軍団Ⅴ

 一悶着あったものの大きな問題は起こることなく、時間は予定されていた時刻となる。

 予定時刻になると、会議室の扉を開き大柄の男性冒険者が一人、入室してきた。男は会議室に入ると部屋の上座の位置に立ち、一度室内を見回した後、口を開いた。

「とりあえず時間だ。席についてくれ」

 男がそう告げると、部屋の端々で威圧や談笑していた冒険者達が、ラシェイと同じように近くの席に座っていく。

 冒険者の大半が席に着いたのを確認すると、男は再び口を開く。

「全員席に着いたな。さて、はじめていくか。まずは自己紹介からだ。俺は上級冒険者、鋼の翼のジャンカルロ・デュランだ。今回の軍団レギオンのリーダーを務めることになった。そんなわけで、よろしく頼む」

 ジャンカルロと名乗った冒険者は、そう集まった冒険者たちに向けて挨拶をした。

 上級冒険者――冒険者ギルドが冒険者たちを統括するうえで、特別な権限と仕事が与えられた冒険者。冒険者は基本的に冒険者ギルドを通して仕事を受けるが、冒険者ギルド所属というわけではない。そのような冒険者たちが軍団(レギオン)など、多くのPTと行動する場合などでリーダーをたてる際、こうした上級冒険者がリーダーとなる。当然責任や、有事の際にすぐに動けるよう、行動が管理されたりするが、その分の報酬などが付く。

 上級冒険者に足るためには、それなりの実績が必要であるが、元来組織や規律などを嫌うものが多い冒険者であるため、実績があっても上級冒険者にならないものも多くいる。

 鋼の翼のジャンカルロ・デュラン。少なくともラシェイは聞いたことのない名前だった。

「まぁ、これからしばらくともに仕事をする仲間だ。名前なんかを知らないというのも、あれだろう。一人一人自己紹介を頼もうか。ついでに、全体の人数も知りたい。自分のPTの現在人数を襲えてくれ」

 ジャンカルロに促され、一人一人順番に自己紹介とPT人数の申告を行っていく。それぞれのPTリーダーの自己紹介に対しての周りの反応を見るに、ミラドール周辺で名の知れた冒険者たちが集まっている様だったが、残念ながら別地域で活動していたラシェイの耳に入ってくるような名前はなかった。

「あ~。俺は竜のハープドラゴンズ・ハープのラシェイだ。PTは4人」

 最後にテーブルの端に座っていたラシェイに番が回り、あたりさわりのないような紹介を終える。

 『竜のハープドラゴンズ・ハープ』はラシェイがかつて所属していた傭兵団の名前だ。もうすでに存在しない傭兵団の名前だが、エリスが自身のPTに名前を付けていないため、PT名が必要になった時代わりにこの名前を使用している。

 もともとラシェイもエリスもこの地域で活動してきたわけでもなく、『竜のハープドラゴンズ・ハープ』というPT名もとりとりあえずに名前みたいなもので、当然この地域での知名度はない。無名でPT人数も少ないためか、皆ラシェイ達のPTが戦力として考えられるか不安に思ったのか、先ほどまでとは違った微かなざわめきが室内に広がった。

 自分たちの軍団レギオンに足手まといが居ては困るのか、皆周りの戦力を気にしているのだろう。

「参加人数は問題なさそうだな。では、本題に入るぞ。

 事前に概要は聞いていると思うが、数日前オークたちによるブレスタード要塞への攻撃があった。報告を受けた日時から考えてもうすでに要塞は陥落していると思われる。

 それで、要塞を管理する貴族からの依頼で、俺たちは貴族の私兵と共同で要塞の奪還を行うのが今回の仕事だ」

 事前に冒険者ギルドから伝えられていたことを、再確認するようにジャンカルロは口にする。

「オークの詳細な数は判っていないが、おそらく200程度。これを、俺たちと貴族の私兵とでたたくってわけだ。ここまでで、何か質問はあるか?」

 ジャンカルロが言い終えると、テーブルに付いていた冒険者の1人が恐る恐る、手を挙げた。ジャンカルロがそれを確認すると、「言ってみろ」と促す。

「要塞って、そんな簡単に落とされるものなんですか?」

「通常ならそう簡単に落ちたりはしないだろうが、先日あったハイレント要塞攻略に兵力を裂いたことと、前線から距離があるせいで常備兵力を削ったことが重なって、この結果になったようだ」

「っけ。普段デカイ態度取ってるくせに使えない」

 ジャンカルロが答えを返すと、質問をした冒険者とは別の方向から、割って入るように野次が飛んだ。それをジャンカルロが「フレッド!」とどすの利いた言葉で黙らせる。

「貴族の対応につては俺たちが口を出すことじゃない。だが、お前たちも判ってるともうが、オークは闇の軍団の先兵として有名だ。ブレスタード要塞に現れたオークたちが闇の軍団のものなのかは不明だが、もしそうなら放って置くわけにはいかない。だがまぁ、受けた依頼がなんであろうとこなすのが冒険者だ。俺たちはそれをすればいいだけだ。他に何か質問は?」

 ジャンカルロの二回目の問いかけに対して質問を返すものはいなかった。

「ないな。では、次に報酬についてだ。

 報酬は事前に伝えられた通り金貨一万枚。これをPTごとで分割。あまりが出る分は目立った活躍を示したPTのもの。特に目立った活躍をしたPTが無い場合は、俺のPTがもらう。いいな」

「ジャンカルロ。それは、俺たちと他の雑魚PTで報酬は同じってことか?」

 ジャンカルロの話に、先ほど野次を飛ばしたフレッドと呼ばれた冒険者が、割って入る。

「そうだ。個々の活躍を評価するのは難しい。また大人数での戦闘では個々の能力の影響力は小さくなる。よって、一律とした。不満があるのか?」

「不満が大ありだな。それじゃあ俺たちが、雑魚の為に働くことになるじゃねえか。そんなのはごめんだよ」

 悪態をまき散らすように大声でフレッドは発言し、ラシェイをはじめ、無名ともいえる冒険者PTの者達を睨みつける。

「フレッド。お前の不満も理解できるが、今回の仕事は人数が必要なんだ。そう人をはじくようなことはしないでくれ。それともお前の所だけで、オークの50や100潰してくれるのか?」

 フレッドの物言いにジャンカルロは呆れたような物言いで返事を返す。それに対しフレッドは舌打ちを一つ返す。

「そんなの無理に決まってるだろ」

「なら黙ってろ。他に報酬について、不満や質問があるやつはいるか?」

 ジャンカルロは室内を見回す。報酬に対する不満や質問がそれ以上出ることはなかった。

「内容だな。では出立は明後日。十時に東門集合。あとは、お前らにいまさらいうことじゃないが、自分たちが扱う消耗品などは各自準備し、管理しろ。

 最後に、俺たち冒険者には気の利いた掛け声なんてものはないが、まぁ全員で仕事を終え。みなだうまい酒を飲もう! 本日はこれで解散!」


 打ち合わせが終わり、それぞれ冒険者たちが会議室から出ていくのを見送りながらラシェイは深くため息を付いた。

 予想していた通り、いらぬ注目や牽制などのおかげで精神的に疲れてしまった。

(それにしてもよくもあれだけ威張れるものだ。力に自信があるなら、前線にでも出てその力を示せばいいものを……)

 打ち合わせの合間に、悪態をついていたフレッドの姿を思い浮かべる。

「で、お前から見てどうだった?」

 ラシェイは自分の後ろに立つエリスに問いかける。

「何がだ?」

「今回の仕事仲間」

 ラシェイの問いかけにエリスは、考え込んだのか一度間を開けてから答える。

「お前が何を思ったのか知らないが、私たちは私たちの仕事をするだけだよ」

「そうですか」

 ラシェイは席から立ち上がり、大きく伸びをする。そして、会議室を出るために出口へと歩き始める。

 ちょうど出口へと差し掛かった時、まだ会議室に残っていたのか先ほどの打ち合わせで悪態をついていたフレッドと目があった。

 フレッドはラシェイの姿を認めると、口の端を吊り上げ嫌味な笑みを浮かべる。

「よかったな雑魚冒険者。俺たちのおかげで楽して大金が手に入るみたいでよ」

 しっかりと聞こえるように、フレッドはラシェイにそう告げた。

 ラシェイは一度何か言い返そうかと考えたが、即座に取りやめ無視して会議室を出ていった。

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剣と魔法と勇者の印 夜鷹@若葉 @cr20_yamaraj

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