第26話『出会い、訓練所にて』
「身体に傷は多く見られますが……特に能力値、及び、侵食性彩暴走……や彩状劣化といった『彩』が身体に悪影響を及ぼしていると言うのも見られませんね。ですが……」
「…何か?」
「いえ、少し調べてみます。少し気になることがあるので、カフェテラスや模擬戦闘場などで一時間ほどお過ごしください。」
私を担当した女性医師は、考え込むようにして私の『身体』に問題がないことを告げ、私の診療録と思われる書類を見ながら少し困惑したかのように眉を下げた後、表情を切り替えた。
長く、そして酷くつまらない検査を終えた私は新築と見紛うほどに綺麗で、無機質な白色の診察室を後にし、これまた静穏とは程遠い能力者たちで賑わうカフェテリアへと戻ってきた。
ここは『異能力総合研究訓練所』。
この王都における最大の『彩』に関しての医療機関であり、訓練所としても扱われる大きな施設だ。元々なにかの学校だったものを改築し作られたもので、その大きさは『白の戦争』以前にあった東京ドームという建物が2個分だと言う。
私は見たことなど一度もないが恐らくこの広さだ。トウキョウドームとやらも様々な用途に使われていただろう。じゃなきゃこんな大きさ邪魔で仕方が無いと思うが。
私は気が滅入るほどのこの広さ、落ち着かなさに思わず猫背になっていた。
「おっ戻ってきたな?新入り!」
意気揚々と私に声をかけて、背中をバンと叩いたこの気さくな男性とはつい先程知り合った。『異彩』が増えたと言うのが珍しいのか、周りも少しながらの歓迎と鬼との戦闘の賞賛、そして一部からの嫌悪が見られた。
その中で真っ先に私に話しかけてきたこの男の名はライツ・クリンガス。流暢な日本語を話すが金髪に青眼、まあまあガタイもいい白人男性だ。能力は壁抜け。普段は仮面を作って生計を立ててるそうだ。
大変失礼だと思うが売れるんだろうかその仕事。とは思ったが口には出してない。
「やっと終わりましたよ……でもまた一時間後に来い、って。」
「そうか!まあ久々の『異彩初心者』の来訪でセンセイ達も忙しいんだろうよ。それに彩が急成長したんだろう?尚更だ。」
陽気に仕草を変えながら彼は笑いながら、日本人とはどこか違う風に大きく笑った。
あまり元気な人は得意じゃないが、この人くらいの陽気さなら心地がいい。
澄香さんはここに来る前、私に一つ提案をした。それは『無能力だったこと』を隠すというものだった。そんな人間がこの施設に行けば、医師たちは慌てふためき、他の『異彩』達も驚くことになる。
彩の成長は珍しいものの、少なくはない。それでも無能力が彩を発言する、なんて事態は彩の原理において、この世界において、異端そのものだ。そして検査どころではなくこの施設の大多数が私に問うだろう。
なぜ、彩を発現したのか、と。
国からの了承を得て脱獄した死んだはずの殺人鬼に殺された、なんて口が裂けても、腹を裂かれようとも、首をはねられようとも、腹を拳銃で撃たれようとも言える事じゃない。
「そういや、ロクジョーの連れ二人はどこいったんだ?すぐにどこか行っちまった見たいだが。」
ライツさんは先程から見えない弔木と澄香を気にして、キョロキョロと辺りを見回しながら私に尋ねた。
「さあ……1人はよくフラフラしてる奴ですし、もう一人は……まあカフェテリアで大食い騒ぎとかがあればそれでしょう。」
「カフェテリアで大食いの島田さんと女が勝負だぞーーーーーー!!」
私の冗談に答えるように、カフェテリアの男性はトレーニングルームにその声を響かせる。まさか冗談だったのに。そんな。このトレーニングルームからはそれを見るために続々とカフェテリアに人が流れ込む。それを眺めながらライツさんはまた大きく笑った。
「居たな!!」
「私達もいきまぶっ――」
「なんて可愛い子!!」
困惑しながら突然の奇襲に体制を立て直そうと腹のあたりを見ると年齢は19歳くらいだろうか。そこそこ高い身長に大きな胸。なんとも美しい赤髪長髪のお姉様が私に抱きついていた。
これまた強烈な属性を持った人が来たもんだ。というか凄くいい匂い。そろそろこのいい匂いに溺れて死ぬ。そしてお腹も苦しい助けて。
「苦し……」
「あっごめんね!なんか遠目から見ても可愛い子がいたから飛んできちゃった!」
「……いつまで抱きついてんだ。」
私が小さく本音を漏らすと、眉を下げ、申し訳なさそうに一層抱きしめる力を強くした彼女に、少し身長の低い眼鏡の男の子?は思いっきりチョップをかました。
お姉さんは小さくゴフ、と咳交じりに痛みを声に表した。
「悪かったな。うちのバカが。」
「ロクジョーの知り合いか?」
「いやまったく!全然知らない可愛い子に飛び込みました!ごめんなさい!」
元気よく謝罪をするお姉さんに私は思わず苦笑する。ライツさんに手を差し伸べ……引っ張りあげてもらい、起き上がった私はもう1度、彼らに目をやった。やはり、彼は声の割に少し身長が低かった。
「はいはい!自己紹介!私の名前は
「余計なことを話すな。俺は嘉佐。
嘉佐さんはもう1度神崎さんにチョップをかますと短く私に自己紹介をし、眼鏡を掛け直した。大きく振りかぶった手刀とその重たい音に私は少し顔が引き攣った。
なんとか口を動かして、私は挨拶を始める。第一印象は大事。
「六条雪華です。まだちょっと能力のことがわからなくて今日はここに来ました。」
「ライツ・クリンガス。仮面を作って生きてる。それ以外取り柄がないだけだ!あとみんなの分ジュース買ってきてやるぞ!」
ライツさんはすぐさま自動販売機のコーナーへと走っていった。
私がそう言うと、神崎さんは首を傾げ、私の顔をまじまじと見ながら私に尋ねた。
美女にそんなに見られると恥ずかしい。
「雪華ちゃんは15……ううん16くらいに見えるけどまだ能力のことがわからないって……?」
「なん、と言えばいいんでしょうね。突然変異と言いますか。急に『異彩』になってしまったようで。」
勿論これはフェイクストーリー。澄香さんの意思を尊重しつつも今咄嗟に思いついた最大の言い訳だ。前述した通り、ありふれていて珍しいものでこそあるが急成長に絶対的な方法や原理など存在しないため、深く追求されることは無い。完璧だ。絶妙な会話の距離感を保てる。これで詮索はされない。
「ほえー。不思議なこともあるもんだね。でも検査の前にも鬼と戦ったようだね?その傷。その痣。そういうことでしょ?」
「ええまぁ、ちょっと巻き込まれたり死ん……色々ありまして。」
口をぽかんと開けて感嘆の声を漏らす彼女に苦笑を混ぜつつも冗談めかす。意外と嘘をつくのも楽じゃない。現に今『死んだ』って言いかけた。気を抜くと口から何もかもが飛び出てしまいそうだ。
神崎さんはまた私の目を見つめて、口元を緩ませたかと思うと静かに私に問いかけた。
「じゃー、君が『彼』のパートナーだってわけね。なるほど。」
「ははは、そうなんで、す……よ」
「ふふ♡」
『彼』と言った。彼女は、微笑みながら。『彼のパートナー』つまり、それは弔木灯哉という人物を知っているということだ。彼女は、どうだ。驚いたか、と顔を見ればわかるようなニコリとした笑みに表情を変えた。
「なぜ、『彼』を?」
「そんなに警戒しなくてもいいんだよぉ!彼とはただの古い友達。少なくとも、私は、だけどね〜」
神崎さんが嘉佐さんにちらりと目をやると嘉佐さんは小さく舌打ちをして、怪訝そうな顔でそっぽを向いた。
「なら私も深くは聞きません。きっと何か、理由があるんですよね。それで、あなた達は私をどうするつもりで……?」
「そうしてもらえると助かる!今日の用事は私じゃなくて嘉佐なんだ〜」
また先程の調子に戻った神崎さんはまたにへらと笑って嘉佐さんの背中をバシバシと叩いた。チョップのお返しと言わんばかりに強く、大きな音を立てて。
一層不機嫌そうになった嘉佐さんはため息を吐き、私の方を見て話し始める。
「急で悪いが六条さん。いや、六条雪華。」
それは先刻より冷たい声だった。重みのある、静かで、それでいて純粋に疑念と覚悟の入り交じった言葉だ。それは私の心にしっかり届いた。でも別に快く了承したという訳では無い。半分その覚悟の表れに気圧されたような形にもなってしまった。だからこそ、ここに立っているわけで。
果たして残り四十分で終わるだろうか。終わらなさそうだな。夜汐さんまだ大食いしてるのかな。弔木どこ行ったんだろう。走馬灯のように彼らのことが思い浮かぶほど、私にとってこの空間の居心地は最悪だった。
ルールは背後に浮遊する珠3つを先に破壊すること。治療可能なため、どんな物理攻撃でも許可。但し、完全な切断、殺害、精神的攻撃、毒などの持続型ダメージは不可。
担当医師20人を配備の元、行われる。
場所は無機質な壁に飾られている模擬戦闘訓練場、基バトルアリーナ。周りには大勢の観客。こういう空間は苦手。視線が刺さる。
私は純粋に、これ以上ないほどに気持ちを込めて
「彼奴がお前を選んだ理由、それを確かめさせてもらう。どれ程の力量か、何処まで可能性があるのか。……行くぞ。」
ため息を吐いた。それはこの空間の居心地が悪いからではない。まして置かれているこの状況に口に出すほどの文句がある訳では無い。ただ、これは言葉にもならない、誰でもない一個人への感情だ。
非力な自分に、精一杯の嫌悪を向けて。
無彩の雪華 2億円サイダー @ang_kuzumo
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