気になる異世界

 新鮮な草花の匂い、そよ風が奏でる葉音と鳥達の鳴き声で樹は目を覚ました――



(……ここは……俺は確かビルから飛び降りて……そうか転生したんだ! やった! なんかさっきまで変な夢を見てた気がするけど……まあいいや、この場所は自然がいっぱいで田舎って感じだけど、どんな世界だろうなぁ。そんで、どんな美少女が現れるのやら……気になる~)


(――木だよ)


 樹の中に自分ではない誰かの声が響く。


(ん? なんか聞こえた? まあいいや。そういば、自分の名前はどうなってんだろ……たつきのままで良いのかな? 名前も知らなくちゃなぁ。自分の名前も知らない……)


(――木だよ)


(ん? 誰だ! 俺の脳内に直接話しかけてくる奴は! やっぱり異世界ではこんなことが普通に起きるんだな)


(――お前は木になったんだよ)


(木~!?)


 その瞬間、樹は自分が木になったのだと自覚した。


(木の葉……げ~! しかもちょっと枯れかかってんじゃん! 違うだろ~! こんな転生違うだろ~! なんでこんなことになるのかな~……そういえば昔、大好きだった死んだばーちゃんが言ってたな……人は自殺するとあの世で木になるって……)


(――ここがその「あの世」ってやつさ。自殺した人間は異世界で木になるんだ……見たこともないような木に転生するのさ)


(また俺の脳内に……って木に脳なんて無いか……)


(――たつき、俺だよ。木村だ……今はお前の隣に生えているただの木だけどな。俺達に名前なんてないのさ……)


(木村!? お前なんで!? 強盗に殺されて……)


(――自殺だよ……他殺に見せかけたな……お前がそんなに驚いてるってことは、どうやら俺の偽装工作も上手くいったようだな)


(なんでそんなこと!?)


(――会社に迷惑を掛けないようにしたんだ……あの時点で俺の残業時間は月200時間近くいっていた……自殺だと分かれば、長時間労働をさせているうちの会社が問題となるのは確実だ……)


(社畜の鏡! 偽装って一体どうやったんだよ?)


(――まあ、そんなことは名探偵にでも任せておけばいいさ)


(うん、今さらそんなことはどうでも良いか……でも雑草育ちって言ってた木村が自殺して木になってたなんてな……てか、木って目とか耳とか無いはずなのに、外が見渡せたり、鳥の鳴き声が聞こえたりとか色々分かるんだな)


(――異世界だからな……木になって動くことが出来ない以外は何でもありってことらしい)


(そうなのか……自殺した奴はみんなこの異世界で木になるのか?)


(――いや、そういうわけでも無いらしい。運良く異世界の狭間というラッキーゾーンに入ることがあれば、そこで何でも自分の好きなように色々と設定して転生することができるらしい)


(へえ! ラッキーゾーンか~……良いな~、俺も入りたかったな~)


 異世界の狭間での記憶は転生した時に消去されるようになっている為、たつきは自分がラッキーゾーンに入ったことを覚えていなかった。


(それにしても木村さぁ……ここ、人いないの? 前の通りを挟んで畑があってカカシもあるから、生活してる人がいるんだろうけど誰も通らないし……って……!?)


 樹の中に、この世界で生活する人々の不平不満が次々に聞こえてきた。


『おいら、こないなんにもねぇ村から早く出て行きてぇじゃけぇだよ……』


『わしぁも、こげな村からさ、は~、出て行かんとせんでごんす……』


『岡京さ行って、森買う為のビット銭っこば、全部盗まれてもすなんざは~……』


(なんか変な方言で不満とかすっごい聞こえてくる……)


(――さっそく、お前にも聞こえてきたか……これが木になった俺たちの宿命さ……。俺達にはこの世界の人達が口にする不平不満が全て聞こえてしまうのさ)


(木村、お前にも聞こえてたのか!)


(――ああ、カルマと言った方が良いかな……。自殺した人間が背負うべき業のひとつさ……。こんなものはすぐに慣れるが、他にもカルマは沢山あるぞ)


(え、カルマってそんなにあんの?)


(――35億……)


(35億!? カルマ多すぎ! って、ん?……なんか重低音が響いてるな……)


 通りを大型のバイクが走ってきて、樹の前に近づいてきた。


(この特徴的な三拍子……あれは、ハーレ……むぅ!)


 大型バイクを運転する男の前後には、学校の制服の様な服を着た女の子が密着して乗っていた。


(東南アジアか! そしてワイルドだぜ! ノーヘルでハーレーに乗って、袖が引きちぎられたみたいなジージャン着たポマードペッタリな髪のおっさんが、黒髪清楚な美少女に挟まれてるなんて……! 羨ましい……)


(――その羨ましいって思わせる光景を見せるのもカルマのひとつなのさ……。そうだたつき、お前にまだ挨拶の仕方を教えてなかったな)


(挨拶?)


(――たつき、トゥリーーーっす!)


(どうした木村……)


(――これが俺達、木々の挨拶さ)


(トゥリーすって……なんかチャラいなぁ……電飾で飾られたモミの木みたいにチャラいぞ)


【――おい、そいつは俺にモマれてーのか?】


(――モミさん!? あれ!? 起きてたんすか!? トゥリーーーっす!)


【――トゥリッす~。さっきなんかバイク通った? うるさくて起きちまったよ……で、俺がチャラいだぁ?】


(――いや、モミさん、あの……こいつ、今日来たばっかで何も分からなくて……)


【――木村、おめーがちゃんと教育しとけよ。じゃねえとおめーも一緒にモミくちゃにしてやんぞ!】


(――すんません! もうモミは勘弁して下さい……ちゃんと教育しときますんで!)


【――おう。じゃあ俺はまた寝るからよ……】


 木村から"モミさん"と呼ばれたモミの木はまた眠りについた。このモミの木は本来、11月半ば過ぎに起き出して1か月ほど活動するだけだが、まれに目が覚めることがある。


(――ふ~、なんとかモマれなくて済んだな、たつき……)


(モムとかモマれるとかってなんだよ……。てか、あのモミのやつも自殺者なのか?)


(――さんを付けろよ! モミさんは俺達と違って不思議な木なんだよ……この世界のことについてはモミさんから色々と教わったんだ)


(そうか……モミさんについてはなんとも気になるけど、あそこの畑で誰かコソコソしてるのも気になるな……)


 樹の前の通りを挟んだ向かいには広大な畑があり、様々な野菜が育っている。そこへ一人の少年が入っていった。


(――命知らずの馬鹿が……)


(どういうことだ木村?)


(――見てれば分かる。あいつは畑泥棒で、あそこでトマトを盗もうとしているが……)


(なんだ!? カカシからあいつに向かって何か発射されたぞ! 藁か!? 刺さった! 慌てて逃げてったけど……藁が数本刺さったくらいで命には別状は無さそうだな……)


(――あいつはもう長くはないだろう……)


(え? 毒でも塗ってあるのか?)


(――そう、あれは……カカシステマティックポイズンストローナチュリショナルドレインファイヤーフライグレイブロケットスパイダーエヴァードリームワークトキオストレンジツリー……)


(木村、まだ続く? 始めの方で大体どんなのか分かったから正式名称はいいや……)


(――なら良かった。俺も次の話に移りたかった……。あれは一見たいしたことは無いだろうと思う……だけどそうじゃない……あの藁が刺さったら最後、数日後に衰弱して死んでしまうのさ……)


(なんかまだ14、5歳の少年って感じだったけど……。気の毒というか……)


(――自業自得ってやつさ。悲しいけどここは異世界で、あいつは畑泥棒だ……)


(うっ……なんか、オカッパ頭の幼女のイメージがあいつから流れ込んで来くる……なんだ……悲しい気分になってきたぞ……これもカルマか……)


 不意にまた、樹の中に木村ではない別の木の声が聞こえてきた。


(――たつき……たつきいるの?)


(え!? 母さん!? 母さんの声が聞こえるけどなんで!? どこにいるの!?)


(――わからないけど、今は木になって畑を見ているだけ……)


(なんで母さんがこの世界に!? 交通事故だったんじゃないの!?)


(――自殺よ……。事故に見せかけた……)


(そんな……なんで……父さんもここにいるの!?)


(――いるわけないわよ……。あんなやつ……きっと、もっと酷い地獄へ落ちてるわ……)


(へ?)


(――あんな金髪豚ビッチのどこが……)


(え!? もしかして、ヴィッーと……?)


(――そうよ! 許せなかった……。殺すつもりまでは無かったんだけど……。だからたつき、あなたに少しでも迷惑を掛けないように……私は殺したあの人を乗せた車で、事故に見せかけて自殺したのよ……。でも結局あなたもここに来たのね……どうせ一人で生きて行けるわけないとは思ってたけど……)


(母さん……)


 樹の中に、元の世界で生きて行けずに自殺をしてしまったという自分の両親に対する罪の意識が薄れていった。


(――たつきや……たつきなのかい!?)


 また別の木の声が樹の中に響く。


(もしかして……ばーちゃん!?)


(――やっぱりたつきかい! ばーちゃんだよ!)


(って、ばーちゃんも自殺かよ!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

TATSUKI★スーサイド! 千求 麻也 @chigumaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ