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2018年2月9日 18:39
沖田畷の戦いにいた黒人兵、漠然と弥助じゃないかと思っていたんですが、このエッセイを読んでいるうちに、弥助に限定する必要はなくて、アフリカ人やインド人は当時の日本に意外とたくさんいたんだ、と認識が変わりました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。ヨーロッパの船が喜望峰を超えてアフリカのモザンビーク、インドのゴア、東南アジアのマラッカに寄港しながら最後にたどり着くのが日本なんですね。だから途中で奴隷を買ったり、船員を雇う機会があったと思います。特に九州はヨーロッパの船が数多く来ていましたから、外国からたくさんの人々が来ていますし、日本からも海外に数多く人が出て行っているんです。そんな創作物をいつか書きたいと思っています。
沖田畷の戦いにいた黒人兵、漠然と弥助じゃないかと思っていたんですが、このエッセイを読んでいるうちに、弥助に限定する必要はなくて、アフリカ人やインド人は当時の日本に意外とたくさんいたんだ、と認識が変わりました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
ヨーロッパの船が喜望峰を超えてアフリカのモザンビーク、インドのゴア、東南アジアのマラッカに寄港しながら最後にたどり着くのが日本なんですね。
だから途中で奴隷を買ったり、船員を雇う機会があったと思います。
特に九州はヨーロッパの船が数多く来ていましたから、外国からたくさんの人々が来ていますし、日本からも海外に数多く人が出て行っているんです。
そんな創作物をいつか書きたいと思っています。