Ⅲ. CAL-カル-
惑星テセウス
この長い船旅の目的地であるテセウスからの知らせを、カルは、相棒のカルナと一緒に聞いた。今、エイとビイが座っていた場所に、かつてのカルとカルナがいた。ただし、カルは21歳と3カ月、カルナは20歳と7カ月。パルのゆりかご、すなわち実験プールの中から目覚めて、6年が経っていた。
パルの課した試験をいくつもパスし、2人は間もなく、パルの保管庫へ、眠りに就く予定だった。
「それは、パル。どういうことだ?」
カルが訊き返したので、パルは短く答えた。
「”生体出産” によって創出された人類のみ、受け入れるという意味です」
パルの説明で、2人はようやく人類史の授業を思い出した。カルナは言う。
「でもそれは、母体にあまりに多くの負荷と危険が伴うため、はるか昔に禁止された文化だと教えられました。それに今は、パルによる人工授精と、遺伝子配列の調整、もしくは受精卵そのものを、パルが創出している。私たちも、その成功例の一つです。それをなぜ今更、旧時代の、それも既に廃棄された方法である、生体出産なんて」
テセウスからのメッセージが届いたとき、2人は思いがけない幸運が訪れたと思った。
保管庫で眠る、他の保証書付き”人類”より先んじて、彼らが、新たな大地を目にする。それは味わったことの無い興奮と共に、現実になるはずだったのだ。
しかし、パルの説明によれば、受け入れの資格があるのは、未だ存在しない彼らの『子ども』だけである。もしその子どもが産まれれば、彼らも『親』として、在留資格が与えられる可能性はあるが、絶対ではない。カルは、納得のいかない、という顔でパルに言った。
「俺たちの子ども、と言うが、それは俺たちの生殖細胞を使って、パルが受精卵を生成する。もちろんその過程で、先天的な病や、望ましくない因子は排除されて、カルナに生体移植しても、安全なものにするんだよな」
パルは、カルの理解を一部訂正する。パルの行うのは、あくまで自然生殖に似せた形での、受精卵の生成であり、遺伝子検査や調整は一切行わない、というものだった。
カルは唖然として、同じように言葉を失っているカルナを見る。どう考えても危険行為だ。
「パル、教えてくれ。俺たちは、テセウスの高知能生命体に近付けるよう、100年以上かけて、改良されてきた人類サンプルだ。テセウスでは、生体出産が普通なのか? それなら分からなくもないが」
カルの質問に、パルは長い沈黙をかけて、ようやくテセウスの現在の生殖文化を、ライブラリにインストールし、二人に説明した。
パルの説明の後、カルナが苦しそうに咳をし、こう言った。
「じゃあ、テセウスではもう、AIを介した生体の育成自体が禁止されてしまった上に、新たな命の創出は、惑星レベルではもう、推進されていない、ということなのですね」
カルナの意気消沈した声に、カルはたまらず立ち上がり、腕組みをして、こう言い放った。
「はるか3世紀もかけて宇宙を飛んできた人類を、受け入れてやるだけでも、マシだと思え。受け入れるなら、自分たちの基準に合わせろってか。まぁ、最初からそういう約束だったわけだが」
思わぬ形で、生存を脅かされている。2人がそんな感覚を抱いたのは、生まれて初めてのことである。
カルは、カルナと目を合わせることなく、部屋から出ていき、残されたカルナは一人、救いを求めるように頭上を見上げた。
「パル、私の身体は、生体出産に耐えられる?」
時間を措かず、パルは『成功率5%』と、答える。カルナは一瞬、息を止めた。その数字の意味するところが分かったのだ。
カルナは膝の上で手を組み合わせ、祈るように言った。
「もし貴方が、これを、私の身体の自然だと言うなら、私も、そう信じることにする。だって、分からないのよ。知識として知っている限りでは、生体出産は、あまりに危険かつ、非合理的なものだとして、歴史に否定された。でも、テセウスはそうじゃないのよね。
それどころか、パル。テセウスは貴方の存在を否定した。私たちは貴方によって、生み出された。だから、カルのいる場所で、貴方は”出産”という希望を示したけど、本当はただ、私たちに資格が無いと言うだけでも、良かったはず。ねぇ、そうでしょう?」
パルは、カルナの感情を読み取り、答えた。
『私のやってきたことは、間違いだったと、言われたのです。私が育てた”人類”は、受け入れられないと言われた。けれどカルナ、あなたに罪はない。他のどの子どもたちも、こんな結果を望んでいなかった。
私が今できることは、わずかな希望でも、可能性があれば試すこと。カルナ、あなたが選択しなければならない。私が決めることはもう、出来ないのです』
パルの言葉に、カルナは心を決めた。
「分かったわ。可能性に賭けることにする」
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