茶室の中の碧眼(梅雨明け、転校生、格子窓)

「こし餡を、檸檬をすりおろして練り込んだ餡でさらに包んで、青く色を付けたくずもちで固めてみました。どうぞ、お召し上がりください」


 茶席の亭主を勤める寛成ひろなりは、客席に座ったナージャに自作の茶菓子を勧めた。銀髪をアップにまとめ、慣れない着物や正座のためか、碧い眼をいつもよりさらに細めて耐えている様子のスラヴ系の少女の様子に、笑いをこらえるのに苦労した。


 ナージャは小皿を手に取り、木匙で器用に菓子を切り分けると、口に運んだ。


「うん。爽やかで美味しい。寛成、これ自分で作ったの?」

「ああ、そうだよ。梅雨明けの季節だからね、もうすぐ日本は凄く暑くなるよ。だから、爽やかで涼し気な菓子にしてみたんだ」


 続けて、「青い見た目はナージャの目が好きだからだよ」と言おうとして、その言葉は笑顔で飲み込んだ。


「へえ、季節に合ったオモテナシというわけね。チャドーは面白いわね。それにしても、ツユアケって何? ツユって、お蕎麦のツユとは違う?」


 もぐもぐと口を動かしながらナージャが不思議そうに尋ねる。


「梅雨というのはね、日本の今頃の季節というか、気候を表す言葉なんだ。この時期はずっと雨が続くんだけどね、その雨の続いている季節の事を『梅雨』というんだよ。漢字はこう」


 寛成は、手元のタブレット端末に『つゆ』と入力するとナージャに見せ、そのまま変換して見せた。


「その梅雨の時期が終わる事を、『終わる』の代わりに、『明ける』と言うんだ。だから、『梅雨明け』といえば、『梅雨が終わる時期』、つまり、今頃の時期の事を差す言葉なんだよ」

「なるほど、ドーオンイギゴというやつね。難しいけど面白い。そう言われてみると、今日は久しぶりに晴れてるね」


 ナージャは茶室の壁に設えてある、格子状の丸窓の方を振り返ってそう言った。すると、窓の先に広がる林から、ピピピピピピ……と野鳥の声が聞こえて来た。


「寛成! 鳥が鳴いてるわ! かわいい。あの鳥はなんていう鳥なの?」

「あの声か……うーん、たぶんゴジュウカラかな?」

「ゴジュウカラ? それはゴジュウノトウと何か関係がある鳥なの?」

「えーっとね……ちょっと待ってね」


 寛成は苦笑しながら、手元に置いてあったタブレット端末で検索を始める。すると、正座から逃げ出したがっていた様子のナージャもにじり寄ってその画面を覗き込んできた。寛成の顔下のナージャから、最近ハマっているというお香の香りがふわっと漂って来て、どきりと胸が弾んだ。寛成はそれを胡麻化すようにナージャの体を軽く押しやる。


「ほら、戻って戻って。野鳥の事は後回しにして、お茶を頂こう。正座!」

「えー! はーい。わかりました」


 ナージャが不満げに席に戻ると、寛成はにっこりと笑って心を鎮めるように茶をたて始めた。


 小学生の頃、ふとした縁で出会ったナージャが、偶然寛成の通う高校へと転校してきたのは、5月の初め頃だった。それ以来、なんとなく寛成が学校でのナージャの「お世話係」としての役割をこなすことが定着してしまっている。同じクラスである事に加え、日本文化に興味津々のナージャは、寛成の所属する茶道部にまで入部した。そのため、ほぼ、丸1日行動を共にしている。寛成は、この現状を、少々煩く感じながらも、それなりに楽しんでいた。


――もし、ナージャじゃなければどうだったかな?


 ふと、そんな事を考えて、すぐに頭からその考えを振り払った。今はこの一服のお茶に集中だ。相変わらず足の痺れを気にしながら眉根を寄せている少女をちらりと見ると、寛成はいつもより少し長くお茶を立てようかな、と、そんな事をこっそり考えていた。

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