を見てなんとなくだが納得する。

この依頼にある『アルツナイ草』とは、緑豊かな草原や森林地帯のかなり浅い場所で、地域を問わず採取することが出来る低級薬草の一種だ。

この町でいえば、東西北の門から出て少し周りを探索すれば直ぐに見つけることが出来るだろうと思えるほど、この世界ではポピュラーなものである。


「もちろん、この依頼に関する情報提供を当ギルドは惜しむことはありませんし、この程度の依頼であればその気になれば冒険者でなくてもこなすことは出来るでしょう。

ですが逆に言えば、この程度の依頼も出来ないものが冒険者になってもすぐに死ぬだけですから、それならば早い段階でそれを予防するのも当ギルド協会の役割である、という理念に基づいての規定であることをご了承ください」

「……分かりました」

「ありがとうございます。

ではユーフェさん、こちらの依頼の内容に目を通していただいた後に、冒険者カードのエンブレムを受注書のエンブレムへとかざして下さい」


そう言って渡された依頼書の内容を、ユーフェはまじまじと見て確認していく。


依頼内容:アルツナイ草の採取

依頼者:ミレディ・ツェル

目標採取数:10束

報酬:銀貨1枚(1束追加毎に銅貨10枚加算)

期日:受注より3日以内


書かれた内容を全て確認し終えたユーフェは、受注書の右下に記された紋章へ、冒険者カードの紋章をかざす。

すると、受注書の紋章が薄く発光した次の瞬間、紙の中に溶けるようにして消えてしまった。

驚いたユーフェは、受注書の紋章があった辺りを触ったり、見つめたり、紙をひっくり返して裏側を覗いたりしてみたが、さっきまで確かに書かれていた紋章は、跡形もなく消えてしまっていた。


「あの、ミレディさん。紋章が消えちゃいましたけど、これって……」


戸惑うユーフェに、大丈夫ですよ、とミレディは言った。


「受注書の紋章と冒険者カードには、当ギルドが製造した特殊な術式が組み込まれております。

その術式は、受注書の紋章へ刻まれた依頼情報を、カード側の紋章を介してカードへ登録すると言った内容で、受注書側の紋章は一度使うと消える仕組みになっています」

「えーっと、つまり……さっきの紋章が、カードとくっついたってこと?」

「簡単に言うと、そういう事ですね。そして、カードの記載内容をご覧ください」


言われてカードに目をやると、書かれた内容が少しだけ変わっていた。


name:ユーフェ・ストロディ

age:16

rank:白

gift:ハイルの恵み……六位

contribution:0/50(依頼進行中)


「最後の欄に、依頼進行中って書いてあります」

「それは、現在依頼を受注している状態であることを指しております。そして、冒険者個人の依頼の受注状況は全てそのカードによって管理されています」

「じゃあ、依頼が完了したら勝手にここも書き変わるんですか?」

「いいえ。依頼達成の報告は、当ギルドの完了報告窓口にて、冒険者カードに専用の処置を行うことで達成となり、そこで初めてカードの記載内容も変更されます」

「ほえ〜、なんかむずかしい」

「依頼達成までの流れとしましては、

『依頼目標と冒険者カードを持って窓口へ提出→窓口担当者がカードへ完了処置を行う→記載内容の確認と報酬の受領→依頼達成』

となります。

ご希望があれば、依頼全体の流れを書いた書類を発行できますが、致しますか?」

「おお、お願いします!私の頭じゃ覚えきれないですから」

「承りました。では次に、冒険者ランクの昇級についての説明をさせて頂きたいのですが……」


そこまで言って、ミレディは少し考えるように唇の下に指を添えた。


「えと、どうしたんですか?」

「ああ、いえ。少し一気に話しすぎたかなと思いまして。この後も少し続くのですが、どうせなら腰を落ち着けて話しませんか?

応接室が空いてると思いますので、少しそちらで話しましょう」

「ホントですか!そうしてもらえるなら嬉しいです!」


笑顔で喜ぶユーフェに、微笑ましく思ってしまうミレディは、ついっと視線をユーフェの後ろへ向ける。

そこには何人かの行列が出来ており、このまま話していればもっと列が長くなってしまうだろうことは容易に想像できた。

ミレディはユーフェに、案内しますので少々お待ちください、と断りを入れ、同僚へ窓口業務の交代を頼みに行くことにした。


「(窓口業務って、何気に疲れるのよね。応接室ならお茶なんかもあるし、お仕事しながらゆっくり出来るならそっちの方がお得よね)」


同僚への引き継ぎをさらっと済ませ、ユーフェを応接室へ案内しながら彼女が思うことは、そんな打算に溢れた俗っぽい内容であった。

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