ヨシミサン

@zalthor

おはなし

ねぇねぇ、君は「ヨシミサン」って知ってる?

いわゆる”都市伝説”の1つなんだけどさ…


え?知らない?

そりゃあそうだよ。

だって僕が今作った話だし。



僕の名前は寺田 健一郎(てらだ けんいちろう)。小学3年生!

勉強もスポーツも自信はないけど、語りの上手さには自信がある。


「で、その『ヨシミサン』を呼び出す方法なんだけどさ…」

僕の神妙な顔つきと語り口に、話を聞く2人のツバを飲み込む音が聞こえる。


「用意するのは自分の髪の毛と折り紙と尖った針みたいなもの。あと、家の電気は全て消しておく。まず折り紙で人形を折る。その時自分の髪の毛を折り紙の中に織り込む」


「…それで?」


恐怖半分、好奇心半分に聞き返してくるのは宮木 聡(みやぎ さとる)。

一言で言えば質実剛健。まぁ僕とは真逆のタイプだ。

真面目な奴で、僕の作り話をいつも真面目に聞いてくれる。


「そして、折り紙の人形のお腹に針を刺す。針って言うのは、お裁縫に使う針でもいいし、名札の安全ピンでもいいし、つまようじとかでもいいんだけど…」


「も…もう止めようよ…」

止めようよ、と言いつつ僕の話から耳を離せないこの女の子は神内 紗世(かみうち さよ)ちゃん。

この子も僕の言う事をいつも真面目に信じては笑って驚いて怖がってくれる、いい子だ。


「で、なんでもいいから尖ったもので折り紙の人形を刺す。そして、それをライターとかガスコンロで燃やす」


「その後、トイレに行って『ヨシミサンいらっしゃい』って3回唱えると…」


「唱えると…?」


恐る恐る聞き返す2人。

僕は思いっきり息を吸い込み…


「便器の中からヨシミサンの手が!!」


「イヤーーーッ!!!」

僕が叫ぶと同時に耳を抑えてうずくまる紗世ちゃん。

そんな彼女の肩に手を置き、耳元で囁く。


「紗世ちゃんも気を付けた方がいいよ。夜、トイレに行って便器の蓋を開けたら…中でヨシミサンが呼び出されるのを待ってるかも」


「や、やめてよーっ!!」

涙目で耳元から僕の顔を押し返す紗世ちゃん。


「全く、お前、毎回毎回どこからそういう話を仕入れてくるんだよ…」

聡はもはや呆れ顔だ。


「ウチのばあちゃんがお寺で働いててさ。たまに、酷い死に方をした人の葬式とかをやるとこの世に怨念が残ってて危険だからって教えてくれるんだ」

ウソだ。


「…なんでも、ヨシミサンは便器に顔を突っ込まれて窒息死させられた人らしいよ」

もちろん、これもウソ。


どう?僕の語り口の上手さ。

こんな感じでいつも作り話で皆を楽しませているんだ。




上手いこと話が終わったところで教室の扉が開き、先生が入ってきた。

先生の後ろには見知らぬ女の子が。


見知らぬ女の子、とは言ってもその子の正体は大方想像がついていた。

数日前から「転校生が来る」という噂がどこからともなく聞こえてきていたからだ。


「はーいみんな静かに!」

教壇で先生がパンパンと手を叩く。


今日からこのクラスに新しいお友達が加わります。ツナカさん、自己紹介を」

先生の後ろに着いてきた『ツナカさん』と呼ばれた女の子は、最初に軽く一礼すると黒板に自分の名前を書き出した。


津中 芳美…


「ツナカ ヨシミです。宜しくお願いします」


名前を聞いた瞬間、背筋がジーンとした。

紗世ちゃんの方を見ると、頬を一筋の汗が伝っていた。


「席は、神内の隣が空いてるな。そこに座りなさい」

先生の言葉に、紗世ちゃんの顔は明らかに引きつっていた。




「芳美ちゃん芳美ちゃん!」

休み時間になると僕は早速芳美ちゃんに声をかけた。

さっきの僕の話のせいで、紗世ちゃんが芳美ちゃんと話しづらくなってたら申し訳ないからね。


「僕、寺田健一郎!よろしく!」

「寺田君ね。私、津中芳美!よろしくね!」

僕が作ったヨシミサンとのイメージとはかけ離れた、笑顔が素敵な少女だ。


「あ、あの…津中、さん、よろしくね」

僕が話しかけたことで紗世ちゃんがようやく話しかける。

やはり、顔は引きつっている。


「紗世もヨシミサンの話を気にしすぎだって」

いつの間にか聡も隣に来ていた。


「ヨシミサン?なんの話?私にも教えてよ~!」

少し話した感じだが、この芳美ちゃん、明るく物怖じしない性格だと僕は判断した。

先ほどの話をしても、問題はないだろう。


「いや、さっきね?ここら辺に伝わる都市伝説の話をしててね。それが『ヨシミサン』って言うんだけど」

「えー!私と同じ名前じゃん!そんな話聞いたことなーい!」

予想通り、気分を害する風ではなさそうだ。


「そのヨシミサンを呼び出す方法なんだけど、自分の髪の毛を折り紙の人形に織り込んで、それを…」

僕が得意げに話を始めると、途中で芳美ちゃんが手を挙げてそれを制した。

「あ、それって『ひとりかくれんぼ』みたいなやつ?」


芳美ちゃんの一言に今度は僕の顔が引きつった。

この「ヨシミサン」の話を作るのに参考にした、もといパクった元の話があっさりと出てきたからだ。


「私たちの地方でも有名だったよ!こっちでは髪の毛じゃなくて爪だったけど…それから家の電気を消して、お風呂場に行って、『○○見つけた』って言うんだよね!」



家の電気を消す…完全一致

お風呂場に行く…トイレに行く、と酷似

『○○見つけた』と言う…『ヨシミサンいらっしゃい』と言う、と酷似

ここまで一致すれば、紗世ちゃんも、聡も、僕が「ひとりかくれんぼ」を元に作り話をした、と想像するのは容易だったようで。


「…健ちゃん」

「健一郎…」

紗世ちゃんと聡が冷たい目でこっちを見ている。


「ちっ…違うよ!ヨシミサンはヨシミサンだよ!全然別の話!」


「そうか~?」

聡がニヤニヤしながらこっちを見ている。


「うそだー」

さっきまであんなに怖がっていた紗世ちゃんですら、まるで怖がっていない。


「だ、大体そのひとりかくれんぼってなんだよ!そんなんで本当に幽霊が出てくんのかよ!」

「芳美ちゃんは『ひとりかくれんぼ』で幽霊が出てくるなんて一言も言ってないだろ?」


聡の鋭い指摘に僕の顔は真っ赤になった。

「わーーーーーっ!!分かったよ!じゃぁ僕の家で試してみようよ!!」

思わず叫んでしまう僕。


「え?よくわかんないけど面白そー!私も行くー!」

なぜ僕がこんなにオロオロしてるのか分かってない芳美ちゃん。


「へー、面白いじゃん」

相変わらず僕を疑いの目で見ている聡。


「私も興味あるなー」

既に恐怖ゲージが下がりすぎて好奇心の方が上になってしまった紗世ちゃん。



かくして、この4人でヨシミサンを呼び出すことになったのであった。

…ヨシミさんなんてさっき僕が即興で作ったお話なのに。



数日後。

今週の土日は祖父の家に泊まりに行く、と言っていた両親に

「一人で留守番をしてみたい」

と申し出た。


母は少し心配していたが、父が「男の子ってそういうもんだよ」とあっさり許可をしてくれた。


ただし、料理するにしても火は使わないこと、出かける時、寝る時にはちゃんと鍵をかけること、寝る前には一回電話すること、の条件付き。

…寝る前の鍵と電話はともかく、火は使わなきゃいけないんだけど…どうせバレないだろうと言う事で、「わかった、約束する」と両親を送り出した。




夜も更けてきて、午後11時。

「お泊り会なんてワクワクするね!」

「よーし、じゃぁ早速始めようか」

「本当に出るのかなあ」

芳美ちゃん、紗世ちゃん、聡の3人は僕の家のリビングに集結していた。

3人とも、今日はお泊り会があると両親に説明して来たようだ。

もっとも、僕の家に両親がいないことと、都市伝説の実験をすることは3人とも両親には黙っていたそうだけど。


「…ところでさ」

芳美ちゃんが口を開く。

「その『ヨシミサン』って何時ごろ呼び出せるの?」


「え?」

不意を衝く質問。

「例えば、ひとりかくれんぼは午前3時って決まってるんだけど」


そこまでの設定は作りこんでいなかった。

と、言うか芳美ちゃんがひとりかくれんぼの設定を覚えすぎだ。


「え、えっと…暗くなったら」

「具体的には?」

「じゅ、11時だよ!夜の11時!」


紗世ちゃんも聡も、完全に僕が今思いついたままに言っていると思っている。

…実際そうだ。


「だ、だから、もうヨシミサンは呼び出せる!今からやるぞ!」

取り繕うように準備していたものを出す。

折り紙、バーベキューの串、あと…


ブチッ

「痛っ」

僕の髪の毛を抜く。


「これを人形にするんだね?」

ふと見ると、芳美ちゃんが既に折り紙で人形を作っていた。

上半身と下半身が分かれるタイプの折り紙人形。


…なぜ赤色の折り紙を選んだのか?

なぜその赤色が内側に来るように折ったのか?

故意なのか偶然なのかはわからないが、上半身と下半身に分かれた人形と、その接合面が赤色だというのが無駄に雰囲気を盛り上げている。


「ほら、髪の毛入れて?」

芳美ちゃんが僕に人形の下半身を差し出す。


「……」


ヨシミサンは完全な作り話。

これに僕の髪の毛を入れて、燃やした所で、何も起こるわけがない。

そう思っていても、どうしても躊躇してしまう。


「…どうしたの?」

紗世ちゃんが不思議そうにこっちを見ている。


「おっ、いいねー。雰囲気でるねー」

聡はもう完全にバカにしている。


「分かったよ!やるよ!」

僕は勢いに任せて折り紙に抜いた髪の毛を入れ、バーベキューの串で刺した。


「どうなっても知らないぞ!」

台所に走っていき、ガスコンロの火をつける。

勢いのまま人形を火であぶろうとしたが、さすがにそこで手が止まる。

が、聡と目が合い、やはり勢いに任せて人形をガスコンロの火に近づける。


人形に火が付き、少しずつ黒い灰となりハラハラとガスコンロに落ちていく。

少しすると、髪の毛が燃える臭いが漂ってきた。


臭い。

台所から離れて僕を見ている3人も、顔をしかめている。

数本を燃やしただけなのに、部屋中に匂いが届いているようだった。


人形は、ほんの十数秒で串から落ちた。

燃えずに残っている部分もあるが、僕はコンロの火を切った。


「次は、トイレに行って、『ヨシミサンいらっしゃい』って3回唱えるんだよね?」

芳美ちゃんがトイレの方を指刺す。

よくもまぁ、ちょっと話しただけの作り話の設定をそこまで覚えているものだ、と逆に感心してしまう。

もはや自分と名前が被ってることなど気にしていないようだ。


芳美ちゃんを先頭に、僕らはトイレに向かった。

トイレの中は真っ暗だ。

月の出てる方角とは真逆の方角に窓が1つあるだけだから仕方ないのだが…

それよりも、狭いトイレの中に4人が入ると蒸し暑さの方が気になる。


「…じゃぁ、健一郎、呪文、唱えろよ」

聡がせっつく。

僕も、こんなのはさっさと終わらせたい。


「じゃぁ、言うぞ…」




「ヨシミサンいらっしゃい」

「ヨシミサンいらっしゃい」

「ヨシミサンいらっしゃい」


「……」


当然、何も起こらない。

何も起きないまま、10秒、20秒、1分が過ぎた。


「…で?便器の中からヨシミサンの手が出てくるんだっけ?」

待ちきれなくなった聡が呟く。


「具体的に、何秒後に出てくるの?」

紗世ちゃんも呟く。


「そ…それは…その…」

完全な作り話なのだから出てくるはずがない。

と、いうかこの手の都市伝説なんて全部嘘じゃないか。

芳美ちゃんが言ってた「ひとりかくれんぼ」とやらをやったって同じ結末に至ったに違いないじゃないか。




「…ん?」

ふと覚える違和感。


「あれ?芳美ちゃんは?」

先ほどまでギュウギュウ詰めだったトイレに、幾分かのスペースができている気がした。


「またまた、芳美、どこいんだよ」

聡が語りかけるが、返事はない。


「…芳美ちゃん?」

紗世ちゃんが不安そうに語りかけても返事はない。


「う、うそだろ!?おい、芳美ちゃ――」


声が出ない。

聡と、紗世ちゃんと、交互に目が合う。

表情から、2人とも今僕と同じ状況なのだ、と本能的に分かった。


―何か、異常に冷たいものが、足首を掴んでいる―


「あ、あ、足首、に…」

「つ、冷たい、もの、がッ…!」

紗世ちゃんと聡が必死に今の状況を僕に伝えようとする。


今更だが、ヨシミサンは僕の作り話だ。

僕の中では、ヨシミさんは人間の姿だ。

当然、手は2本だ。3人の足首を同時に掴んだりはできない。

い、いや、そもそもヨシミさんなんてのは作り話で、手が2本だとか、3人の足首は掴めないとか、そんなことを考えること自体意味がなくって…


思考に現実感がなくなる。

逃げなきゃ、とも思うが、脚がガクガク震えて動かない。

恐る恐る足元を見る。

が、誰もいない。足首を掴む手などない。それでも、足首は未だに異常な冷たさに包まれている。


完全にパニック状態になった僕。

顔を上げた瞬間、今度は頬に冷たいものがペトリ、と…




「あ」

目の前に立っている芳美ちゃんと目が合った。

その両手には、冷却ジェルシート。


「にゃはは、見つかっちゃった」

芳美ちゃんがポリポリと頭を掻く。


「お前、ふっざけんなよ!!」

聡が足首からシートをベリっと剥がしペチっと床に叩きつける。


「し、死ぬかと思った…」

紗世ちゃんがヘナヘナとしゃがみこむ。

なるほど、この暗がり、しゃがみこんでタンクの陰にでも隠れればもうどこにいるかなんて分からない。


「はー、面白かった。みんなガタガタ脚が震えてるんだもん!ま、都市伝説なんてこんなもんでしょ?」


真っ暗な中、芳美ちゃんが僕にウィンクした気がした。

幽霊が出てこなくてインチキ呼ばわりされるであろう僕への批判を逸らすために芳美ちゃんが一芝居打ってくれたのだ、と好意的に解釈することにした。


「…じゃ、ヨシミさんが出なかったのは残念だけど、ここらへんで」




ドンッ


「…え?」

二階から物音がした。


ギシ…ギシ…


物音は足音に代わる。

誰かが2階に…いる。

いるというか、今出現した、といった感じだ。


「…よ、芳美ちゃん?」

これもイタズラの一環なのではないかと芳美ちゃんの方を見る。


「え、ち、違うよ?大体私今日が初めて健一郎君の家だし、2階に1回も行ってないでしょ?」

確かにその通りだ。と、すると…


「…まさか」

「…なんだよ?」

完全な作り話だった「ヨシミサン」は僕の中で急速に現実として形を作り始めていた。


「…この家、2階にもトイレあるんだけど」

「~~~ッ!!」


キャーーーーーーーーーーーーッ!!


と叫ぼうとする紗世ちゃんの口を芳美ちゃんが咄嗟に塞いだ。

階段の方から光が漏れてきたからだ。


誰かが、2階の廊下の電気を点けた…?

足音だけなら気のせいで済ませられたが、こうなると、

『誰かが2階にいて、何かを探している』

これが事実だ。


(声出したら気付かれる!)

紗世ちゃんの口を強く塞いだまま芳美ちゃんが声を殺して叫ぶ。


僕らがオロオロしている間に、階段の方から漏れる光は強くなる。

どうやら、2階の全ての部屋の電気を点けて回っているようだ。

やはり、何かを…いや、誰かを探している…?


僕たちは誰が言うでもなく、トイレの隣の洗面所に逃げ込んだ。


(ど…どうすんだよ!!)

聡が僕の肩を掴んで揺さぶる。


(ど、どうすんだよって言われても…)

…完全な作り話から、本物の幽霊が出てくるなんて考えてもみなかった。


(…ヨシミサンって、何か弱点みたいなものはないの?)

声を抑えてシクシクと泣いている紗世ちゃんの背中を撫でながら芳美ちゃんが僕に向かって聞く。

(ドラキュラならニンニク、口裂け女ならべっこう飴…どんな怪物にだって弱点はあるものでしょ?)


(そ…そうだよ!ヨシミサンは嘘だって疑ったのは謝るから…ヨシミサンの弱点を教えてよ!)

紗世ちゃんの表情がパッと明るくなり、僕の方を見つめる。

が、そんなこと言われても、そこまでの設定は考えていない。


「え、えっと…」

僕がオロオロしていると、


ギシ…ギシ…


…足音が近づいてくる。

この音は、階段を下りてきている音だ。




(は、早く!早く教えろよ!)

聡が僕を急かすが、ないものはない。


ふと、洗面台に置きっぱなしになっているドライヤーが目に入った。

(そ、そうだ!ヨシミサンは熱に弱いんだ!)

もはや、僕の頭の中では嘘と現実と作り話と願望がごっちゃになって、何が本当なのかわからなくなっていた。

とにかく、作り話でもなんでもいいから安心が欲しかった。


(よ、ヨシミさんはドライヤーの熱で撃退できる!!)

(ほっ…本当だろうな!?作り話じゃないだろうな!?)

聡が疑いの眼差しで僕を見る。

しつこいようだが、ヨシミサン自体が作り話なのだから、弱点も当然作り話だ。


(今そんな議論しても意味ないでしょ!今は健一郎君を信じましょう)

聡の頭をペチと叩いた芳美ちゃんは既にドライヤーのコンセントを繋いでいた。


芳美ちゃんが僕にドライヤーを手渡す。

あたたかくて、柔らかい手だった。

芳美ちゃんの手に触れた一瞬だけ、安心感が生まれた。


そんな安心感もガチャリというドアの音にかき消された。

この距離感、隣のトイレのドアを開けた音だ。


数秒の後、洗面所の電気がついた。

ドアの奥のヨシミサンが次はこの洗面所を調べるつもりだ、というのは全員が容易に想像できた。


紗世ちゃんが潤んだ目で僕の方を見ている。

聡は僕と目が合うと、コクンと頷いた。

芳美ちゃんは、目を瞑って何かに祈っている。


そして、ドアが開いた。


「うわあああああああああ!!!」


僕は夢中でドライヤーのスイッチを入れた。

次の瞬間、目の前が真っ暗になった。




次に僕が目を覚ましたのは、近所の警察署だった。

僕が聞いた事の顛末はこうだ。


僕の家に空き巣が入ったらしい。


ちょうど、僕らがヨシミサンを呼び出す儀式を終えた直後。

僕らが聞いた物音は、2階の鍵が開いた窓から忍び込んだ空き巣の足音だったようだ。

そして、空き巣は2階から電気を点けながら全ての部屋を物色している間に僕たちの物音に気付いた。

そして、1階に降りて来て、僕らを探し、洗面所に辿り着いた。

…で、僕がドライヤーを起動した瞬間、ブレーカーが落ちて停電したらしい。


空き巣が全ての部屋の電気を点けて回ってたとか、

そういえばとーちゃんが最近漏電してるみたいだってぼやいてたとか、

ドライヤーは家電の中でも消費電力が多いって聞いたことがあるとか、

思い当たる節は色々あるが…


とにかく、空き巣から見れば…

僕が「うわあああああああああ!!!」と叫んだ瞬間電気が消えた。


誰かが帰ってきて電気を消した、思い動揺した空き巣は玄関から外に逃げ出した。

そして、外にはお巡りさんたちがお待ちかね。

僕の家の2階の窓から空き巣が忍び込む様子を、お隣さんが偶然見ていて通報したとのことだ。


僕達はというと、空き巣に相対した恐怖と突然電気が切れた驚きで、4人とも洗面所で気絶していたらしい。

その後、僕ら4人は保護され、聡、紗世ちゃん、芳美ちゃんの3人は親が迎えに来た。

僕の親にも警察から連絡が入って、今から帰ってくるらしい。

別に、もう何も怖いものはないし、祖父の家にそのまま止まってきても別にいいんだが…




「はー…アホくさ。」


警察署のトイレを借りながら僕はボケーっと考えていた。

冷静になって考えてみれば、ヨシミサンは全て僕の作り話。

何をやったところで、現れるはずがないのだ。

全ては僕達の勘違いだった。それだけのお話だ。


「…ん?」

ボタンを押して水を流すと、小便器の水は流れずに溜まっていく。


「詰まってるのかな?」


次の瞬間、頭をものすごい勢いで捕まれた。


便器に顔が叩きつけられる。

息をしようとしても小便と洗浄水の混じった液体が鼻から口から流れ込んでくるだけ。

僕の意識は1分ももたなかった。




学校に来るのは何日ぶりだろうか。僕は先生に連れられて教室の扉を開いた。


久しぶりの教室。クラス中の皆が僕を見て驚いている。


「け、健一郎君!」

「ずっと休んでて…心配したんだぞ」

「あ、あの日…なにか…あったの?」

芳美ちゃんと紗世ちゃんと聡が駆け寄ってくる。

僕のことを心配してくれてるんだ。

こんなにいい友達を持ってるなんて、僕は幸せだな。


「み、みんな、一旦席について」

先生が皆を席に着かせ、僕を教壇へ呼ぶ。

「…いや…あのな。健一郎の事なんだが。えー…」

先生が何やら言いよどんでいる。

何やらって、僕がずっと休んでた理由を説明しようとしてくれてるんだけどね。


「あ、先生、大丈夫です。先生からは言いづらいと思うので、僕から言います。」

慎重に言葉を選んでいる先生を制する。

こういうことは自分の口で説明しないとね。


「しばらく休んでご心配おかけしました。すみません。」

丁寧に頭を下げる。


「実は、父と母が祖父の家から帰る時に交通事故で亡くなりまして。それで、しばらく休んでました。すみません。ご心配をおかけしました」

一瞬にして教室の空気が凍り付く。

僕は気にせず続ける。

「それで…親戚に引き取られることになりまして。今度から『寺田健一郎』から『吉見健一郎』に苗字が変わります」


「!!!」

またしても空気が凍り付く。

今度は、芳美ちゃんと紗世ちゃんと聡の周囲の空気だけ。


「みんな、心配してくれてありがとう。でも、親戚の人も良くしてくれるから、大丈夫。これからも仲良くしてね!」

最後にもう一度大きくお辞儀。

先生も皆も無言。重い話をした後だから仕方ないか。

ま、苗字がテラダからヨシミに変わっただけだし。みんなその内慣れるよね。








ねぇねぇ、君は「幽霊を怒らせる方法」って知ってる?


幽霊にも色々いて、性格も色々なんだけど一応共通して怒っちゃうことはあってさ。

1つは、意味もなく霊界から呼び出そうとすること。

もう1つは、嘘をつくこと。


でも安心して!僕みたいに、嘘をついたことをチャラにしてくれる良いヤツだっているんだから!

だって、ヨシミサンは本当にいるわけだし。


少なくとも、今はね。


あ、でも男の子だし、「ヨシミクン」の方がしっくりくるかな?

まぁどっちでもいっか。ヨシミサンって言い出したのは本人なんだし。

ではでは、みんなも幽霊に興味は持っても、迷惑はかけちゃダメだよ!じゃあねっ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヨシミサン @zalthor

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ