友人のディーラーと知り合いのディーラー

尾場 久太郎

第1話 友人のディーラーと知り合いのディーラー




あれは、私が2回目の転職で、建築現場に仮設ハウスを運搬する仕事をしていた時の話だ。


建設現場というのは当たり前の話ではあるが、まだ建物が出来ていない曖昧な土地であり、現場に住所情報だけで辿りつくのは初見では難しい。

なので、初めての現場に行く時は時間を取られ、迷って約束の時刻をオーバーしてしまう事が多々ある仕事であった。


しかも、時間単位で人工をやり繰りしている建築関係者は、サラリーマンというより戦士に近い人種であり

1時間でも現場に遅れようものなら工事の工程が全て狂ってしまうため、良くて大声で怒鳴られたり

悪くて「もう帰って良いよ 二度とおたく使わないから」と冷たい言葉を優しくかけられ出入り禁止の憂き目にあい途方に暮れてしまう事も度々あった。


私の勤めていた会社では、社長の方針でそういった事が起きないように他県まで行く仕事の場合は

休日に、仮設ハウスの設置場所を視察して事前準備しておくという、確かに正しいが何処かおかしいブラックなルールがあった。


その為、私は冬道の長距離運転でも、比較的安全で頑丈な普通車を購入する事に決めた。



そこで最初は、学生時代からの友人のディーラーを介して安く新車を購入しようと思っていたのだが

その目論見は見事にハズレてしまった

その友人は業界の流行や裏事情まで包み隠さず教えてくれたのだが、自分には特別な権限が無いと言い張り「他のディーラーと同じ値引き金額でしか売れない」と言ってきたのだ。

友人を介して車を購入する為、てっきり知り合い価格というものが存在すると思っていた私は、最近の新車の値段の高さに目玉が飛び出るくらい驚かされた。


「これじゃ仕事に使う車を買う為に1年間車代を稼ぐようなものじゃないか」という値段である

だったら中古車を安く買えば?という話もあったのだが

結局中古車は、イニシャルコストこそ安いもののライニングコストは高く長期的に考えれば、費用は新車と変わらない為

迷い、考えあぐねいて結論が出ないまま、ズルズル時間が経過してしまった。


そんなある日に、何処から話を聞きつけてきたのか、母親の友人のディーラーが紹介して欲しいとやってきたのだ。

最早他人と言っても過言では無い関係性であったが、耳より情報を聞けるのでは無いかという淡い期待から、その知り合いのディーラーに一回だけ会ってみることにした。


それから、数日たって市内の喫茶店を待ち合わせ場所にして、約束の時間5分前にその男はやってきた

そのディーラーと初めて出会った印象は、一見身なりの良い40代前半男であり言葉使いや態度もしっかりしていたが、何処か昔は遊び人だったような軽薄さが感じられた。

しかし、その根拠のない警戒心は、彼が薦めてくれた車が、あまりにも魅力的であった為に一気に氷解した。

その車は、中古車ではあったが持ち主が車を購入して一週間で、そのディーラーに手放した為

新品同然で整備がいき届き、車体価格が友人が紹介したものより半分近く安くなっていたのだ。


そして私は、そのディーラーから他の客との早い者勝ちになると急かされ、その日のうちに即決して、その中古車の購入を決めた。


それから数週間後、私は自分の取った行動を少し軽率だった反省しつつ

なんやかんやで、暇な時間を見つけては、その車を気に入りドライブを楽しんでいた。


その車はワゴンタイプで、後ろのスペースに趣味の釣りグッズを広々収容できたりなど使い心地は最高なのだ

なので最初のうちは、掘り出し物の良い買い物をしたと不満は全く無かった。


しかし、車に慣れ親しむようになる程、何時からか徐々に何か違和感を覚えるようになった。



最初に感じた違和感は、一人で夜道を走っている時に、ふと気付いたら鳥肌がたっていたり、夏なのに寒さで震えてるという事であった。

特に実害が何かあった訳ではないが、1人で運転していると、時おり何か言いようのない不安が胸に襲いかかってくるのだ。

その頃こそ、クーラーを強くし過ぎた事が原因や、テレビやネットの心霊番組に感化され過ぎなど、ただの神経質だと理由を決めつけては、自分の言いようのない不安を誤魔化してきたのだが

段々と勘違いでは説明不可能な事が起きるようになった。


それは、車を購入してから、初めての県外での下見の帰り道であった

夏とはいえ夜の8時にもなると流石に夜の帳が下り、明かりといえば車のライトと街灯だけが頼りの真っ暗な闇となっていた。


微かな蝉や蛙の鳴き声だけが木霊する全く知らない夜道のせいなのか

時おり感じる、「自分は本当に目的地に向かっているのか?」「自分は今何処に向かって運転しているのか?」という不安や妄想に襲われた。


「もし この車内で今 何かに襲われたら…?」

私はあり得ない自分の弱気な妄言を一笑に付した。




それから私は、気を取り直す意味でハンドルの横のカーナビを確認した

カーナビという機械に従っていれば何も問題は起きないという信頼感で、この言いようのない不安を薄めようとしたのかもしれない。


黙々と、目印が少ない夜道を迷わないように、機械の無機質な指示通りに運転していると

段々と少なかった外灯や民家からの人の気配が更に消え失せ

ふと、何処かの田舎の住宅街に入った事に気付いた。


「あれ? こんな所 今まで通ったっけ?」


私は内心焦り出してるのを自覚し、パニックを防ぐ為に深呼吸をして心を落ち着かせ、再びカーナビの画面に再ぶ目をやる


カーナビの画面は、現地点から、まだ数十キロ近く離れているであろう我が家ではなく、何故かこの先 数百メートル先の民家を何時の間にか目的地と指差していた。


私は、何かの故障か?それともここが帰宅する最先端ルートなのか?と機器に対して不満と不安を抱きながら

とりあえずは、カーナビの無機質な機械音声の指示に従う事にした。


それから道を進むうちに

まばらだった民家の電灯はポツポツと姿を消していき、ついには車のライトだけが視界を照らす頼りになった

急に走行中の車が小刻みに左右に揺れだす…

その時私は、自分のハンドルを握る手が震えている事に気付いた


私は必死に自分に落ち着くための言葉を語りかけ、平常心から混乱に精神状態が反転するのを踏み止めようとしていた

その時


「その先 右折してください」

何故かそのカーナビの何時もと変わらない電子音に、その時だけは強い意思のようなものを感じた。



私は、第六感から来る強い忌避感を自覚しながら、「間違っていれば戻れば良いだけ」と理性で心を押さえつけ

とりあえずはカーナビの指示に従ってハンドルを右に回してみる事にした。

その時は恐怖より、 闇夜を照らすライトのその先には何が待ち構えているのか? という恐いもの見たさの好奇心が勝っていたのかもしれない

固唾を飲んで、「目的地に到着しました」というカーナビの電子音を聞いた後にブレーキを踏んだ。



辿りついたのは、その地域では、よくあるなんの変哲もない田舎の民家であった。

防風林と呼ばれる強い風を防ぐ為に植えられた高い木に囲まれた、大きな二階建ての家と農作業用の器材を入れるのに使うであろう納屋

オーソドックスな北陸の散居村の風景であった。


だが、私はそこで肌を泡立たせながら、心の底から来る恐怖からなのか、体の芯から冷えるようなジワジワと粘っこい汗を流していた。


日中の人通りが少ない過疎地域で、その家屋を見ていれば、また違う感想を抱いたかもしれないが

今は真夜中に1人で、この妖気を感じる家屋の前に立っているのだ

前者と後者では全く別物である


その家屋は、一言でいうと不気味なのだ

ただの二階建て木造で屋根は瓦の何処にでもある家屋なのであろうが、いくら目を凝らしても窓の中からは生者の気配が一切感じない

そして、ふいに周囲を見渡せば、田んぼを挟んだ数百メートル先々に点在する家々からも、その家屋同様に人の気配がしなかった。




もし、ここで何かが起こった場合に、近所の住人に助けを呼べないのではないか?という情けない想像が脳裏に過る。

私は車内から嫌な汗を流しながら注意深くその薄暗い家屋を観察した。

やはり、ただの何の変哲もない、二階建ての家屋な筈なのに、その家は何かがおかしいのだ


私は まるで何も無い湖面に映る自分自身に引き寄せられるような感覚に陥り、一瞬今にも何か自分の身に起こりそうというような不安に駆られる。





もし自分に第六感というものがあるならば、これがその感覚なのであろうか?

私の胸からジワジワ泉のように嫌な気持ちがこみ上げていた

今すぐそこから離れろと、体が拒否反応を起こして警鐘を鳴らしているのであろうか?





「馬鹿らしい」



そして私は、「カーナビのバグだ」 「明日は朝一で仕事だ」 など必死に考えを切り替え、この根拠のない妄想から何とか現実に舞い戻った。

その場から離れる口実を必死に見つけ出して、この事を後々記憶に残さないようにする為の防衛本能だったのかもしれない


ふと、無人だと思われたその家屋の一階の窓から住人の生活を伺わせる電灯が木漏れだしたのに気付いた。



なんだ、寂れた無人家屋かと思えば、住民はきちんといるじゃん

よく見れば、窓も割れていないし、庭の管理も一見荒れているようで一定のラインは守られ行き届いている


このご時世に、幽霊屋敷や心霊住宅とかあり得る訳ないじゃないか…

そう安堵しかけた時に


家屋の二階の窓のカーテンの隙間から、誰かが自分を覗いている事に気付いた

私は、車のライトだけが光源の薄らとした闇の中で、何者かの視線を感じた恐怖に打ち勝つために

こちらが気づいたという素振りを見せないように、自然を装い相手を視認しようと試みた。


気付かれないように、視線を変えたその一瞬、二階のカーテンの隙間から、こちらを伺う人間の片目のようなものを確認した。


薄暗い窓の向こうから、こちらを黙って見つめる…


人間離れした魚のような白眼が無い 大きな黒目だけの目…



私は心臓を一つ大きく飛び跳ねらせて、残った自我で悲鳴を上げるのを必死に抑え込んで

ギアを急いで変えて、車でバックして、その場をすぐに去ろうとした。



一瞬、車を猛スピードでバッグさせた時に、ライトは漆黒から何かを照らし出した

ほんの一瞬 時間にして数秒だけ

だが絶対に見間違えではない




それまで全く気付かなかったのだが、何かが私の車の前に立っていたのだ





あれは確かに人だった

いや・・・人の形をした何かだった

全身白い服を着た、あの黒目だけの目の男…

それが一瞬だけ車のライトに照らされて姿を現し、また闇に消えて行ったのだ





それから私は、大きな国道に出て、他の人間の気配を確認できるようになってから、やっとパニックを抑えて落ち着く事ができた…


最初の数十分は運転に支障が起きそうな程に心臓が大きく動いていたので、不注意で事故にならなかったのは幸いであった。


そして、更に人通りが多い深夜のコンビニの光を見かけてから、やっと冷静な判断を下せるようになった。


「ただの偶然だ…」


それが、あの体験をした私の一番最初に出した答えであった。


よくよく、思い返してみれば、あんな田舎で、夜なのに自分の家の前に車が止まって

運転手がチラチラ様子を伺っている方が不審人物でホラーだ。


私は、自分という不審者に対して、そっと電気を消した二階から、こちらを伺いたくなる住人の心理に思い至って

あの軽率な行動に対する恥ずかしさが、今更ながら湧いてきた。


そして、その恥辱心と情けなさが少しずつ、あの恐怖に打ち勝ってきた。



向こうからすれば私自身こそ、見事な不審者でないか?

もしかしたら、最後に車のライトで見た人間は怪奇現象でも何でも無く

普通に、こちらの意図を確認しに来た住人で、私は危うく接触事故を起こしかけたのではないか?



論理的に思い返せば、いくらでも説明がつく事であった。


車内で私は頭を軽く抱えて、自分の愚かしさを嘆いた。




それから

私は自宅に無事到着して、すぐにシャワーを浴び夕食を取らずにベットに入った。


あの体験を「ただの思い凄しだ」と言い聞かせながら、よほど神経をすり減らしていたのか、すぐに微睡についた。


そして私は、その微睡の中で あの体験を何度も脳内で反芻させた。

薄れゆく意識の中で一つの疑問が残っている事を見つめ出す


あの人間のような者の…

あの不気味な視線に…



既視感を感じて、記憶を手繰り寄せようとしている自分… 




その疑問に向き合わないようにする為の体の防衛本能なのか

瞬間的に猛烈な睡魔が襲い掛かる


そして、睡魔に負けて意識を手放す瞬間

ある封印していた考えが一瞬だけ脳裏に過った。


今日の帰り道で、実は後部座席から時おり視線のような気配を感じていた事に…


そして、あの視線は時おり感じていた あの言いようのない不安と全く同じだった事に…


もしかしたら、自分は今日 何か途轍もなく恐ろしい物を車に乗せて、連れ帰ってきてしまったのではないだろうか?




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私は、あれからすぐに

あの知り合いのディーラーに、連絡を取ってカーナビの故障について調べたのだが、機器には全く異常はなかった。


その納得のできない説明を受けている最中に、それとなく以前から気になっている事を尋ねてみた 


「あの車って、もしかしたら何か曰くつきの事故車とかじゃないんですか?」



一瞬そのディーラーは表情を強張らせるが

瞬時に、あの薄っぺらい営業スマイルで「ただの中古車で事故車ではないですよ」と断言されて、軽くはぐらかされてしまった。

そして、三度目の連絡からは留守電で居留守を使われてしまうようになってしまった。



仕方が無かったので、私は友人のディーラーを食事に誘って、その知り合いのディーラーの事を相談してみた

案の定返ってきた答えは

「お前その車 ヤバい奴なんじゃないのか?」という訝しみのものであった。


何でも持ち主が自殺や事故死をした新車は、遺族は引き取りたがらないらしく

ディーラーにとっても早くさばきたい厄介な物件になってしまうらしい


もしかしたら本当に、そのディーラーの言う通りに車自体は事故車では無いかもしれないが

そのカーナビが曰くつきのオプションで車が安くなったのかもしれない


いずれにしても憶測だが、私が支払った車の金額は、いくら中古車にしても、その車種やオプションにしては異常な程安い値段だったらしい



その後、その知り合いのディーラーとは全く連絡が取れなくなり

私もストレスから来る心労からなのか体調を崩して

仕事を辞めるのと同時に、その車を引き払った。










そして、これは余談ではあるが

あの奇妙な体験をしてから数年後に偶然耳に入った一つの話がある。


あの夜に、私が車で通ったであろう場所で、引き籠りの青年が家族を殺害して車内で自殺した痛ましい事件が発生していたらしい



私の買ったあの中古車と あの夜に迷い込んだ不気味な散居村に、その事件との因果関係があったかは、今になっては分からない


しかし私はそれ以来、不確かな知り合いのディーラーから車を買っていない。






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友人のディーラーと知り合いのディーラー 尾場 久太郎 @kobayahi

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