第47話 読んでくれている君たちへ
結論を言うと、僕はその手を取らなかった。
彼女とは一緒に居たい。
でも僕はこれから違う世界に行って、僕以外の人を救うために働けるほど、利他的にはなれなかった。
だから、僕は彼女に少しだけ待ってもらって、僕のした経験を一つのお話にしてみることにした。
別の世界のみんなに読んでもらって、少しでも考えてもらえるように、ね。
でもそれは案外、時間がかかってしまって。
僕は予想よりもずっと長い時間を、彼女と一緒に過ごした。
彼女は僕をせかしたりはするけれど、僕と一緒にいること自体は好きでいてくれるようで。
それで男と女が一緒にいるっていうことは、まあそう言うことも起こりうるわけで。
僕の手には今、かわいらしい娘が眠っている。
彼女の中には、一体どんな魂が宿っているのだろうか。
少なくとも、僕と彼女以外のものであってほしい。
そして僕は今日、これを書き終える。
昨日のうちに完成しそうだという話は彼女にしておいたから、もう出発の準備万端で彼女はこの原稿を待っている。
子供が出来てから、何度も僕は彼女と話し合った。
この世界に残って、一緒にこの子を育てていかないか、と。
でも、彼女の答えはいつだってノーだった。
私の魂たちは、今もあの世界で苦しんでいる。
そして同じように苦しむ魂もいる。
私はそれを救わないといけない、救う義務がある。
それは可能性を一つに絞り、その支配から抜け出すことが出来た僕には止められないし、その権利がない。
反対に、彼女も僕に対して一緒に行かないかと何度も誘ってきた。
でも僕は、利他的にはなれないし、異世界でのひどい生をあの神の間でたくさん体験してしまっていた。勇気が出ないと言ってしまったらそれまでかもしれないけど、それは転生者である彼女とオリジナルである僕の違いなのかもしれないと、考えたりもする。
それに、そんな大きなものに立ち向かって、大事な娘の命を脅かされるのも怖くて、そしてそれは、彼女自身も強く感じている危険だったから、最近は彼女も戯れに口に出すだけになっていた。
娘をただ一人、この世界に残していくわけにはいかないしね。
だから、彼女だけが行くのだ。
そして彼女は立ち向かうのだ。
大きな悪と。
この異世界転生という、非情なシステムと。
僕の人生は交通事故に遭ったって何も変わらなかった。
最初から僕はオリジナルでしかなくて、取り巻く環境はカオスで変わっていない。
そして僕は、異世界転移も転生も、しない。
自分でそう選んだ。
出来なかった僕ではなく、選んだのだ。
選んだ僕ができることは、これを読んでいるみんなに注意喚起をすることくらいだ。
ねえ、みんな。
君がいる世界は、本当に他人ばかりだなんて、確証がもてるかい?
君は誰かに運命を操られてはいないかい?
僕は運命にとらえられてしまったけど、最後にこんな幸福を味わうことが出来た。
だからみんなも、最後までもがいて欲しい。
そして見極めてほしい。
最後まで読んでくれてありがとう。
この僕の人生が君の人生の少しでも足しになることを願うよ。
カナメ
異世界転生した俺と、しなかった僕 完
異世界転生した俺と、しなかった僕 篠騎シオン @sion
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