Ⅵ
翌日、優衣は本屋の事務室で、馨から事件の全貌と、絵理華の経過について聞かされた。そこにクラウンはいない。
「そういうわけで、絵理華もその仲間も、今まで通りってことはないだろう」
馨は話をそう締めくくった。
「倉庫の中で思ったんですけど」
黙って馨の話を聞いていた優衣が口を開いた。
「いろんな人が書いて、馨兄さんが売って、わたしが読んでる本って、何の力もないんですね」
馨は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに普段の表情に戻した。
「無駄にはならないと思うぞ」
「無駄とか無意味とか、そういうことじゃないんです。無意味だとわかっていたって、わたしは本を読みます。意味を求めなくていいんです」
一拍の間をおいて、優衣は力を込めていった。
「わたしは本が大好きだから」
「そうか」
何かの意味を求めて読むわけではない。何かの力になると思って読むわけではない。ただ読みたいから読んでいただけだという、ごく当然のことに、優衣はやっと気がついた。
――当たり前かもしれないけれど。
当たり前なのに気づいていなかったことが、優衣にはもう一つあった。昨日の夜、それに気が付いた。
「わたしの味方は、クラウンだけじゃなかった」
優衣は誰にも聞こえないように、下を向いて呟いた。
昨日、絵理華を襲った後に去っていったクラウンは、優衣のもとに帰ってこなかった。あの時、優衣はクラウンの声を聞いた気がした。
――君にはもう僕は必要ない。君には味方がいる。
クラウンは優衣にそう告げて、優衣のもとを去っていった。
「ん、何か言ったか?」
「いえ、何でもないです」
優衣の味方は、クラウン、馨、探せば他にもたくさんいる。
絵理華にも気付いてほしかった。
両親に見放され、彩乃からも見捨てられたという絵理華。でも、彼女の周りには、協力する生徒がたくさんいた。それに気づいていれば、彼女の苦しみも少しは和らいだのに。
「お前は人を恨まないんだな」
「……わたしの考えてることがわかったんですか」
「あんな目に遭わされたのに、愚痴一つこぼしてないだろう」
どうやら、考えていることが読めたというわけではないようだ。
「きっと、恨むことを忘れたんです」
長い間いじめを受けてきたから。
「そのほうが生きていくには便利だろう」
「そうですね」
馨はそんな優衣を見て、一つの提案を思いついた。
「優衣、中学を卒業したら、ここでアルバイトとして働かないか」
優衣はその言葉を聞いて、少し考え、首を横に振った。しかし、その表情は拒否のそれではなかった。
「わたしは進学校に行って、大学に行って、ちゃんと勉強します」
優衣は、自分の将来を描いていた。
「それで、この店で本を売る方法を考えるんです。わたしの大好きな本を、もっとたくさんの人に読んでもらいたいから」
「それが、優衣の夢か」
「目標です」
優衣の目は、輝いていた。
◆ ◆ ◆
――そこで夢を、いや、目標を語った少女はやがて、この本屋に大きな魔法をかけることになる。
――しかし、それはまた別の話だ。
星夜の街へ 蒼月 @sougetsu-blackcat
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