第7話

「始め」

 声を出し一葉が先手を取る。しかしそれは防がれる。それでも攻撃を止まず、引き技を繰り出し、また攻める。次は面ではなく小手を狙いにいく。

 勿論、次々と繰り出す攻撃は適当ではない。けれどもどれも決定打ではない。相手を翻弄するに近い。

 望美も優香も一葉の真意を測りかねている様子だった。

 その間、風夏はただ防御に徹していたわけではない。攻撃の止んだそのひと時にすかさず反撃に出る。鋭い面。槍が飛んでくるようだな、と一葉は人ごとのように思う。しかしそれもほとんどを一葉は防ぎ。一本にはならない。

 苛立っているのが周りからもよくわかる。風夏は樹咲と違い感情が表に出やすい。しかしその感情は決してネガティヴなものではない。

 攻撃が止み、睨み合いが続く。ガチャガチャと竹刀のぶつかる音が響く。一葉が中心をとった瞬間、フッと身体が少し沈む。くる、そう思った風夏の手元が少し浮く。一拍おいて、一葉は浮いた手元を狙う。しかしそれを外してしまう。その時タイマーの音が響いた。

「やめ」

 ここから延長戦が始まる。一葉はもう一度気合を入れ直すように、深呼吸をする。

 対する風夏はなぜか勝手に蹲踞をし、コートから出てしまう。

「ちょっと風夏、なにしてるの? 」

の東條さんとやったって意味ないわ。止めよ、止め」

訝しげに問う樹咲にそう答え面を外す。呆然と立つ一葉に「早く取れば」とでも言いたげな視線をやり、風夏は正座したまま動こうとはしない。

 そんな様子に、痺れを切らしたのは主審をしていた慧だ。

「おい、高宮。いい加減にしろよ。いくら東條のことが気に食わないからってなぁ、それは失礼だろう!! 剣道をする人間としてその態度はどうなんだよ!! 」

礼儀が大切であるということは、いうまでもない。

 慧が言うことが正しい。それはここにいるがわかっていた。それでも慧に続く声はなく、反対に風夏の肩を持つような声が上がる。

「慧先輩、もう時間もあまりないですし今日はもうやめましょう。高宮先輩もあんな感じですし」

最後の言葉は女子に聞こえないように配慮する。

「慧、和泉の言う通りだ。高宮もそうだが、それよりも……」

「あぁもう、わかったよ。今日は終わりだ」

優希にまでそういわれ、結局折れたのは慧だった。


 後片付けや掃除を終え、部員は帰路につく。

 一葉は望美と優香とともに校門を出た。すると、待ち構えていたように風夏が一葉の前に立つ。ペットボトルを一葉に押し付け踵を返す。思わず受け取ったそれを見つめポカンとしていると、歩いていた風夏が立ち止まり少しだけ振り返る。

「それ、あげる。自分の体調管理くらいしっかりしなさい」

そう言ってすぐに歩き出した風夏に声をかけることもできず「ありがとうございます」とだけ言葉になった。

 校門にもたれていた樹咲が笑いをこらえながら歩き出す。

「あれでも気を遣ってるの、わかりにくいけどね。じゃ、ゆっくり休みな〜。おつかれ〜」

 3人で呆然としながら2人の先輩を見送った。



 ◇ ◇ ◇


「ねぇ、風夏。なんで途中でやめたの? 」

 先に帰り支度を終えた樹咲と風夏は自動販売機の前にいる。風夏はお金を入れ、スポーツドリンクのボタンを押す。ガコンッ、と落ちてきたスポーツドリンクを取り出し、歩き出す。

「なんでって、見ててわからなかった? 東條さん、体調崩してた。あんな調子じゃ試合しても意味ないでしょう。あの子に必要なのは万全の調子で本気でする試合なんだから」

ニヤニヤと嬉しげに笑う樹咲を鬱陶しそうに横目で見ながら、歩調を早める。

「とにかく、私が嫌だったのよ」

「ふーん」

楽しげに言葉を返す樹咲には風夏の照れ隠しが手に取るようにわかった。

 そして一葉のことを本気で嫌っているのではなく、その反対なのだと風夏自身も認識しているために余計にツンケンしてしまっているのだった。

「風夏はほっとけないのね。昔の自分とかぶるのかな? 」

「うるさい」

 その後も2人は珍しく戯れあいながらゆっくりと歩いた。

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