アンチ・メサイア

 ごらん、テレビではたくさんの悪事と不幸が映されていて、これが世界ってやつだよ。高層ビルから肉の果実が落ちて弾けたとき、人生はくそくらえだっていう真理をニュートンが悟った。


 ありふれた悲喜劇が上演されつくされていて、それらを横目に素通りして満員電車に乗る毎日だ。クリアな現実感を求めている。源泉徴収やCtrl+Cや冷蔵庫で眠る賞味期限の切れた卵が構築していく現実。クリアな現実感を求めている。それはとてもよくできているからきっと偽物にしかならない。


 救世主がいれば、就職氷河期世代の貧困も閉鎖病棟いるうつ病患者の憂鬱も実父にレイプされている中学生だって救えるんだろう。とても素晴らしいからさっさと出てこいよ。人生にへばりついた絶望をはがすには食器洗い洗剤じゃ足りないんだ。ねえねえ、救世主の到着はまだですか。目覚まし時計は金づちで叩き割られてとっくの昔に使えない。だけど必ず来てくれるって祈っている。


 ごらん、そこの528番のディスプレイに映っているのが君の人生パターンだ。強姦もされなければ通り魔にもならない平凡な人生だ。よかったね。だから君の人生に救世主は来ない。どんなに母親に怒鳴られてもどんなに失恋がつらくてもどんなに仕事が苦しくても救世主は来ないよ。


 なんでもない夜。死にたくなるほど死にたい夜。きっと君を救ってくれるのは友人のなにげない一言や消費社会に流れるありふれた音楽なんだろうね。救世主は来ない。それでいいじゃないか。私たちを救うのは、私たち凡人だよ。

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