魔王からは逃げられない

「「「誰だ!」」」

 神官達は一斉にそう叫ぶと素早く戦闘態勢をとる。中心にいた使徒2人も同様だ。

 彼らの顔に浮かんでいるのは驚愕。突然何もないところから5人もの正体不明の男女が使徒の持つ驚異的な索敵能力をかいくぐって現れたのだ、無理もないだろう。


「今はまだ、ただの旅人、とでも名乗っておこうか。そう警戒しないでもらえるとありがたいのだが」

 相手の練度の高さに内心感心しながら玲がそう答える。ペルケロイ神国の者達とは違い、玲達5人の表情にはどこか余裕が伺える。

 それきり玲は口を閉ざし、目の前の相手の観察を始めた。

 

 両者はしばらく無言で睨みあっていたがやがて焦れたのか、セプトエルが獲物を構えたまま目を離さずに口を開いた。

「それで、その旅人さんがわたしたちになんの用? もしかして遊んでくれるの?」

「それもいいが――今日は少々君達に訊きたいことがあってな、こうしてわざわざ足を運ばせてもらった」

「「訊きたいこと?」」


 玲の言葉に首を傾げる子供2人。

 その表情に邪気はない、純粋に疑問に感じている様子だ。

「ああ。そうだな、簡単に言えば、君達の強さの秘密――それを教えてくれるとありがたいのだが」

「「「!!」」」


 空気が変わった。

 神国の者達の玲達5人に対する警戒が増す――いや、跳ね上がったからだ。


 ――何者かはわからないが、目の前の相手は明らかに使徒のこと――おそらく祝福ギフトについてなにか知っている。神国が徹底的に情報規制を敷いているのにもかかわらず。

 実際、ペルケロイ神国の上層部を除けば、人々が使徒について知っているのはその存在、そして人類の守護者であるということくらいである。


 ――しかも、それだけではない。


 知っている上に、たった5人で使徒2人と50人規模の神国の上位神官達からなる隊を目の前にして余裕な態度を崩さない。

 これが単に圧倒的な戦力を目の前にして虚勢をはっている、というだけならばまだいい。

 しかし調査隊の者達にはどうしてもそうは思えなかった。


「君はすぐに本国に連絡を! 他の者達も戦闘準備、使徒様に合わせろ! 私は――」

 隊長は、目の前の相手は危険だと考え、とすぐに対処しようと動いた。的確かつ素早い指示を飛ばすその手際は見事なものであり、彼の判断力の高さを物語っている。


 ――まあ、すべては遅すぎたのだが。


「おっと、それをさせるわけにはいかないな――《次元封鎖》」

 玲が呟く。

 すると一瞬辺りの空間が歪み、カチリ、という乾いた音が響いた。


「《通信》が繋がりません、隊長!」

「《転移》も駄目です!」

「なぜだ! どうして失敗する!?」


「――それは私が封じたからだよ、諸君」

 慌てふためく神官達に玲から声がかかった。

 そして玲は、言っている意味が分からない、ときょとんとした顔を向けてくる彼らを見据えると両手を広げ堂々とした声で続ける。


「――魔王からは・・・・・逃げられない・・・・・・。常識だろう?」

 

 ――戦いの火蓋を切ったのはその言葉だった。


「魔王、つまり敵ね! なら遠慮はいらないね! いくよオンス!」

「わかった、セプト!」

 真っ先に2人の使徒が飛び出す。

 セプトエルの手には雷光の走る巨大な槌が、オンスエルの手には剃刀のように薄い、漆黒の短剣がそれぞれ握られている。

 どちらも他の神官達の持つ武器と比べて段違いの存在感を放っており、何か特別な装備であることが伺える。


「くらえ魔王!」

 霞むような速度で迫る2人に対し、玲達5人は棒立ちのままだ。

 それを見て、あまりの速さに反応できないのだろう、と得意げになった彼女たちの顔は次の瞬間に歪められた。 


「ふむ。百聞は一見に如かず。実際に見て学べ――君達はそう言いたいのかな?」


 ばちばち、という音と共に2人の振るった武器が白い光の壁に阻まれた。楓が法術で張った障壁だ。

 無詠唱化され威力が落ちているとはいえ第11位階、それも彼女の最も得意な術の1つだ。当然この程度ではびくともしない。

「なにこれ、ぼくたちの攻撃が!?」

「12武器を防ぐなんて!?」

「いや、確実にダメージは受けているはず! このまま押し切れば――」

 驚愕しつつも守りを打ち破ろうとさらに力を籠めるセプトエルとオンスエル。しかし、それは叶わない 。

「この世界に来てから受けた中で一番かも。――でも所詮は子供」

「なるほど、楓が言うならそうなのだろうが……。とりあえず、吹き飛べ。《無の波動》」

 玲が楓と話しながら片手間に放った衝撃波で2人を吹き飛ばしたからである。

 彼女達は数回地面を転がった後素早く立ち上がったものの、その表情は優れない。

 

 使徒である2人は、それまで“人類の守護者”と言われて人々に称えられ、頼られ、そして恐れられてきた。

 そして使徒であることに強い誇りを持っており、悪しき者達に負けることのないよう常に厳しい鍛錬を耐え抜いてきた。

 にもかかわらず今この時、“魔王”を名乗る存在から文字通り子供をあしらうかのような扱いを受けている――彼女達の自尊心が傷つくのも当然だ。


「今だ、総員放て!」

 と、そこに周りの神官達から一斉に放たれる術の数々。その系統や属性にはまとまりがない、玲達の弱点を探っているのだろう。

 しかし、いくらペルケロイ神国が誇る高位神官といえど、十全に使いこなせるのは精々第4位階。なんとか第5位階を放てる、という者もちらほらいたが。

 その程度・・・・で超越者たる魔王の守りを抜くことなどできなかった。


 彼が軽く手を振ったかと思うとすべての魔術、法術は掻き消える。本当はわざわざ消す必要すらなかったが、演出である。相手の心を完全にへし折るための。


「少し外野がうるさいな……ダロン、頼む」

「了解、魔王様」

 そうおどけたダロンは空中に一張りの漆黒の短弓を取り出し、それに透明のまるでガラス細工のような美しい矢を一本つがえるとおもむろに真上に射った。

 神官達が気をとられ動きを止めている間に矢は一直線に飛んでいき、最高点に達すると突如、弾けた。

 そしてそのまま無数に分裂したかと思うと、周りの者達に矢の雨を浴びせ始める。


 慌てて障壁を張って防ごうとする神官達だが時すでに遅し、次々に全身を貫かれ倒れていった。

 なんとか張り終えた者もいたが、矢は関係ないとばかりに障壁を抜けていく。

 

 なぜなら、この矢はダロンが作成し常に携帯している自慢の道具のひとつであり、魔力を中和する性質を持つ特殊な矢である。

 防ごうと思っても、玲や楓レベルの術師ならばともかく生半可な魔力量、技量で張られた障壁など消え去り、突き破られてしまうのだ。


「――よし、終わったよレイくん。一応急所は外しておいたから生きてると思うけど」

「ありがとう、ダロン」

 そうして10分もしないうちに2人の使徒を除くすべての神官が地に伏すことになった。

 皆痛みにうめき声をあげているが、ダロンの言う通り死んでいる者はいないようだ。


「おにーさんたち、何者なの? いくらなんでも強すぎるよ」

 全身に傷を負ってはいるものの何とかすべて耐えきった使徒達がこぼす。

 第4位階を使いこなすだけでなく、完璧な連携を繰り出す50人もの術師の集団。

 それをたった一撃で殲滅する、それも殺さないよう手加減したうえで。

 使徒である彼女達にも非常に難しい芸当である。

 2人は、そのような非常識な存在がこの世界に潜んでいたことが信じられず、これは夢だ、と笑い飛ばしたい気分だった。

「だから言っただろう? ――“魔王”だと。それよりも私達に強さの秘密を喋ってくれる気になったか?」

「いやだね! セプトエル、やろう。出し惜しみしている場合じゃないみたい」

「ここは逃げた方がいいんじゃない? オンスの祝福ギフトなら――」

祝福ギフト? ほう、君達のその能力は祝福ギフトというのか」

 思わずセプトが口にした言葉を拾った玲はほくそ笑む。

「あ――」

「セプトのばか! ――とにかくやろう、このひとたちは危険すぎる。倒すとは言わなくてもぼくたちが少しでも傷をつけておかないと」

「わかった、わたしも覚悟決めたよ!」

 

 2人がお互いの顔を見ながら力強く頷いた後。

 急に一瞬2人から純白の光が放たれたと思うと、次の瞬間セプトエルの体には余すことなく金色の奇妙な文様が浮かび上がり、オンスエルの姿は忽然と消え去った。

「なるほど、実際に実演してくれるのか。これはありがたい」


 玲達が笑ったのを見たセプトエルは一拍、大きく息を吐く。

 そして手に持った槌を更に巨大化させ、高く飛び上がった。


「――さて、第2ラウンドといこうじゃないか。ペルケロイ神国の使徒とやら」


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