零時58分の虫の知らせ
@tomten17
第1話
大学時代の同期の男が、L県に赴任していたとき、定年まで1年を残して駅のプラットフォームで眠るように死んだ。わたしにはいちばん懇意にしていた輩だった。死んだというメールを同期会の幹事から受け取って、彼の亡くなった刻限のころ、不思議な出来事があったことを思い出した。
そのころ、わたしたち夫婦は、Q市郊外にあるアパートの二階に住んでいた。小さな民間アパートで、一階に二世帯、二階にも二世帯が住んでいて、隣は男の子ふたりの一家だった。弟は野球部所属の高校生で、兄は成人の間際なのだが、自閉症でときおり奇声が聞こえてくることもあった。はじめのころわたしたちは、その兄に警戒されていたが、あいさつの声掛けを行うようにしていたら、小声で反応するようになった。しかし、親密さの表現なのか、ときおり玄関のチャイムも鳴らされるようになった。その音で玄関から出てみると、彼の姿はなく、隣の部屋のドアの閉じる音と玄関から室内に上がる足音だけを残していった。でも、そんなことをするのは、親が家にいないときの日中で、夜は静かなものだった。ところが深更の寝入ったころ、玄関のチャイムが鳴ったのである。鳴らし方もいつもとは違い、控えめないかにも遠慮したような弱弱しい一度だけの音だった。隣のお兄ちゃんなら、勢いよく、ピンポーン、ピンポーンと二回鳴らし、バタンとドアを締めるが、チャイムの音以外は何も聞こえなかった。ドアを開けて踊り場を確認したが、通路の明かりがひっそりと燈っているだけだった。妻と誰だろうねと不思議に思って、再び寝入って翌日、件の男の死を知った。そろそろ出勤する時刻となり、ふと時計を見ると停まっているのに気が付いた。時計が指している時刻は0時五八分で、チャイムのなった時刻は明確に憶えているわけではないが、寝入りばなだったので大体そんな刻限だったような気がした。
後日彼の奥方から聞いた話によると、休日にひとりどこかに出かけて、その帰りに最寄駅で下車したあと、プラットフォームのベンチで眠っているところを、終電も終わったころに駅員が声をかけて発見したという。不思議なことに、いつも身につけている腕時計とは異なる見知らぬ時計をしていたらしい。単身赴任中のことだったので、彼女は、夫がどこに何をしに出かけたのかも分からないという。同級生の中ではいちばん早く結婚し、奥方とは相思相愛でいつも仲むつまじくやっていたから、なにか裏のある疑わしいことはないと思うが、急なことで、何も言い残すことなく旅立った。それでも深夜のチャイムを彼の最期の挨拶だったと思いたい。チャイムのボタンに彼の指紋が残っていれば動かぬ証拠となるのだが。
零時58分の虫の知らせ @tomten17
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。零時58分の虫の知らせの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます