絶望的な戦力差

「うがぁぁぁ!!」


 宝石箱をひっくり返したかのような美しい星空の下。

 荒れた草原に人のものとは思えない叫び声が響く。

 

 それを発しているのは全身に金色の文様を巡らせ、目を血走らせているセプトエルだ。

 彼女は先程よりも高く飛び上がり、そして先程よりも速く玲達のもとへと迫る。

 その姿は彼らにまるで興奮状態にある猛獣を彷彿とさせた。


「くら、えぇぇ!」

「何度やっても無駄。《白神の護り》」

 楓が再び先程と同じ障壁を張る。

 先程と違い鍵言を口に出しているのは強度を高めるため。

 相手の様子が変わったことに警戒したのだろう。


「――っ、重い」

 セプトエルの攻撃はまたもやあっけなく止められ弾かれると思われたが、今度は少し違った。


 なんと少しずつ、ほんの少しずつではあるが彼女の大槌が障壁に食い込みつつあるのだ。

 その様子を見て玲達は興味深そうな眼差しを彼女に向ける。


「ふむ。これは……。《狂戦士化》の魔術に似ているがそれよりも効果が大きいか? 連れて帰って調べてみなくてはならないな」

「あれが例の祝福ギフトとやらでいいのかしら? 確かに強力かもしれないわね。 ――あ、そういえばもうひとりはどこ行ったのかしら」

 

 思い出したように言うローラに、ダロンはやれやれと両手を上げ降参の意を示す。


「駄目だね、お手上げだ。レイくんの《完全不可知化》程じゃあないがそれに近い隠蔽能力を持っているようだよ、ここら辺にいることは分かるんだけどねぇ」

「ここは彼の祝福ギフト、と考えるのが妥当か。ますます興味深いな」

「ところでレイよ、こいつもらっていいか?」


 考え込んでいる玲に不意に水を差したのは、目を輝かせたジョージだ。

 

 楓の張った障壁かすり傷程度とはいえ傷をつけられる者はこれまでこの世界では初めてであり、しかもその者達は未知の能力を持つ。

 戦闘狂の彼が戦ってみたいと思うのも至極当然である。

 玲はしょうがないとため息をついた。


「はぁ、お前は相変わらずだな。 ……殺すなよ?」

「やりぃ! サンキューレイ!」


 満面の笑みでそう叫んだ彼は障壁の外に足を踏み出し――


 ――その瞬間、彼の首に漆黒の短剣が添えられた。

 しかしジョージも伊達ではない。

 刃が首に到達する寸前、2本の指で後ろから・・・・そっと刀身をつまみ防いだのである。


「うわ、あぶねーなおい!」

「くそ! 完全に不意を打ったと思ったのに!」


 悪態をつきながら姿を現したオンスエル。

 彼は間違っていない。

 実際ジョージは攻撃される寸前までまったく気付かなかったのだから。


 しかしオンスエルはまだ子供であり、精神が未熟だ。戦いの経験自体もそれほど多くない。

 そのため殺気のコントロールが上手ではなく、どうしても攻撃の際に殺気が漏れてしまう。

 いくら彼の隠蔽能力が高いといっても完全ではなく、一流の戦士であるジョージが僅かとはいっても自分に向けられた殺気に気付かないわけがないのだ。


「ガキにしちゃ随分いい筋してるなぁ、お前。将来いい使い手になるぞ」

「くっ、動かない! なんで!」

「そりゃあお前、俺が止めてるからだろうが。――おい皆、このガキもついでにやっていいか?」


 後ろを振り向いた大男に仲間達は苦笑するが、結局は皆頷いた。

 ローラだけは羨ましそうにしていたが。


 そうして仲間達の了承を得た彼は快活に笑うと“虚空庫”からハルバードと大盾を取り出し、構えた。

「さぁ、遊んでやるよガキども。全力でかかってこい!」


 暗闇に絶えず無数の光の筋がきらめく。

 それはセプトエルの大槌から走る雷光と、ジョージのハルバードから反射された月の光。

 幻想的な死の舞踊を繰り広げる3人を、後ろの玲達は感心した様子で見つめている。


「ほう、ジョージの動きについていくか」

「流石に本気じゃないだろうけれどそれでも今までとは大違いよね」

「オンスとかいう子もいいねぇ。ジョージくんの言う通り鍛えたらいい斥候になりそうだ」

「あの槌欲しい」


 口々に思ったことを言い合い、楽しそうに談笑している。

 たったひとりでペルケロイ神国の最高戦力である使徒2人を相手にする仲間の敗北など、微塵も心配していなかった。


「――おら、足元がお留守だぞ!」

「がああああ!」


 セプトエルががむしゃらに大槌を振り回し凄まじい衝撃波を発生させ、オンスエルは静かに彼女の補佐をしつつ要所要所で姿をくらませジョージの急所を狙う。


 対するジョージもさすが“黒の国最高の戦士”、といったところか。

 ハルバードと大盾という、どちらか一方だけでも扱うのが難しい武器で器用に2人の相手からの怒涛の攻撃をいなし、反撃する。


 2人の強さに合わせて動き、時にアドバイスさえおくっている彼の姿は命を懸けた殺し合いをしている、というよりむしろ弟子の稽古をつけているように見える。

 そのあまりにも余裕そうな姿にオンスエルは焦り、攻撃の手を速めていくも差は歴然。

 ジョージはその熊のような巨躯にただのひとつの傷もつけていなかった。


 やがて――


「もう終わりか、てめぇら?」

 

 ジョージがひんやりとした地面に蹲る使徒達に言う。

 2人ともついに体力も魔力も使い果たしたようで息も絶え絶えであり、彼の言葉に返事を返す余裕はないようだ。


 彼女達は相手のあまりの強さに絶望しながらも目の前の魔王達から目を離さない。

 それは心だけでも悪しき存在には屈しない、という英雄らしい立派な心から、ではない。


 ――恐怖だ。 


 彼女達は、“人類の守護者”と謳われる自分達を未だ興味深い実験動物を見るような眼差しで眺め続けている玲達に対し、理性ではなく本能から恐怖している。


 そう、正確に言えば2人は目を離さない・・・・のではなく、目を離せない・・・・のだ。


「ようやく終わったか、ジョージ」

「あんた遊び過ぎなのよ! まったく、次は私に譲りなさいよね!」


 久々にそれなりに動けたことに満足しているジョージのもとに4人がため息をつきながら近づいてくる。

「それにしても、ダロンを欺いたというから楽しみにしていたのだが――少々期待外れだったな」

「そうだねぇ。2人ともなんか能力、祝福ギフトだっけ? それと強さがなんかあってないというかちぐはぐな感じだ」

「――いい気になれるのも今のうちだ! 魔王!」


 言いたい放題の玲達にとうとう我慢できなくなったのか、それともこみ上げてくる根源的な防衛本能を振り払いたかったのか。

 オンスエルがなけなしの勇気を振り絞って吠えた。


 しかし言われた魔王達にとってその叫びは柳に風であり、帰ってきたのは5つの冷笑。


「君達の話ではあと10人いるそうだが、仮に全員まとめてかかってきたとしてもこの程度、我々5人の前ではなにひとつできないだろうよ。――“使徒”とかいう大層な名前がついておきながら随分と貧弱なものだ」


 玲はそう吐き捨てると身を翻す。


 ――ああ、自分達は舐められているとかいう以前に、そもそも敵として見られていなかったのか。


 玲達の様子をぼんやりと眺めていたセプトエルとオンスエルは改めてそれを思い知り、これからの人類の未来を思って更に絶望を深くする。


 そして彼らの意識はそのまま、首に落とされたジョージの手刀によって闇の中へと沈んでいった。


「ところでレイくん、あっちの術師さん達はどうするの?」

「無論全部持ち帰る・・・・。貴重なサンプルだからな」

 

 先程までの激闘が嘘だったかのように静まり返った草原。

 玲達はそこで帰り支度をしていた。

 痕跡を残さないよう地面にできたクレーターをならし、神官達を縛って虚空庫に放り込み、魔道具を選別する。

 全員で手分けしていたこともあり作業はあっという間に終わったのだった。

 

「そろそろ帰らないとあの子達がまた騒ぎ出すわよ、レイ!」

「ああ、そうだな。久しぶりに楽しい余興だった。皆、いいか?」

「オッケーだよ、レイくん。頼んだ」

「《上位集団転移》」


 それを合図に玲達の姿は掻き消える。


 涼しいそよ風が吹く夜の草原の上には相変わらず美しい星空が広がっていた。


 “2人の使徒が魔王の手に落ちる”という出来事など、ただの悪い夢であったかのように。

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魔王は桔梗に口づけを 仏蔵時雨 @hutukurasigure

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