第21話
店内は広く、客の入りも良かった。
せっかくだから、と、奥の座敷のテーブルを2つくっつけてもらい、夏木ご一行と櫻井家での食事会となった。席は女性と男性で別れたが、基樹は何とか姉の隣を死守した。
皆、空腹だったのだろう。食べたいものを片っ端から頼んでは、誰のものとも関係なくつまんでいく。腹が膨れると、やっと人心地が付いた。
店に向かう道中で、魔法使いが現れたいきさつと、その息子である祥太朗さんの説明を受けたが、俺は、女性二人の尻に敷かれている、この見るからにいまどきの青年もまた魔法使いであるというのが、どうにも信じられない。
そんな俺の視線に耐えられなくなったらしい祥太朗さんが口を開く。
「どうした、夏木弟。そんなに見つめんなよ、照れるから。俺、そっちの趣味、ないんだけどな」
「あ、いやいや、別にそういうわけじゃないです! ただ……その……、祥太朗さんも魔法使いだって……聞いて……。でも、そんな風には見えないから……」
これ以上見つめるわけにもいかず、手元のメニューに視線を落とした。
「え? ああ、夏木から聞いたのか。まぁ、無理もないよな。俺もあんまり実感ないっつーか、やっぱ父さんほどは出来ないしな。和服でもねぇし」
「そうだ! 櫻井! ちょっと何か見せてよ!」
一応、周りの客に気を遣ったのだろう、やや抑え気味のトーンで姉が言う。
「――は? 何でお前に見せなきゃなんねぇんだよ」
「あたしもいまいち信じらんないしー」
「だったら信じなくて良いって別に。親父は本物なんだから良いだろ」
「そう言って、君はすぐ謙遜する」
いつの間にか、祥太朗さんの後ろに魔法使いが立っていた。
免疫のない俺ら夏木ご一行はこの登場の仕方に驚いていたが、櫻井家では普通らしく、誰一人驚かない。
「お帰り、父さん。先に食っちゃったけど……。何か食う?」
それどころか普通に会話を始めちゃったよ!
「いや、僕は大丈夫。それより……」
そう言って、じっと俺を見つめる。涼しげな切れ長の瞳に見つめられ、どきりとした。
「レイジ……君、だったかな。ちょっと、良いかな……。あと、祥太朗も」
「――え? はい」
「……何で俺も?」
魔法使いは、真剣なまなざしで、手招きする。俺と祥太朗さんがコートを持って腰を上げると、くるりと背を向け、歩き出した。ついて来いということだろう。
しかし彼は一度、くるりと振り向き、姉を見つめて丁寧に頭を下げ――、
「レイジ君を少しだけお借りします」と言った。
店の外に出ると、冷たい風が襲ってくる。海の香りが強い。
駐車場へ行き、基樹の車の前で立ち止まる。
「ごめんね、ちょっと寒いよね」
「あの、何なんですか? ユキのことですか?」
コートのファスナーを口元まで上げる。祥太朗さんもファスナーをすべて上げ、ポケットに手を入れている。魔法使いの方は和装でも平気そうなのに、息子の方は寒がりなのだろうか。
「そうなんだ。女王は死なずに済むかもしれない」
「――え?」
「父さん、マジかよ!」
「思いの外、今年の女王の力は強いみたいだ。あれなら、力を出し切らなくても、充分足りるはずだ」
「何だ! 良かったじゃん、夏木弟!」
「いや、そんなに簡単じゃないんだ。まずは女王の意志がなければ」
「それで、俺ですか……?」
「本当は、こんなことを伝えるのは、自然界のルールに反することなんだけどね。実は、力の強い女王というのは今年が初めてじゃない。ただ、その時は女王が思い止まるような『理由』がなかった。そんな強い女王が力を出し切ったら、どうなると思う?」
「大規模な雪害……か」
祥太朗さんの言葉に魔法使いは頷く。
「自然なこととはいえ、雪害は避けられるものなら、避けたいからね。こんなことを思うようになるなんて、僕もすっかりこっち側だ」
何がどうこっち側なのかはわからなかったが。
俺はユキを止める『理由』になるんだろうか……。
「――で、俺はなんで必要なんだ?」
「実は、そこが今回の一番の難所なんだ」
魔法使いは眉間にしわを寄せた。出会ってからずっとさらりと涼しい顔をしている彼もこんな表情をするのか、と俺は思った。
「あの、どういうことですか……?」
「まず、行きは、君達を僕が運ぶ。女王は僕が力を貸せばまだ1人でも飛べるからね。ここまでは良いんだ。女王が雪を降らせているのは、稚内の上空だ。もし女王が力を出し切らずに済んだとしても、雪を降らせるのを止めたら、もう自力で飛ぶことは出来ない。彼女の身体は、触れれば溶けて崩れてしまう繊細な薄氷の欠片よりも脆い。微かな熱も命取りになる。だから、君達とは隔離しなければならない」
――と、いうことは……。
「俺が、夏木弟を運んで……戻って来るってことか?」
「……そうなんだ。なので、一番の問題は、女王の説得よりも、君らが凍えてしまうっていうところなんだ」
祥太郎さんはじっと自分の右手を見つめている。その手は小刻みに震えており、彼は、それを止めるように左手で右手首を強く握った。
「……凍えるだけで済むわけねぇだろ。魔法使いと一緒にするんじゃねぇよ」
「祥太朗……」
「……保険として聞いとく。俺の手が駄目になったら、新しいのは作れんのか?」
「もちろん。責任持って、僕の手を半分あげるよ」
俺にはこの会話の意味するところがさっぱりわからない。ただ、『半分あげる』というやけに物騒な言葉だけが耳に残った。
自分だけが蚊帳の外だ。
ぼぅっと2人のやり取りを見ていると、祥太朗さんが両肩をつかんで揺さぶってくる。
「おい、夏木弟! ぼーっとしてんじゃねぇぞ! お前は覚悟出来てんのか?」
「かっ、覚悟……?」
「良いか? 帰りは行きと違って、ぬくぬくの薪ストーブ付ジェット機から、ボロいエアコン程度のヘリコプターになるって話だ。それでも女王様説得に行けるかっつってんだよ!」
両肩がずしりと重い。
さっき、この人は「親父ほどは出来ない」と言っていた。
それでも、自分を守ろうとしてくれているのだ。ボロいエアコン程度のヘリコプターらしいけれど。
「……行きます。お願いします」
「よっしゃ! 今年の雪はお前にかかってるんだからな! 気合入れろ!」
再度両肩を強く握る。
魔法使いは袂からマッチを取り出し、一本擦って火を点けると、左手で風よけを作った。
「……祥太朗、君も、気合入れないとね」
そう言うと、眉間のしわを一層深く刻んだ。
マッチの小さな火は、大きく大きくなっていったかと思うと、次の瞬間には消えていた。
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