望むもの
2人が果物を食べ終わると、目覚めたパルから、交信があった。それは、ただちに密航者カルを排除し、目的地までの水と空気、船体エネルギー、そして食料の保全を求めるものだった。
エイが口を開く。
「カルを、生かそう」
エイの言葉にビイは驚く。胸はドキドキとして、緊張で苦しくなる。きっとエイも、ビイと同じような疑問を抱いたのだ。
「でも、エイ。どうやって? カルと一緒なら、目的地に着くまでに、何もかも足りなくなるって、パルが試算してる。誰も生き残れないって、言ってるのに」
パルの計算によると、2人なら、燃料なども節約し、一か月の航行を許す資源が残っている。だが、想定外のダメージが効いて、3人であれば2週間だと、パルは言うのだ。
エイもビイと同じように、パルの報告を聞いていた。もし、パルの言うことを信じるなら、そして、テセウスまでの正確な距離を知っているのもパルならば、これを無視することはありえない。
エイは言う。
「ビイ、僕たちはもう、パルの示した道を、踏み外してる。ここは、宇宙船アルミナの中。僕たちは、パルを信じることでしか生きてこなかったし、ゆくゆくは、パルの中で眠るのだと思ってきた。でも、違うんだよ。僕たちは目的地に向かう。カルの話を聞こうと言った時、ビイも反対しなかった。パルも、無理に殺せと言わなかった。
なんでだろう? だって、カルはパルを傷つけ、パルの子どもだと言いながら、悪意を向けた。僕たちは、大事な友人を傷付けた人を、許せないよ。でもだから、殺すんだろうか? 確かに、拘束を解いて自由にしたら、カルは僕たちを襲うかもしれない。危険だから、すなわち、僕たちに危害を加えるかもしれないから、殺すんだろうか? それは誰が決めたの? パルが決めたの? ビイは、どう思う?」
ビイは下唇を噛んで、カルに銃を向けたときのことを思い出す。
「私は、エイが危ないかもしれない、殺されるかもしれないと思ったら、怖くなった。そうね、怖いのは ”カルそのもの” じゃないの。私はエイが大事。エイを失うのが怖いの。だから、カルが生きていることが、すぐさま、エイの死に結びつくという『等式』が成り立つので無ければ、そもそも、殺す必要なんてないの」
ビイの言葉に、エイは肯く。
「僕もだ。ビイが怖がらず、僕の傍にいてくれたら、それでいいと思う。カルは、僕たちの遺伝学的父親だけど、僕たちが嫌いみたいだ。ビイ、僕たちは遺伝子のつながりだけじゃなくて、互いが好きだよね。それは短くとも、一緒に過ごしてきた時間のせいだ。だからカルも、もしかしたらだけど、生きていたら、僕たちにとって、大事な存在になるかもしれない。テセウスでの暮らしは、どんなものか分からないから」
アルミナの飛行速度が、機関部の深刻な故障のため、遅くなっている。そのため、テセウスまでかかる時間を、パルは1か月と計算し直した。エイとビイは、パルの計算が正しいか検証する。いっしょに船内の食料や水、酸素濃度の管理状況も、確認する。
2人が採れる手段は一つだった。
“テセウスの外惑星コロニーが、近くにある”
“小型の調査船が、まだ使える”
300年前には存在しなかったテセウスの”領域”は、パルの視界にあった。正式な窓口ではないものの、とにかくそこへ漕ぎ着けることが出来れば、この船の状況も伝えられる。内部が半壊しているアルミナと、システム上、直接連結していない小型船は、まったくの無事だった。ビイは、エイに静かな声で尋ねる。
「何日分載せる?」
エイは、少し迷った後、「3日」と答えた。ビイは決心したように深く頷き、「2人の3日分」と、言い直す。
エイとビイのやりとりを、パルは頭上から見守っている。それが2人の選択なら、そのための準備をしなくてはならない。
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