1話

 


「あのー、冒険者登録の窓口ってここであってますか?」



港町ルクシャ。


南方を大海ハルーメに向け、東西北を見渡す限りの草原地帯であるカルナ平原に囲まれた人口八千人ほどのこの町の中心部。

大きな円形に作られた広場に面した『冒険者ギルド』と書かれた看板が掲げられた大きな三階建てのレンガ造りの建物の一階、役所の窓口のように横一列に並べられたカウンターの片隅、『各種受付』と表札がたてられた窓口を、一人の少女が訪ねた。


少女は、肩口まである栗色の髪を先端だけカールさせたミディアムヘアで、ぽわぽわとした雰囲気を醸す髪と同色のたれ目をした、リスや小鳥などの小動物を連想させるような少女であった。


背丈も目測で百五十半ばといったところだろうか。

これで、その身を包むいかにも新品といった革製の胸当てと籠手からなる最初級防具一式と腰に佩いた短剣がなければ、そこらの村娘と間違えられてしまっても仕方ないような、そんな少女であった。


「はい、大丈夫ですよ。ご用向きは、新規冒険者登録でよろしいですか?」

「あ、はい!そうです、私、冒険者になりに来たんでひゅッ!?」


緊張のあまり焦って舌をかんだ少女を見て、窓口を担当していた黒髪の女性は、クスリとほほえましそうに笑う。


「う~……すいません。私ってどうもあがりっぽい性格で……」

「ふふっ、いえ、気にしないでください。新人さんにはよくあることなので、何度か繰り返すうちに慣れていきますから」


みんな通る道です、と言って、女性はそっとハンカチを差し出す。

それを恥ずかしそうに受け取る少女に、女性は受付の下から『登録用紙』と書かれた紙を取り出してカウンターに置いた。


「それでは気を取り直してまず、自己紹介のほうから。今回、受付を担当させていただきます、ミレディ・ツェルです。よろしくお願いします」

「わ、私は、ドリトス村から来ました、ユーフェ・ストロディと申します!よろしくお願いしまぅあぅ?!」


自己紹介と同時に思い切り頭を下げて、カウンターに良い音を立てて頭突きをかました少女、ユーフェに、ちょうど後ろを歩いていた冒険者がギョッとしてそちらを振り向いた。

これにはさすがの女性、ミレディも慌てた様子でカウンターの向こう側から身を乗り出す。


「だ、大丈夫ですか?結構いい感じの音がしましたけど……」

「へ…平気、です。続きを。話、続けて……」


真っ赤になった額をさすって涙交じりの声で先を促すユーフェに、若干引いたように頬を引き攣らせるミレディ。

ギルドに数あるカウンターの片隅で、その場所だけ何とも言えない空気が漂った。


「そ、そうですか。では続けますね。ストロディさんの授かったギフトを教えてください」

「は、はいぃ。『ハイルの恵み』を授かってます」

「『ハイル』系列『恵み』系統のギフトですね。把握しました」


『ギフト』。

それは、この世界に産まれた生命が、産まれながらにして持つ特殊な力の総称である。

あるものは、炎を生み出すことができるものであったり。

またあるものは、金属を粘土のように扱うことができたりと、その能力は多岐にわたる。


そして、このギフトにはそれぞれ定められた名称があり、保持者と呼ばれるものはその名称を誰に教えられるまでもなく知っていて、その名称には、総じて共通点がある。


例えば、火を使う種類の能力。

これは、ギフトの名称に必ず『フランメ』と付けられ、さらに『火を体に纏うようにして使用する』や『火の玉を飛ばすように使用する』といった用途によって、前者であれば『眷属』、後者であれば『射手』といったギフトの形態を表す名称が付随する。


それらを大別して呼称する際、こうした窓口などでは『(能力の種類)』系列『(能力の使用方法)』系統と分けて呼ばれる。

 まぁ、一般的には『(能力の種類)の(能力の使用方法)』と繋げて呼ばれることの方が常識なのだが。


「次に、出身は……先ほど聞かせてもらいましたね。ドリトス村でしたか?」

「はい、そうです」

「了解しました。次は戦闘経験の有無やギフトの到達位階を教えていただきたいのですが」

「えーっと、荒事の経験はこれっぽっちも無いですね。ギフトもペーペーの第六位階です」


ギフトには、その練度に応じて下から第六~第一までの位階が存在する。

前述の例で、『フランメの眷属』を取り上げて説明しよう。


例えば、第六位階『フランメの眷属』であれば指先に小さな火種を灯すことしかできないが、第五位階であれば手首足首より先に炎を纏わせることができる。

このように、位階が一つ上がるごとに同じギフトでもその実態は全くの別種へ変わってしまうのだ。


ただしこの位階を上げるには、ただギフトを使うだけではいけない。

ギフトの位階を上げるには、ギフトごとに定められた『上昇条件』を果たす必要があり、それは個人ごとに条件が全く異なるものなのだ。

そしてギフトの位階が上がるごとに、『上昇条件』の難易度も格段に跳ね上がる。


故に、冒険者の間では『第五位階になって初めてギフトは使い物になる』という明確な基準があり、また『ギフトがこの位階以上でないと受けさせられない』といった旨の依頼もギルドには存在している。


「では最後になりますが、ストロディさん。こちらのカードをお持ちください」


そういって差し出された掌大の無色透明のガラス板は、ユーフェの手に渡ったとたんにジワリと中心から滲むように色を変えていき、仕舞いには濁りのない白色のカードとなった。


「おー、なんか色が変わったー」

「こちらは、ストロディさんがギルド公認の冒険者であることを証明するための、いわゆる身分証明用のアイテムになります。もし誤って紛失した場合、冒険者としてとても大変なことになりますので、十分にお気を付けくださいね?」


丁寧な説明に付け加えられた不穏な言葉に、ユーさはおずおずといった風に問いを返す。

すぺーす

「あの、もしこれをなくした場合って、どんなことになるのでしょうか?」

「そうですね。単刀直入に言いますと、当ギルド協会が仲介する総ての依頼が受けることができなくなります」

「えっ!な、何でですか!?」


あまりに予想外な回答に、思わず前のめりになって聞き返してしまう。

しかしミレディはそんなユーフェをやんわり押し返し、口元に立てた人差し指をあててみせる。

それを見てふと周りを見ると、ほかのカウンターで話していた冒険者や受付担当者、それに後ろを通りがかっただけの者まで、突如響いた大声の主であるユーフェの方へと注目していた。

恥ずかしくなったユーフェは、すみません、と頭を下げると、咳払いを一つしてミレディの方へと向き直った。赤い頬はそのままで。


「もう大丈夫ですか?」

「あ、はい、大丈夫です。ごめんなさい」

「いえいえ。では改めて、冒険者カードの紛失に伴うリスクについて説明させて頂いてもよろしいですか?」

「はい!お願いします!」


ユーフェは背筋を正し、真剣な表情で向き合う。

目の前の初々しい少女に、暫しミレディは仕事中だということを忘れて、クスクスと笑みをこぼすのだった。

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