第8話
翌日、一葉は体調不良を理由に部活を休んだ。
「風夏先輩、先日はありがとうございました。それと、今日こそ勝ちます」
「勝つのは私」
試合前、そんな会話を交わす。
口調はいつも通りだが、まとう雰囲気はいつもよりも柔らかい。部員たちもその姿にホッと一息つく。
そして、再試合が始まった。
昨日とは反対に風夏が果敢に攻めていく。その一本一本は勝ちを取りにきているものだ。
しかし、一葉も負けてはいない。風夏の打ちをさばき翻弄するように次々と打ちにいく。無計画ではないことは昨日すでにわかっている。同じ手を使わないことも。
途中から、一葉が防戦一方になる。風夏は怪訝に思うも、すぐに試合に集中する。
一葉はただ防戦一方にあったわけではない。風夏の動きを見定めていたのだ。
タイマーの音がなり、延長に入る。
二度目の「はじめ」の合図。
声をあげ、竹刀が音を鳴らす。
風夏が先に出た。面を狙うまっすぐの打ち。それより一瞬遅れて一葉も面を打ちにいく。
「面あり」
旗は主審と副審の1人が赤、もう1人の副審が白。一葉は赤、風夏が白。
つまり一葉の勝ち。
蹲踞をし竹刀を収める。
ボォーっとしながらも小手を外し、面も外す。
その後も一向に我を取り戻さない一葉を見かねて、風夏が後ろから声をかける。一葉が振り返るとその正面に座る。
「東條さん。あなたは弱くなんかない。今勝ったのも偶々なんかじゃない。あなたの実力。私の癖を読み切ったあなたの実力よ」
一度言葉を切り、絶句している一葉と目を合わせる。
「あなたに足りないのは、勝ちたいという思いじゃなくて、勝てるという自信。勝てるんだから、自信持ちなさい。……それに団体戦なんだからあなたがもし勝てなくても負けさえしなきゃチームは勝つの、信じなさい」
肩をポンと叩き立ち上がる。それで我を取り戻した一葉風夏に声をかける。
「ありがとうございます、風夏先輩!! 」
風夏は少しだけ笑うと自分の防具の元に戻った。
それから着替えが終わっても、一葉は何処か上の空だった。
「自信……自信かぁ」
「なーにいってるの? 」
後ろから優香が抱きつく。
「ぼーっとしすぎ。私たち置いて帰らないでよ」
その後ろから歩いてくる望美はクスクスと笑っている。一葉は立ち止まり驚いて左右を見回す。その姿に2人は笑い声を上げる。
「そんなに嬉しかったの? 」
うーん、と首をひねり一葉は考え込む。並んで歩きながら一葉の答えを待つ。もうすぐ分かれ道というところで、一葉が立ち止まる。
「勝ったのはもちろん嬉しかったよ。けどそれよりも、なんていうかな。勝てなくてもいいって発想がなかった。そりゃもちろん勝つほうがチームのためで、そのほうがいいのはわかってる。それでも風夏先輩が『勝てなくてもいい』っていてくれた時、安心したー。肩の力が抜けた」
グッと伸びをして、明るく笑う。憑き物が落ちたようなその表情で軽やかに歩く。
2人は一葉が何をそんなに悩んでいたのか、何をそんなに迷っていたのか、知りはしない。けれど明らかに様子が変わった一葉を見て、よかったとそう思った。
◇ ◇ ◇
「今日はいよいよ、地区予選の団体戦だよ。大丈夫、勝てるよ。一葉も入ってくれてるし、いつも通りやれば勝てる!! 気ぃ引き締めてこう!! 」
試合前、円陣を組み樹咲が激励する。
「おう」と返事の後、樹咲と風夏は一人一人に声をかける。
「一葉。一緒に団体戦に出てくれてありがとう。勝てる実力はある。だから、自信持っていきな」
「一葉ちゃん。気負いすぎちゃダメ。復帰してまだ2ヶ月。勝てなくても誰も責めない。負けなければいいの。チームを信じて。……自信は持ちなさいよ」
一葉は面を着けながら、2人の言葉を思い出す。2人とも真剣みを帯びた、それでも柔らかな口調。一葉のことを思い、かけられた言葉。
一葉はその言葉を素直に受け取り、士気を高める。
5人で勝つ。
そのことの意味を改めて考え、実感した。
独りよがりではない剣道を。もう一度一葉は自分に言い聞かせ立ち上がる。
今のポジションはあの時と同じ『副将』。けれどあの時とは違い、思い悩むことはない。
望美、優香が引き分け。風夏が二本勝ち。
トンと当てられた拳は「大丈夫」と言っているようで、一葉を勇気づける。
一葉の目の前には捨ててしまったはずの景色。
(二度とやらないと思ってたけど、なんで立ってるんだろ。……それでも戻ってきたんだ。此処に)
それなら全力で、と正面に立つ試合相手を見つめる。
小さく数本。開始線に自然に三歩で行ける距離。
相手と呼吸を合わせ前へ三歩。蹲踞をして開始の合図を待つ。
「始め」
立ち上がり、声を出す。
一葉にもう迷いはない。
その一振りに 水原緋色 @hiro_mizuhara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます