第6話 All in
脇家を後にした俺らは、並んで歩きながら母校の井清水高校へと向かう。
アポなしで向かうのは良くないと思い、学校へ向かう前に電話で連絡を入れたところ、どうやら職員の誰かが昨日のケイの出ていた番組を見ていたらしく、2つ返事ですぐにOKが貰えた。
「ねぇねぇコウちゃん。石井センセ、元気にしてるかな?」
「う~ん、逆にあの人が元気じゃないって想像つかなくない?」
俺らの担任であった、名物教師の石井先生の話をしながら、いつもの通学路を二人並んで歩いていく。不思議なことに少しの緊張もなく、なんだか昔のままというか、変わらない隣の景色に心が躍った。
俺の家から学校に行く道中にケイの実家がある。学校に行く前に寄ることになった。
そこで久しぶりにケイのご両親に会うのだが、何か手土産でも買っていったほうがいいのか聞いたら、別にそんなものはいらない。とキッパリケイに断られてしまった。
「着いた―」
ボソッと口から言葉が出た。朝から暑い夏の日差しに負けている訳ではなく、このどんとした門構えに、必ず圧倒されてしまう。
昔から思っていたが、なぜこうもデカい家なのか。何かの盟主って感じの門構え。
そういえば、ケイの両親はなにをしている人かなんて、聞いたことなかったな。
いい機会だったので、聞いてみることにした。
「ケイ、そういえばケイの親御さんのお仕事ってなんなの?」
「あれ、言ってなかったっけ。パパはパチンコ店を経営してるんだよ」
・・・なん、だと。そうなってくると俺とは犬猿の仲?となるのか?ハッ、まさか俺のマイホのどれかで店内で会っていたりとか、してたりしないよな。いや、経営の方だからホールまでは歩かないか。などと、なんだか変な思考が頭の中を巡った。
「道理で、こんなおっきな家に住めるわけだ」
「私は昔から住んでるけど、広すぎても不便だよー」
そうなのか?お嬢様だとは昔から思ってはいたが、庶民の俺には理解しえない。
まぁ、昔も今も自分の部屋は4畳半より大きいこともなかったので分かりようもない。逆に落ち着かないだろ、これ。
「パパー、ママー。コウちゃん連れてきたよー」
ガラリと大きな音を立てて玄関の戸を滑らせる。
やべえ。いきなり緊張のボルテージがフルMAXになった。
なななな、なんて挨拶をしたら。ガッチガチに身体が固まる。
「あらあら、お久しぶりね。元気にしてました?」
おしとやかな感じのケイママが出迎えてくれた。その後ろから、腕を組み、甚兵衛姿で玄関先にゆっくりと現れたケイパパ。いつにもまして今日は威厳が満ちている。
「お、お久しぶりです。変わらずお二人も元気そうでなによりです」
頭を下げてから、言葉を発する。
「まぁ、立ち話もなんですから、少しあがっていきなさいな」
ケイママに促されるままに、玄関をまたいだ。
初めて入る広い客間に案内され、どこに腰を下ろそうか考えているところで、ケイがソファーに腰を下ろし、こちらを見ながら隣をポンポン叩いている。
さすが。気が利きます。少しほっとして、そこに腰を下ろした。
「ねぇ、コウちゃん。なんか緊張してる?」
「あ、ああ。そりゃあ緊張するよ。ケイの部屋以外入ったことないし」
「なんでよ、そんなに大差ないじゃない」
「いや、あの時と今じゃ、なんか、こう、いろいろ違うだろ?」
少ししどろもどろしながら、焦点の合わない黒目を泳がせながら答えた。
「なんにも違くないって思ってたのは、私だけ?」
少し上目遣いで、ケイが言う。ドキっとした。
「え、ええ?」
傍から見ても分かるくらい、大きく狼狽える俺。
そこにやってきた、ケイのご両親。
ケイママはお盆に高そうなカップとソーサーを乗せている。
「はい、どうぞ。今日はダージリンを淹れてみたの、お口に合うかしら」
いい香りの紅茶が運ばれる。茶菓子に少し、いやかなり高そうな焼き菓子まである。
「いただきます」
カップを丁重に持ち上げ、口へと動かす。この単純な作業でさえ緊張している。
「セカンドフラッシュだから、間違いないと思うけど」
ケイにもにた上目遣いで、紅茶の味を確認してくるケイママ。
「うわぁ、こんな紅茶。初めて飲みました。とっても美味しいです」
ほぼほぼ、緊張して味などわかってはいないのだが、そこは大人の切り替えし。
あら良かったと、口の前で上品に手をあて笑いながら、ソファーに座るケイママ。
その流れが終わったところで、低い声が俺の耳に届く。
「いきなり、娘が海外へ行くと聞いた時。驚いたろう?」
怪訝そうな顔で、ケイパパは言った。
「はい、あの時は本当にびっくりしました。」
緊張を隠すかのように、答えながらもまた紅茶にすぐ手を伸ばす。
そこで隣に座っているケイが身を乗り出しながら、
「あれはパパが、画を本気でやるなら海外に行けって言ったのがはじまりなのよ?」
真顔でケイパパに言葉を突きつけるケイ。こんなの初めて見たかも。
「だが、海外での刺激はよかったろう。そうして今のお前の実力が認められたのだ」
「うーん、勿論感謝はしてるよ?こうして夢も掴めたし」
「なにか不満でもあったか?」
「ありました。だからこうしてコウちゃんを連れてきました」
なんだか目の前で取り交わされている話の流れについていけず、ソーサーにカップも置けないまま、どんどん紅茶を啜る俺。
「そうか、あの時の話に戻るわけか。だから脇君が隣にいるんだな」
「はい、パパ。その通りです。私はパパとの約束をすべて守り、筋を通しました」
「わかった。では、脇君はこの話は何も知らないし、わからないわけだな?」
コクリと頷くケイ。
視線をケイから俺に向け、ケイパパは低い声をもっと低くして
「脇君、君は娘と結婚する気はあるかね?」
ぶっ、いきなりの問答に紅茶を口から噴き出してしまった。
あわてて、拭くものを持って駆け寄ってくれるケイとケイママ。
「え、え、え、いきなりな話ですが・・」
頭をフル回転させながら、情報を整理する。
「どうなんだ」
答えをすぐに言えといわんばかりの、鋭い目つきでケイパパが俺を見る
意を決して、俺はソファーから降りその場に正座をする。
「お二人の意図が分からず、こうして答えるのも気が引けますが。自分はケイさんをずっと待っておりました。ケイさんを幸せにしたい気持ちは、誰にも負ける気はありません」
ケイパパとママに目線を向け、言葉にする。
緊張のあまり正座の上に置いた手のひらをぐっと握りしめていた。
その言葉を聞き、少し目線を下に落とすパパ。
しばらくの静寂のあと、口を開いた。
「ケイが見込んだ通りだったってわけか。」
今度は天井にある照明を見つめた。
「パパ、ダメかな?」
「いや、お前の見る目は確かなんだろう。それは昔から知っている、ただな・・・」
俺の目を見つめ、ケイパパはまた、間を開けてから言葉にした。
「脇君、君の仕事はなんだね?」
やはり、そうきたか。わかってはいた。しかし怯まない。
「自分は世間様から見れば、ただのプータローです。ですが、今自分が仕事として考えているギャンブルを、恥ずかしいこととは思ったことはありません。父も、知っての通りギャンブラーでしたが、こうして俺をここまで育ててくれた父の背中を知っています」
目を見返し、ハッキリと言い返す。
その姿をケイはどんな顔で見ていたのだろう。そして、ケイには言っていなかった俺の今の仕事を、こんな形ではあったが理解してくれたのだろうか。
少しの静寂の後、ケイパパは口を開く
「そうだな、人間一人ひとりの生き様に良いも悪いもないよ。どれが真っ当かなんて、全部人間が決めたことだ。俺もこんな仕事をしているからな、昔はよく後ろから刺されたり、家に火を放たれたり、大変だったもんだ。なぁ、母さん」
ハハハとケイママを見ながら笑うケイパパ。初めてみたかも、この人の笑い顔。
「だが、生きるとは実際そんなものだ。どんな瞬間にも、死は隣りあわせ。そしてすべてが自己責任だ。娘を任せてもいいんだな?」
「はい、娘さんは必ず自分が幸せにします。」
その言葉を言ったあと、ケイは強く俺の手を握ってきた。
「ケイも、それでいいんだな」
なんとも言えない表情でケイに問いかけるケイパパ。
「パパ、ありがとう」
「いいや、お前の信じた男を信じたまでの話だ。実際聞いてたのより、想像以上だったがな」
「よろしくね、脇さん。」
この話を、ずっと傍らで見ていたケイママが目を潤ませながら言う。
「コウちゃん、ずっと黙っててごめんね。有難う、信じていて本当に良かった」
「ううん、こちらこそだよ。ケイを信じていて、俺は幸せだ。けど、いいのか?こんな仕事をしている俺で?」
「コウちゃんだったら、なんでもいいんだよ!私はこんなコウちゃんが嫌だなーってのは、今想像つかないもん!」
親御さんを目の前にしながら、我を忘れてキャッキャしてしまった。
その様子を少し見かねてか、咳払いをしながらケイパパが話を割ってきた。
「そうだ脇君。もし、君が嫌でなければ・・・いや、今はやめておこう」
忘れてくれ、という感じで手を前に遮った。
「え、いったい何がありましたか?」
なんだかもう頭がいっぱいで、よく理解できていない。
「パパ、それはまたの機会にしましょ」
ウフフと笑うケイママが、ケイパパを促す。
「あ、もうこんな時間!コウちゃん、学校に急がないと」
部屋の壁に飾られている立派な時計の針は正午を指すところだった。
学校見学に予定して貰ったのは、お昼休みの時間だけ。
「あぁ、ホントだ!お義父さん、お義母さん、またお邪魔しにきます」
勢いよく立ち上がり、綺麗な礼をする。
「ハハ、邪魔ものなわけがあるか。いつでも来なさい。」
「そうよ~、待ってるわね」
この二人の笑顔、やっぱりケイに似ている。まぁ、当たり前か。
「じゃ、いこっか。コウちゃん!」
「あ、待ってよケイ」
急いで、ケイを追いながら部屋を後にする。
ただの久しぶりの挨拶が、結婚まで確定してしまうとは・・・人生なにがあるかわからない。けど、俺の気持ちはもう決まっている。君にALL IN。全賭けだ。
それでも生きてりゃ腹が減る いささか まこと @suroppi
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