Missing Memories

@naoriino

 夏休みが明け、新学期が始まってすぐ彼は転校してきた。

 車椅子に補聴器、マスクという格好で登場した彼は原因不明の病気で体が不自由だそうだ。この村は田舎にあり空気も都会よりは全然綺麗だそうなので療養には適してるそうだ。

 しかし問題はここからだった。担任の教師からそのような説明があったあと、転校生は自己紹介のためにマスクを外した。

 私はその顔になぜか見覚えがあることに戸惑いを覚えた。

 なぜ私がそんなことで驚くのか、というと私は記憶喪失らしく幼少期の記憶がない。そんな経緯から人一倍記憶という行為に執着がある私にとって見覚えがある人物というのはほぼ存在しない。この村の人は全員認識しているし最後に村から出たのは私の記憶を取り戻したいと躍起になって、私が見つかったとされている場所に通い詰めていた随分と前のことだ。

 記憶のどこに彼の面影があるのか、と彼のことを見ていたら彼と目が合い少し怯えた様子で目をそらされてしまった。どうやら睨むような目になってしまったらしい。彼の席は空いている私の隣になったのだが第一印象が睨みつけてくる白髪の女、じゃあ仲良くなるのは難しいかもしれない。初対面の人への対応の仕方を自分なりに見直して日記に書かなくては。



 学校なんて行くのは久しぶりのことで心臓の音が外まで聞こえてるんじゃないかというくらい大きく鳴っている。大きな病院で検査とリハビリをしながら生活していた僕だが結局病気の原因も治療法も未だにわからないみたいで、田舎での療養生活を提案された。どうせなら景色も何も変わらない病院ではなく外で暮らして見たいと思った僕は二つ返事でこの村に来ることにした。親は仕事の都合で来年には来る予定だがしばらくは親戚の家にお世話になることになってる。

 担任になる先生はとても良さそうな人で緊張する僕にいくつか話しをしてくれた。

クラスの雰囲気や村のこと、そして僕の隣の席になる白髪の女の子は記憶喪失でそんな子もしっかりクラスに馴染めているからそんなに心配しなくても優しく接してくれるよ、と。教室に入り自己紹介を終えると自分の机が目に入りその横に白髪の女の子がいることにすぐに気づいた。ふとそちらを見ると鋭い目が自分の方を見据えていて、そんな強い視線に驚いてしまった僕はとっさに視線をそらしてしまった。

 僕はしっかり学校生活を送れるだろうか・・・



 転校生の彼は本当に今まで学校に通ったことがないのかというほど勉強がよくできた。最初は打ち解けるのに少し時間がかかったが書くスピードが遅く板書が追いつかない彼にノートを見せたり、そのお返しとして宿題を見せてもらったり、

彼が体調が悪く休みの日なんかはプリントを運んだりしているうちに仲良くなることができた。

 ある日の放課後たまたまリハビリを頑張る彼の姿を見た。その姿が昔、一所懸命に記憶を取り戻そうとしていた私の姿と重なり私の努力は結局報われることはなかったが、彼には歩けるようになってほしい。そう思うようになった。

 紅葉も深まってきたある日、私の願いが届いたなんてことはないと思うが彼の努力は実り、松葉杖で学校に来た彼を見たときは本当に驚いた。クラスのみんなが彼の成果を祝福したが私はその日の帰り道にぼーっとしていたのか側溝に落下して足の骨を折ってしまった。心配してくれるクラスメイトもいたが「二人とも松葉杖持って、仲良しだなあ」などとからかう人はいて、しかし私は彼の苦労の一部を体験する、というのも悪くないのではないかという気持ちでいた。



 病院のお医者さんに電話をしたら驚いていた。そして近いうちに様子を見せに来て欲しいと言われた。クラスメイトは僕のことを祝ってくれた。奇跡は起きたんだ。いつか松葉杖も使わずに歩けるようになりたい。しかし僕の松葉杖二日目、学校に行くとお隣さんも松葉杖を持っていた・・・話を聞くと転んで骨を折ってしまったようだ。全治二ー三週間と重くはなかったようで安心した。転校してすぐの頃こそ少し怖い印象のあったお隣さんだけど、話して見るといい人で宿題くらい自分でやってくればいいのにとは思いはするもののこっちもノートを見せてもらったり、

他にも自分の知らないとこで気を使ってもらってることは薄々感じていて感謝している。

 二人とも松葉杖の生活が数日続いたある日、事件は起きた。

放課後、僕は残ってノートを写させてもらいお隣さんは外で待っていた。ノートを写し終わり荷物をまとめてノートを返そうと扉の向こうのお隣さんのところに行こうとドアを開けた瞬間、同じく反対側でドアを開けようとしていた人がバランスを崩して

僕の方へ倒れて来るのが見えた。

 とっさに倒れて来る相手の体を支えたがいきなりのことで二人とも床に倒れ、

臀部を強く打ったもののそれよりも唇の柔らかい感触に意識が集中した。

 目の前にいたのはお隣さんだった。

 少しの間固まってたかと思うと彼女は青い顔をして震え始めた。どうしていいかわからずオロオロしていた僕が何か声をかけようと顔をあげたら既に彼女はいなくなっていた。カバンやノート、そして松葉杖を残して・・・


 

 大変なことが起きてしまった。

 そろそろ写し終わったかななんて気持ちで教室に入ろうとドアを開けようと松葉杖を置き、手を伸ばした瞬間ドアが開き私の体はドアがあった場所を通過して彼の体とともに倒れてしまった。倒れる直前、彼が私を支えてくれたがその結果、彼の唇と私の唇が重なってしまった。

 そう、重なってしまった。

 キスをした瞬間、私の脳に電流が走ったような感覚がして一気に情報が流れ込んで来た。吐き気を感じつつも意識が鮮明になって来ると私は理解した。

 自分の記憶が戻り、自分は何者で目の前にいる人は誰かということを。


 気がつくと私は自分の家にいた。

 きっと無意識のうちに行使してしまっていたのだろう。

 そう、私は元々超常的な力を使うことができた。

 ある人はそれを魔法と呼ぶし、私たちの家ではそれを呪術と呼んでいた。


 小さい頃私は世界的に消えかかっている呪術の一族の中でも二人しかいない子供のうちの

一人だった。

教えられた呪術は全て行使することができたし、周りの期待もあり自分で書物を読んで

勉強もした。

 そんな中、転校生として現れた彼はお隣さんで貴重な一般人の友達だった。親に将来お前と

結婚する相手だよと紹介された男の子、年に二回ほどしか会わない上に自分より呪術が下手くそ。そんな子より彼のほうが一緒にいて楽しかったし、「お隣さん」だった幼馴染の彼を自分は幼いながらに好いていた。

 しかし私の親はそれを許さなかった。何度か彼の親と真剣に話していたのを遊びながら見た記憶があるがあれはおそらく引っ越してもらえないかどうかの話し合いだったのだろう。親に何度か諭された記憶はあるが、いつからか親は私にそのことを話すのをやめた。

 ある晩、私が夜中に目を醒ますと怪しげな気配を感じてその元を辿った。その元凶は親だった。親は彼の命の灯火を消す術を行使していたのだが私の気配に気づくと笑顔でこう言った。

「彼のことは忘れなさい。しょうがないの、あなたもいけないんだよ。

あなたが彼を殺したんだよ。」

そこから先は途切れ途切れの記憶しかないが、かろうじて覚えているのは怒りの押さえ方を知らない子供が身の丈に合わない力を暴走させた結果あたりには何もかもなくなり、

そこに彼の体を持って来て命の消滅を食い止める方法をたくさん試したことだ。

 ここから先は鮮明に覚えている

 彼を助けるために取った方法は命の共有。彼にかかった術は彼の生命力を吸い取る術で彼に私の生命力を供給することで命は保たれる。ここで肝心なのが命の供給量は相手に対する情の深さ、特に愛情で決まってしまう。

愛情が制御できないと今度は彼に大量の生命力を供給しすぎて自分の身を危険にさらすことになる。そんな事情から私は命と一緒に今までの記憶、彼への思いを一緒に

彼の中に封印していたのだった。

 それが今回私に戻って来てこうなっているというわけだ。震える手で日記に記す。

 こんなことなら記憶なんて戻らなくてよかった。という気持ちと同時に彼を

あんな不自由な体にしているのは私だということがわかり途方も無い罪悪感に苛まれた。



 先生に教えてもらい、お隣さんの家に着いた。松葉杖を二本余計に持って歩くのは

大変だったが、いつもお世話になってるしあんなことが起きてしまった後なので何としてでも持ってくのが僕の仕事だろう。

 あんなに早く松葉杖もなくどうやって帰ったのかは疑問だが何故だか家にいるという確信はあった。

呼び鈴を鳴らすと彼女は

「さっきのことは気にして無いからそこに荷物置いて

暗くならないうちに帰って、ありがとう」と言い扉を閉めてしまった。

 気にしてないとは言うものの明日学校で改めて謝ろうと思い僕は帰路に着いた。

 お隣さんに完全に距離を置かれてしまった。例の件を謝っても大丈夫気にしてないの二言で済まされそのうち必要最低限の会話しか無くなってしまった。

 僕はきっと歩けるようになれば喜んでもらえるのではないか、という淡い希望を抱いてリハビリに励んだ。

 そして数日後天は僕の味方をしてくれたようで杖なしで歩行することができるようになった、が、その日彼女は学校に来なかった。



 素っ気なく接しようと意識した。これ以上彼を想ってしまうと自分の身が危ない

そうわかっていたしかし感情、特に愛情は抑えようと想って押さえられるようなものではなかった。全治二ー三週間と言われていた骨折は一月経っても治る気配はないし、今ではもう立ち上がって動くことすら辛い。

 彼はこんな状態だったのかと思うと罪悪感は募るばかりだ。

 学校へ行った。

 彼が歩けるようになっていた。顔色が悪いと心配されたが彼の体が快方に向かっているならそういうことなのだろう。嬉しそうに話す彼に一言でも祝福の言葉をかけてあげられたらよかったが目が醒めると私は保健室のベッドの上だった。

 布団で横になりながら考える。

 今まで彼が背負って来た苦労、その苦労を課した身勝手な自分の親、そして私

 歩けるようになったと報告して来た彼の笑顔。

 補聴器が取れて元の彼へと戻ることができたらどれほど喜ぶだろう。

 その笑顔で私たちが許されるわけではないが、

 私は私が生き続けることよりも彼が元気に生きてくれることを望む

 この学校から私がいなくなったら彼は真っ先に私の家に来てくれるだろう

 この日記が読まれるかはわからないがこれは私が彼と楽しい時間を過ごせた記録だから最後の力で家に戻り私は眠るのだった。彼の笑顔を思い浮かべながら。



 保健室に彼女の姿がない。

 その言葉を聞いて僕は走り出す。

 少し予感はしていた。

 走ってついた彼女の家には、もう動くことはないその姿が横たわっていた。

 

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