翌日、優衣は本屋の事務室で、馨から事件の全貌と、絵理華の経過について聞かされた。そこにクラウンはいない。

「そういうわけで、絵理華もその仲間も、今まで通りってことはないだろう」

 馨は話をそう締めくくった。

「倉庫の中で思ったんですけど」

 黙って馨の話を聞いていた優衣が口を開いた。

「いろんな人が書いて、馨兄さんが売って、わたしが読んでる本って、何の力もないんですね」

 馨は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに普段の表情に戻した。

「無駄にはならないと思うぞ」

「無駄とか無意味とか、そういうことじゃないんです。無意味だとわかっていたって、わたしは本を読みます。意味を求めなくていいんです」

 一拍の間をおいて、優衣は力を込めていった。

「わたしは本が大好きだから」

「そうか」

 何かの意味を求めて読むわけではない。何かの力になると思って読むわけではない。ただ読みたいから読んでいただけだという、ごく当然のことに、優衣はやっと気がついた。

 ――当たり前かもしれないけれど。

 当たり前なのに気づいていなかったことが、優衣にはもう一つあった。昨日の夜、それに気が付いた。

「わたしの味方は、クラウンだけじゃなかった」

 優衣は誰にも聞こえないように、下を向いて呟いた。

 昨日、絵理華を襲った後に去っていったクラウンは、優衣のもとに帰ってこなかった。あの時、優衣はクラウンの声を聞いた気がした。

 ――君にはもう僕は必要ない。君には味方がいる。

 クラウンは優衣にそう告げて、優衣のもとを去っていった。

「ん、何か言ったか?」

「いえ、何でもないです」

 優衣の味方は、クラウン、馨、探せば他にもたくさんいる。

 絵理華にも気付いてほしかった。

 両親に見放され、彩乃からも見捨てられたという絵理華。でも、彼女の周りには、協力する生徒がたくさんいた。それに気づいていれば、彼女の苦しみも少しは和らいだのに。

「お前は人を恨まないんだな」

「……わたしの考えてることがわかったんですか」

「あんな目に遭わされたのに、愚痴一つこぼしてないだろう」

 どうやら、考えていることが読めたというわけではないようだ。

「きっと、恨むことを忘れたんです」

 長い間いじめを受けてきたから。

「そのほうが生きていくには便利だろう」

「そうですね」

 馨はそんな優衣を見て、一つの提案を思いついた。

「優衣、中学を卒業したら、ここでアルバイトとして働かないか」

 優衣はその言葉を聞いて、少し考え、首を横に振った。しかし、その表情は拒否のそれではなかった。

「わたしは進学校に行って、大学に行って、ちゃんと勉強します」

 優衣は、自分の将来を描いていた。

「それで、この店で本を売る方法を考えるんです。わたしの大好きな本を、もっとたくさんの人に読んでもらいたいから」

「それが、優衣の夢か」

「目標です」

 優衣の目は、輝いていた。


   ◆ ◆ ◆


 ――そこで夢を、いや、目標を語った少女はやがて、この本屋に大きな魔法をかけることになる。


 ――しかし、それはまた別の話だ。

       

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星夜の街へ 蒼月 @sougetsu-blackcat

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